白銀の獣が紡ぐモノ 銀の瞳が映すもの編 act6
部屋に入るとそこには深いグリーンのガウンを羽織った小柄な少年が座っていた。エドワードに目で合図されると付き添っていた教師は無言で部屋を退室した。扉が閉まると部屋には、エドワードとシーヴァ、そしてトーヤ・ボールドウィンだけが残された。
エドワードはトーヤの向かい側のソファーに、とシーヴァはその隣に立った。
「・・・あんたは・・・。」
その姿を視界に入れたトーヤは驚いたように黒い瞳を丸くした。
「久しぶりだね、トーヤ。・・・兄貴と区別するために、トーヤと呼んでも?」
「・・・・・・。」
フレンドリーなエドワードに対してトーヤはふてくされた顔でそっぽを向いてしまう。それでもエドワードは気を悪くした様子もなくさらに声をかける。
「馴れ馴れしくて失礼だと言うなら、ボールドウィンと呼ぶが。」
「・・・でいい。」
ボソリとトーヤは言った。
「何だって?」
「トーヤでいい。ボールドウィンなんて名前、大ッ嫌いだ!」
叫ぶような声だったが、何はともあれトーヤに口をきかせることに成功したエドワードは満足そうだ。
「では、トーヤ。僕のことを覚えているかい?あるいは、僕を忘れても、こっちは覚えているだろう?」
「こんばんは、トーヤ様。お久しぶりです。前にお会いしたときより、背が高くおなりですね。」
エドワードの隣に腰掛け、シーヴァはトーヤに礼儀正しく挨拶をした。
「僕とは初めまして、だね。僕は。エドワードの助手として来たんだ。よろしく。」
にっこりと挨拶をすればむっとしていたトーヤの表情が少し緩む。
「こ、こんばんは・・・。」
シーヴァに以前優しくしてもらったことや、自分と同じ顔立ちをしたに少々困惑したような、ほっとしたような複雑な雰囲気になる。
(・・・・・・虐められッ子でも、決していじけてはいないな、こいつ。)
エドワードはそんなことを思いながら再び口を開いた。
「トーヤ。どうして幽霊の目撃現場の近くにいたのか、話してくれないか?」
「・・・・・・・・・。」
「三度まで見つかってしまっては、偶然では済まされない。黙りこくっていればやり過ごせると思ったら、大間違いなんだぞ。」
「・・・・・・。」
最初と同じでエドワードを睨むばかりで口を開こうとしない。
「校長先生から、警察の方も、あなたが何も仰らないので不審に思っているとお聞きしました。校長先生もエドワード様も、あなたを心配しているのです。」
「・・・・・・。」
「言い訳をしないのは立派だと思うけど、言わなきゃいけないことを言わないのは良くないと思うよ?」
シーヴァとにまで諭されて、トーヤは困惑したような表情をする。シーヴァはエドワードに促されてトーヤの顔を覗き込む。
「何か事情があるのだろうとは思います。ですが、黙ったままでは、事態はいっこうによくなりません。何故、幽霊が現れる場所にいたのか・・・それが言えないのなら、せめて、そこで何をしていたのか。それだけでも話していただけませんか?」
シーヴァがトーヤに声をかけている間、はじっとトーヤをその漆黒の瞳で見つめる。観察するように、何かを見定めるように。
「・・・・・・俺・・・。」
「はい?」
「・・・俺、呼ばれたから・・・。」
「呼ばれた?」
エドワードとシーヴァは、思わず顔を見合わせる。その中でだけが、ああ、と何かを納得したような表情をする。
「?、君は何か分かったのかい?」
「なんとなくね。でもちゃんと当事者から話を聞いたほうが良いだろう?」
そう言えばエドワードもその通りだというように頷いてトーヤに話を促す。
「誰に呼ばれたというんだ?」
「・・・・・・。」
「どっちかといえば、君が幽霊を呼び出したとみんな思っているよ。」
「・・・俺はッ!」
トーヤはいきなり立ち上がった。両手を固く握って、それが震えている。
「俺は、幽霊を呼んだりしてないッ!」
そう怒鳴ると制止しようとしたシーヴァの腕をすり抜けて部屋を飛び出していってしまった。外で待機していた教師が引き止める声がしたが、廊下をバタバタと走る音はすぐに遠くなってしまった。
「・・・やれやれ。怒らせてしまいましたね。これで彼は、我々にも心を閉ざし・・・・・・。」
シーヴァが困ったように言う中で、エドワードだけは冷静に推理をめぐらせる。
「も、何か分かったみたいだしね。」
「ふふふ。時が来たら、ちゃんと解決できるよ。」
部屋に戻って寝なおそうということになり、戻ろうとすると廊下で待機していた教師が声をかけてきた。そして小声でこう言った。
―トーヤ・ボールドウィンの目が・・・。あの黒いはずの目が、まるで猫のように・・・銀色に光っていたように見えた―
と。