天使の子守唄 黄泉に誘う風を追えact2

邸に戻ってきてしばらく。今日は少し遅めの出仕でいいと吉昌様に言われたらしく、昌浩はいつもよりゆっくりしている。とは言え、そろそろ起さないと。と思って部屋から出た瞬間、何かが倒れる音がした。慌ててそちらに向うと蹲ってる彰子の隣に昌浩の姿。
「彰子!昌浩!どうしたの?大丈夫!?」
「・・・あ、ごめんなさい。ちょっと、目の前が真っ黒になって・・・。」
「それ大丈夫じゃない!」
立ち上がろうとしてもう一度よろける彰子を昌浩が支える。昌浩の腕の中の彰子の顔色は明らかに悪い。
「もっくん、清明様呼んできて!昌浩、とりあえずあんたの部屋が一番近いよね。運ぶよ!」
どうしようとうろたえる昌浩の変わりに指示を出す。もっくんは俺の言葉に頷くと踵を返す。そして、彰子を抱きかかえようとすると、ずっとそこに隠形していた六合が顕現し、俺の変わりに彰子を抱き上げた。
「昌浩の部屋でいいのか。」
「彰子の部屋まで運んでもいいけど、とりあえず先ずは休ませないと。いいよね、昌浩。」
「え、あ、うん。とりあえず。」
昌浩の言葉に六合は一つ頷くと、抱き上げた彰子と共に昌浩の部屋に入る。
「・・・・・・や、俺まだ十四だし。でも、腕力、身長。」
「・・・・・・がんばれ、昌浩。」
六合の後姿を見ながらなにやらぶつぶつと呟いている昌浩の肩をぽんと、叩けば、子犬のような視線がかえって来る。そのまま俺は昌浩の部屋に入り、彰子のそばに座る。昌浩はまだ突っ立ったまま。そこへもっくんに連れられた清明様が到着した。
「どうした?彰子様がどうされたと・・・」
そこまで言って、茵に寝かされた彰子を見て驚いたように目を見開く。
「突然倒れた。原因は不明だ。」
「・・・しまった。」
六合の言葉と、彰子の様子に思い当たるものがあるらしく、清明様は苦々しげに舌打ちをする。
「清明様、原因に、思い当たる節でもあるのですか?」
「昨夜、北辰の翳りが周囲の星をも翳らせるという話を、していただろう。」
そういえばそんな話もしていたような気がする。
「彰子様は本来であれば入内されるはずだった身だ。」
「どういう・・・。」
「これは、呪詛だ。」
「え!?」
「帝につながる方々すべてにかけられた、死の虜となる恐ろしい呪詛。」
その言葉は、鋭い刃となって昌浩に襲い掛かった。それを聞いた昌浩は、まだ廊下で固まっている。
「・・・呪詛、て・・・じゃあ、彰子は・・・。」
昌浩の声が震えている。大切なものを失う恐怖が、昌浩の中を駆け巡っている。
「案ずるな、命は守る。」
「じい様・・・。」
「この安倍清明を見くびるな。それに、彰子様は入内される予定だったというだけだ。帝に実質的な関りはなかった。おそらく・・・」
彰子の変わりに入内した異母姉妹の影響だろうと。
俺は彰子の手を握ってそっと呟いた。
「・・・・・・彰子、ちょっと苦しいけど、我慢してね。」
「じい様、その呪詛を移すことはできないんですか?」
・・・また馬鹿なこと言い出したよこのこはー。前にも彰子にかけられた呪詛を一度昌浩がその身に写したらしい。まだ身も心も未成熟な昌浩が何やってんだか・・・。清明様も同じことを思ったらしい。
「厄介ごとを増やすでない。自分でできるようなったらやってもいいが、できんのだからひっこんどれ。いいからお前は参内せい。この大事、たとえただの雑役でも、仕事は山ほどあるだろうて。」
「そーそー。昌浩は昌浩の出来る事を出来る範囲でやんなさい。自分の器以上のことやったら、逆に昌浩が壊れちゃうよ。」
清明様の言葉に乗っかれば、昌浩は何だか腑に落ちない顔をしている。
そして、清明様に失せものの相が出ているとか言われて、同じことをとっしーに言われたともっくんがぶーたれて。昌浩は部屋を後にした。

残された俺たちは彰子の様子を見守るしかない。俺は彰子の手を握り続ける。冷たい。まるで、氷のようだ。
「彰子・・・。」
清明様はその反対側で、六合と、呪詛の原因となりそうな出来事について話していた。俺はそれに聞き耳を立てる。
―風音が瘴穴を穿った―
それがこの呪詛に、関係しているのだろうと。じゃぁ、瘴穴を閉じれば、彰子は回復するのだろう。
でも、とりあえず今は、彰子のそばにいてやることが、先決だと、俺は冷たい彰子の手を、ぎゅっと握った。
やっぱどうしてもシリアス展開になるなぁ…。
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