天使の子守唄 焔の刀を研ぎ澄ませact3

「じい様、入っていいですか?」
「俺もいまーす。」
「うむ。」
清明様の部屋の前で声をかければ、すでに来ることが分かっていたかのように中から声がかかる。
中に入ると昌浩は清明様と向かい合って座り、俺は柱に寄りかかる。ちらっと昌浩の表情を見ると、何かを決意した顔をしている。
「・・・明後日、月が替わる。」
唐突に放たれた言葉に、意味が分からず清明様を見詰める。
「五十余年前、黄泉の扉がこじ開けられようとしたのは、月の替わる朔の日だった。」
「それは・・・」
「天照大御神と月読命。これらの神の加護が、地上から完全に消えてしまう夜だ。」
昌浩が息を呑むのがわかる。俺の足元ではすーちゃんが俯いている。そりゃそうだ。天照様と月読様。すーちゃんのお姉さんとお兄さんの力が及ばない時に悪事を働こうってんだからね。むかつくわー・・・。
「瘴穴を穿つことはいつでもできる。だが、天津神の加護が降り注いでいる時に封印を破ることは難しい。・・・もはや猶予はない。明日の黄昏が刻限だ。日が落ちれば、奴らは必ずや動き出す。」
「では・・・」
出雲行きが、急遽決まった訳が、分かってきた。・・・こういうことか・・・。
「わしではおそらく、力が及ばないだろう。お前に託す。―――できるか?」
昌浩は目を細め、静かに頷く。そして俯いたまま口を開いた。
「・・・高淤の神に、選択を迫られました。」
その言葉にはっとなる。この間、病み上がりに一人で出て行ったとき。そして、今日、六合と太陰を先に帰らせて車之輔で向った場所。―――貴船―――昌浩は・・・。
「屍鬼を、討ちます。・・・・・・憑り代ごと。」
そう、答える昌浩の手は、握り締められて、白くなっている。憑り代ごと屍鬼を討つ。それは紅蓮を討つということ。それを、昌浩は決意した。しっかりと顔を上げる。前を見据えた瞳で。
「高淤の神から、神殺しの白い焰をお借りしました。神も、・・・神将も、討てる力だそうです。」

昌浩は清明様にまだ話があるようだが、二人だけで話がしたいらしいので、俺とすーちゃんは部屋を後にした。なんとなく部屋に戻りたくなくて、すーちゃんを抱えたまま屋根に上る。
「・・・ねー・・・すーちゃん。人間が神様を殺すって・・・大罪だよね。」
「そうだな。神殺しは大罪だ。その前に、普通は人間に、神を殺すなんてことは、出来ない。」
不幸中の幸(?)。今日は屋根の上に青龍はいない。こんな話聞いたら、青龍の眉間の皺が三割増(当社比)になりそうだ。
「高淤の神様から神殺しの白い焰を借りたって言ってたけど・・・そんなものあるの?」
「あぁ。は、黄泉の女神であるイザナミ命が亡くなられた原因を知っているか?」
「うん。神話とか好きだから、読んだことある。確か、火の神をお生みになった時の火傷が原因でお亡くなりになったとか・・・あ・・・。」
「そうだ。その、イザナミ命を殺した焰。軻遇突智命の焰だろう。父であるイザナギ命が高淤に預けたと聞いているからな。」 「その・・・焰を・・・。」
昌浩は・・・本気だ・・・。本気で、紅蓮を討つんだ。そう思うと、悲しくなる。あの二人は心からお互いを信頼していた。少なくとも、俺にはそう見えた。その片方が術により敵に捕らわれ、もう片方は相手を討つという。そんな悲しい事ってない・・・!
ふと、下を見ると、清明様との話しは終ったのか、昌浩が部屋に戻って行く。これから、出雲へ行く準備をするのだろう。
「・・・。辛いのなら、お前は行かなくてもいいぞ・・・。」
気がついたら、俺はすーちゃん基黒耀に抱きしめてもらっていた。
「・・・黒耀?」
「さすがにこんなことは姉上も予想はしていなかったのだろう。だから・・・「大丈夫だよ。」
心配してもらって、逆に余裕が出てきた。
「大丈夫。俺が天照様から授かった『役目』は昌浩を守り、助けること。紅蓮は・・・昌浩にとって大事だから、できれば一緒に守って、助けてあげたいけど、無理なら昌浩優先。その辺は割り切れる。だから・・・大丈夫。」
黒耀の腕の中からはなれて、無理矢理笑顔を作る。・・・うん。大丈夫。
「ほら、俺たちもそろそろ戻るよ。明日の黄昏がタイムリミットってことは、明日の朝には出発するってことでしょ。準備・・・っても準備するようなものもないけど、覚悟、決めとかなきゃ!」
「おい!・・・!」
後で黒耀が何か言ってるようだったけど無視して屋根を飛び降りる。あのまま屋根の上にいたら、本当に泣き出してしまいそうだったから。
部屋に戻り、俺は一人静かに、涙を流した。
神話知識は結構前に読んだものだから微妙に曖昧かも…。
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