天使の子守唄 焔の刀を研ぎ澄ませact10

白い物の怪の姿になった紅蓮を昌浩は抱きしめる。そしてその身体を捧げるように持ち上げ―
「謹請し奉る――――」
呪文を唱え始めた。紅蓮の身体が光りに包まれ、ふわふわと浮き上がる。
「!あれは・・・!高淤め・・・!」
「え?何?何事?」
何かに気付いたように表情を歪める黒耀に意味がわからない俺は慌てるだけ。そして、呪文が終ったとほぼ同時に、昌浩はその場に倒れた。

「昌浩?!」
昌浩に駆け寄り、声をかけても返事をしない。
「ねぇ、ちょっと!昌浩!昌浩ったら!!」
いくら呼んでもピクリともしない。そうして名を呼び続けていると、向こうから近づいてくる気配を感じ振り向くと清明様たちが真剣な面持ちでこちらにやってきた。俺は場所を清明様に譲り、一歩後ろに下がる。
「・・・約束は、守る。」
ぽつりと清明様は呟く。『約束』。あの夜、昌浩は清明様と何か約束をしたのか。清明様が悲しそうな顔をするほど、辛い『約束』を。
「・・・でもなぁ、昌浩や。じい様は、そんなお願いをきいてやるのは、本当はいやだったよ・・・。」
清明様は心の底から辛そうに、そう呟いた。

しばらくそうしていると、ふと清明様が驚いたように顔を上げた。次の瞬間、
「清明、昌浩が・・・!」
太陰の言葉に昌浩に視線を移せば、さっきまでぴくりとも動かなかった昌浩の瞼が、かすかに揺れている。
「・・・昌浩・・・!」
涙が流れる。よかった・・・!思わず、黒耀に抱きついてぼろぼろと泣き崩れてしまう。視界の端で太陰が顔をくしゃくしゃにし、玄武が必死で宥め、不機嫌そうな青龍が舌打ちして姿を消すのがわかった。
よかった・・・!昌浩は・・・生きている・・・。それだけで、今は、全てが救われた気がした。

昌浩を回復させるため、出雲の山中にある小さな庵に昌浩を運び、現在は玄武と六合、勾陳がこの場に留まった。白虎は先に戻り、太陰は清明様に言伝があるということで一度戻ったが、また連絡役として戻ってくることになっている。
部屋の中には六合がいるから大丈夫だ。俺は屋根の上に登り、すーちゃんと並んで空を見上げた。
「ねぇ、すーちゃん。これで・・・良かったんだよね。」
「ん?」
視線は空に向けたまま呟く。
「屍鬼は倒した。昌浩も戻ってきた。これで・・・良かったんだよね。」
戻ってきた紅蓮は、明らかに様子がおかしかった。―昌浩を覚えていない―
「目を覚まして、紅蓮が昌浩と接した時、どういう態度を取るか・・・それによって、昌浩がどう思うか・・・。」
あれだけ信頼していた紅蓮に、『知らない』という態度をとられたら・・・昌浩は・・・
「そのときは、、お前がちゃんと支えてやれよ。」
「うえ?」
「騰蛇と同じにしろとは言わない。ただ、少しでも、心を和らげてやれ。それも、お前の『役目』だ。」
「・・・うん。」
泣きそうになって、すーちゃんを思い切り抱きしめた。
一区切りー…、
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