白銀の獣が紡ぐモノ 銀の瞳が映すもの編 act9
三人は中庭からフィア寮へと歩いていた。今は授業中で人はいない。
「オーク寮への道に比べると外灯がやや少ないようですね。」
シーヴァがゆっくりと歩きながらしみじみと言った。
「ああ。深夜にここをひとりで歩けと言われたんだ。それは怖かったことだろう。可愛そうに。」
「・・・僕は夜目が利くから平気だけどなー・・・。」
エドワードの呟きに、はボソリと返す。まぁ、誰も聞いちゃいないが。
と、辺りを注意深く観察しながら歩いていたシーヴァがふと気付いたようにエドワードに声をかけた。
「・・・・・・・・・エドワード様。」
「うん?」
少し緊張したような声にエドワードもも立ち止まる。
「あそこに・・・。」
シーヴァの指差すほうを見たエドワードの顔に苦笑いが浮かぶ。川の近くに座り込んでいる黒っぽい人影。遠くからでもよく分かるその姿にも苦笑する。
そして三人は足音を忍ばせてそろりと人影に背後から近づき、
ごほん!
十分に近づいたところでわざとらしく咳払いをすれば、人影が面白いくらいに反応する。
「・・・・・・あ、俺・・・っ。」
思いっきり脅えたように振り返ったのはトーヤ・ボールドウィン。現在進行形で幽霊騒動の最有力容疑者(笑)。
座り込んだトーヤの傍にはバンドでまとめた教科書。朝から授業には出ていないらしい。
逃げ出そうとしたトーヤを捕まえて、エドワードは隣に座る。そして正面にが座り、背後にシーヴァが立つ。トーヤの腕はエドワードにがっちりとホールドされている(笑)。
トーヤは観念したようにエドワードの隣に座りなおす。
「な・・・・・・何だよ。」
「僕だって、よく授業をさぼったものさ。別に君を咎める気はない。」
「へー、エドも授業サボるような子供だったんだ。ふふふ。」
楽しそうに笑うに微笑み返しながらトーヤの言葉を待つ。
「・・・俺は・・・別にさぼったわけじゃない。」
「では、何故こんなところにいる?今は授業中のはずだろう?」
「俺は・・・授業、出るつもりだった。」
ぎゅっと膝を抱えて、小さく蹲る。
「あー・・・教室から追い出されたオチ?」
「・・・・・・幽霊の仲間は出て行けって・・・。」
「・・・サイテー・・・。」
が眉間に皺を寄せてボソリと呟く。それでもエドワードは明るく言い放つ。
「誰だって、得体の知れないものは怖いからな。幽霊の件でだんまりを通せば、不気味に思われるのも当然だ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・言ったところで信じてもらえなくて、さらに頭可笑しいんじゃないかとか言われちゃったりするんだよねー・・・。」
呟くように言われたの言葉に恐る恐るトーヤは顔を上げる。その両肩を掴んでエドワードは無理矢理トーヤの顔を覗き込む。
「君が幽霊を呼んで操っているなんてことは、校長先生も僕も信じちゃいない。でも、何も言わなければ、疑いはいつになっても晴れないぞ。・・・何を隠してる?」
「・・・・・・・・・。」
「昨夜、君が言った・・・『呼ばれたから』というのはどういう意味だ。」
「・・・・・・みんな・・・俺の見てくれがみんなと違うからって、気持ち悪がる。俺の母さんが異国人で、しかも愛人だったからって・・・学校のみんなは、俺のこと、汚らわしいとか身の程知らずとかッ・・・」
トーヤは力任せにエドワードの腕を払いのける。その反動でエドワードの上体がよろめく。
叫ぶように語るトーヤの言葉をエドワードももじっと聞く。
「みんな、俺を同じ人間扱いしやしない!下町の下品なガキだって思ってる。だから俺が何を言ったって、誰も信じないんだ。だったら何も言わないほうがマシだろ!」
「・・・トーヤ様。」
たまりかねたシーヴァが歩み寄ろうとするのをエドワードが片手で制止、も視線だけで頷く。
「だから黙るのか?確かに、君が幽霊を呼んだという確たる証拠が挙がらなければ、退学にはならないだろう。だからといって、そんなふうにカタツムリみたいに殻にこもったまま、誰からものけ者にされて、卒業まで粘るのかい?」
「・・・だって・・・。」
「入学して三年あれば、上流階級のやり方を学べないはずはない。外見は変えようがなくても、話し方や所作を皆に合わせることはできるはずだ。」
「んなこと俺は!」
「したくないんだろう?君は、貴族の気取った雰囲気が苦手だ。・・・違うかい?」
畳み掛けるようなエドワードの言葉に、トーヤは小さく、しかし確かに頷いた。
「ボールドウィンなんて名前は大嫌い・・・昨夜、そうも言ったね。貴族が嫌い、実家が嫌い、校内の誰も信じられない。君の兄貴だって、君を弟とは認めちゃいない。・・・それなのに、どうしてその大嫌いなボールドウィン家に養われて、この学校にしがみついているんだい?」
「それはっ!」
「それは?」
エドワードに見つめられて、トーヤは再び俯いてボソリと言った。
「・・・母さんの・・・遺言、だから。」
「お母さんの遺言?」
「母さん、死ぬ前に言ったんだ。お父さんに頼りなさい。学校に行きなさいって。だから俺、それを守らなきゃって・・・だからずっと我慢して・・・。」
「それは、甘えだよ。」
ずっと口を閉ざしていたが固い声で言った。
「俺は・・・甘えてなんか・・・。」
「の言うとおりだ。この先出会うすべてのつらいことを、お母さんのせいにして生きていくつもりなのか、お前は。」
とエドワードの静かな、容赦のない言葉にトーヤは返す言葉がない。
「己の怠慢の理由を死者に求めてはいけない。それは最低の行為。」
「・・・・・・・・・もういい。好きなだけ自分の中に閉じこもって、好きなだけ孤立していればいい。」
二人の言葉がトーヤの胸に突き刺さる。だが二人の瞳は冷徹な言葉とは裏腹に苦しそうな色をたたえているが、トーヤはそれに気付かない。
「せんぱ・・・」
「そんなふがいない奴のために胸を痛めておられる校長先生こそ気の毒だ。・・・行くぞ、、シーヴァ!」
「・・・は、はい。」
エドワードは憤然と立ち上がり、戸惑い顔のシーヴァの腕を掴んで物凄いスピードでその場から離れた。
それを追うは一度だけトーヤのほうを振り返り、目が合うとふっと口元だけで微笑んだ。
そのとき、トーヤの瞳が銀色に輝いていたのは、しか知らない。