天使の子守唄 黄泉に誘う風を追えact4
「昔々、いまより五十と少し前だ。――黄泉の瘴穴が、穿たれたことがあった。」
驚く俺たちをよそに、清明様はそのときの記憶を手繰り寄せるように語る。昌浩の隣に座るもっくんは未だに辛そうな表情で俯き、いつからいたのか。いつの間にかすーちゃんもちゃっかり俺の隣にお座りしている。・・・本当にいつからいたんだよ。
このさいそんな事はどうでもいい。俺は清明様の話しに耳を傾ける。
清明様の話は壮絶だった。どう思ったなんて・・・ただただ、心が、痛い。そして、
「わしはな、忘れていたんだよ。自分が好きではなかったから使うこともなかったし、まさかあんなところで、奴があの術を使うとは考えてもいなかった。それに、紅蓮は神に連なるものだから、まさか、と・・・。」
清明様はそこまで語り、苦しそうに、悲しそうに、一度目を瞑る。
「奴の力だけだったら、紅蓮はその術中におちなかっただろう。だが、智鋪の宮司が手を貸していたために、紅蓮は縛魂に囚われた。」
俺と昌浩は俯いたままぴくりとも動かないもっくんを見詰める。あの、ナメクジを調伏した後、貴船で言っていたのは・・・。
「わしと、縛魂の術に落ちた紅蓮を残して、友人はその場から逃れた。」
清明様が続きを話しだし、俺と昌浩は清明様に視線を戻す。
「神将の腕力というのは、予想をはるかに越えていてなぁ。ぼろ雑巾のようにされた後に炎の中に鎖されて、さすがにもうだめかと思ったよ。」
口調は軽いけど、語っている内容は決して軽いものじゃないことは、、誰が聞いても分かる。
「そこに、なんとか拘束をといた青龍たちも駆けつけた。じつに、間の悪いところにな。ほぼ同時に、紅蓮にかけられた縛魂の術は、どういうわけか解かれた。そして紅蓮が見たのは、炎に呑まれたわしの姿と、愕然とした天后たちだ。・・・これは聡い。もしかしたら、術のさなかにおいても、目だけは見えていたのかもしれん。友人の名を、榎岦斎といった。」
清明様はもっくんをちらっと見て、思い口調で話しの締めにその『友人』の名を呟いた。
しばらく、沈黙がその場を支配する。そして、おもむろに顔を上げた昌浩の口から出た爆弾発言。
「・・・榎岦斎というのが、紅蓮を操って、じい様を半殺しにさせたわけですか。」
「・・・半殺し。殺されてないし、間違っちゃいないね・・・。」
俺が呟くと、清明様もちょっと驚いたように瞬きをした後、とりあえず頷いた。いきなりそんな事言われるとは思ってなかったんだろう。昌浩、あんた最高だ。とか思ってたら
ゴス
ベシャ
・・・今なんか物凄い効果音が聞こえた気がする・・・。そう思って音のしたほうを見れば昌浩が思いっきりもっくんを殴り飛ばし、もっくんはちょっと顔面スライディング。・・・痛いな・・・あれ。
そしてそのまま『孫』『もっくん』のいつもの口喧嘩勃発。凄いなぁ、昌浩は。さっきまでどん底まで落ち込んでた紅蓮を、速攻で立直らせるんだから。
くすくすとそのやり取りを見つつ、俺は清明様に向き直る。
「・・・清明様は、何故この話を俺にも?」
「あれが・・・紅蓮が様、貴女にも名を呼ぶことを許したと聞きましてな。貴女は紅蓮を恐れていない。それどころか、普通に、友のように接してくださる。それに、昌浩の助力となっていただくのですから、必然的に紅蓮と行動を共にする事も多いでしょう。・・・だから、知っておいていただきたかったのです。」
「・・・信頼していただいていると、取っていいんですね。」
「もちろんです。」
「ありがとうございます。」
なんだか腹の探り愛あい会話を終えると、清明様は手を叩いて昌浩ともっくんのやり取りを終らせ、最後にこう、言った。
「脩子様を取り返し、瘴穴をふさがなければならん。・・・おそらく、風音の後にいるのは、智鋪の宮司。巫女を排除するために岦斎をそそのかし、瘴穴を穿って、黄泉路をふさぐ封印を砕かんとしていた者。」
―わしが五十余年前にこの手で倒したはずの、男だ―