アガパンサスの花が咲く

大江戸は大江戸でも、ここはまた別の世界。
魔都―大江戸。
昼空を龍が飛び、夜空を大蝙蝠が飛び、隅田川には大蛟、飛鳥山には化け狐、大江戸城には巨大な骸骨”がしゃどくろ”が棲む、妖怪都市である。
とはいえ、世は長らく天下泰平。桜の花に化ける妖蝶、鬼面や化け猫や一つ目や三つ目の奇奇怪怪な住民たちもいたって平和に暮らしている。

そんな大江戸のかわら版屋。その目の前にある飯処うさ屋。そこには今日も顔見知りが揃っている。
「なー桜丸ー。」
「ん、なんだ雀。」
昼飯の焼き魚を頬張りながらふと思い出したように尋ねれば尋ねられた桜丸は赤っぽい目を細めて食後の茶を啜りながら少々上の空。
「最近さー毎日日吉座に通ってるって本当かー?

ブー!
「うおう!きたねぇな!大丈夫かよ、オイ。」
隣に座っていた百雷が眉間に皺を寄せて桜丸を睨む。当の桜丸は茶が気管に入ったらしく、まだむせている。
「・・・ぜーはー・・・す・・・すまねぇ・・・。オイ雀。それどっから聞いた。」
「雪消さん。」
情報の出所に思いっきり頭を抱えて唸る桜丸にかわら版屋の雀がことの真相を問いたださない訳が無い。どっから出したのか筆と紙を取り出して目をキラキラさせている。
「本当か!?なんだ、桜丸!お前もとうとう思い人でもできたか?」
「ほ、ほっとけ!!」
図星かよ。こんなに慌てる桜丸なんて初めて見た。明日は雪かなーなんて思いつつ、なかなか相手の名前を出さない桜丸に痺れを切らした雀。最終手段とばかりに速攻で残りの飯をかっ込むとばっと立ち上がる。何事かと頭を抱えながら見上げてくる桜丸ににやりと笑いかけ、


「桜丸が言わねーんなら蘭秋さんに「わーやめろ!!」じゃぁ言う?」


わー桜丸がヘタレー(笑)。
「・・・・・・・・・わーったよ・・・たっく・・・。」
降参と言うように両手を挙げて溜息をつく桜丸を見て雀は椅子に座り直してわくわくと目を輝かせている。
「・・・あーうん・・・あそこで下働きしてる・・・っつーこがいてな・・・「あたしがどうかしましたか?うおぅ!?
ひっくり返った。文字通り、ひっくり返った。椅子から。
「おう、じゃねぇか。上手くやってっか?」
「百雷さん。その説はお世話になりました。」
深々とお辞儀をする黒髪の、まだ少女と言ってもいい年齢の人物に雀にやポーは興味津々、桜丸は椅子から転げ落ちたままフリーズ中。百雷はニコニコと相変わらずの獣面で笑っている。
「で、今日はどうした。蘭秋は一緒じゃねぇみたいだな。」
「はい。今日は姐さんの普段着用の着物を引き取りに。あと雪消姐さんに甘いものをお土産に。」
昼は外で食べてきなさいといっていただけたんです。
そう言っては雀の隣を勧められ、笑顔で応じる。その日のお勧めを注文するとすぐに運ばれてくる。それを行儀良く、しかもおいしそうに頬張るにいてもたってもいられなくなった雀は疑問をぶつける。
さん・・・でいいんだよね?百雷の旦那とは知り合いなの?」
「・・・ごくん。はい。あたしは”こちら”に”落ちて”来たときに百雷さんに”拾って”もらったんです。」
そう言って食後の茶を啜るに雀は目を丸くする。
「え!!じゃあさんも人間・・・。」
「はい。雀さんも・・・ですよねね?」
お互い同じ人間ということで安心感が生まれたのだろうか。二人の間にほのぼのとした空気が流れる。それが面白くないのが桜丸(いつのまにか復活)。
とか言ったな。お前、時間は大丈夫なのか。」
「はい?あぁ、そろそろ戻らなくてはですね。では、あたし日吉座にいますから遊びにいらしてください。蘭秋姐さんも雪消姐さんも喜びます。」
そう言ってはお代を置いて店を出て行く。その後姿を見送ると全員の視線が桜丸に突き刺さる。
「な・・・なんだ・・・?」
その視線にちょっと後ずさりそうになる桜丸にポーからトドメの一発。
「桜丸、あんたあのこに惚れてるね?
ドンガラガッシャーン!
本日二回目。今度はさっきよりも盛大にこけた。もう、ものの見事に。
「な!何言ってやがんだ・・・!」
顔真っ赤。どもりまくり。説得力ゼロ。
「そっかぁ。桜丸も好きな人が出来たんだ。」
「青い春だな。」
「青い春だねぇ。」
「春だねぇ。」

てめぇら・・・いい加減にしやがれぇ!!!


桜丸の怒号が響いた。

次の日から雀に引きずられて日吉座に現れる桜丸の姿が幾度と無く目撃されるようになった。
ちょ・・・作品自体がマイナーすぎて知らない人のほうが多いんじゃね?(爆)。『妖怪アパート〜』と同じ作者様のものです。面白いです。
※アガパンサスの花言葉:恋の訪れ back