Merry Christmas!

「「メリークリスマース!」」


 ぱちり。
 眼を瞬いた先で、眩いばかりの光が降り注いでいた。










「よっ」


 我が物顔で部屋に入り込んで来たのは、2代目ロックオン・ストラトスだ。何の用かと無言で問えば、男は肩を竦めた。


「我らがCBのリーダーさんは何してんのかなーって見に来たんだよ。独り身同士さ、仲良くしようぜ?」


 刹那はライルの視線を真っ直ぐに受け止める。
 アニュー・リターナーがこの場に居れば、ライルに独り身を感じさせるようなことはなかったのだろう。
(俺が、殺した。あのときは俺が彼女を止めるしかなかった。けれど動きを止めるだけでは彼女の暴走は止まらなかった。彼女は別人格によって支配され、CBに牙を向けた)
 ロックオン・ストラトスの死‥‥それだけは何としても避けたかった。もう、ニールの家族を失いたくなかった。失わせたくなかった。カタロンに所属していたとはいえ、CBでのガンダムマイスターほど危険な任務は伴わなかったはずだ。それを、自分が引き込んだ。自分が戦いに導いた命を目の前で散らす場面など、もう二度と見たくなかった。それは自己中心的な考えだ。けれどそれすら承知で、ロックオンを、ライル自身を失いたくなかった。例え、彼自身からどんなに恨まれようとも。
 眼を逸らそうとしない刹那の頭を、ライルはくしゃりと撫でた。


「何か勘違いしてんだろ、お前」


 勘違いなどしていない、刹那が首を緩く振れば、上から苦笑が降りてきた。


「確かに、お前がアニューを殺した」


 刹那は身に襲うだろう痛みに耐えようと、静かに眼を瞑りぐっと歯をかみ締めた。
 しかし数秒たっても何も起こらない。予想していた衝撃がこないことを不思議に思った刹那が目の前に居るであろう男を見上げれば、そこには悲しそうな顔があった。


「‥‥俺、お前をここまで追い詰めてたんだな」


 殴られることが当然のように、ただ受け止めようとしている刹那を見て、ライルは自分を恥じた。こんな年下の子供に暴言を吐いて、暴力を振るって、今は気を遣わせている。本来は、自分が気に掛けるべき対象であり、曲がりなりにもリーダーを務めている彼に頼りきってしまった。全てを彼のせいにした。自分を正当化して、アニューは戻ろうとしていたのにと詰って、傷つけた。
 CBのクルーからは刹那を許してやってくれと何度も言われた。しかし許す許さないの問題ではないのだ。頭に血が上がっていたあの時とは違い、今なら正面からアニューの、そして刹那の想いを受け止めることができる。


「けど、おかげで色んなことに気が付いた。これでも感謝してるんだぜ」
「‥‥感謝?」


 刹那は、自分には到底縁のない言葉だと思った。
 しかしライルは一人頷きながら立ち上がる。そのままベッドに腰掛けていた刹那にも立つように促した。先程までの態度はどこに行ったのか、何をすると眉を寄せた刹那に構わず強引に腕を引く。


「おい、どこに行くつもりだ」
「まーまー、ついてこいって」


 断る理由もなかったため、仕方なく腕を引かれる刹那が連れてこられたのはブリーフィングルームの扉の前だった。


「ほい、行ってら!」


 そう声を掛けたかと思えばトン、と背中を押され、無重力状態で彷徨っていた刹那は扉をくぐった。









「「メリークリスマース!」」


 刹那を迎えた声の主はハロたちだ。周りにはCB全員の姿もある。彼らはそれぞれケーキやら部屋やらの飾りつけ、セッティングなどをしていた。部屋の隅まで光が行き届いている空間だった。思わず刹那の眼が細まる。しかしそんな刹那の姿を見た途端、皆が慌てたようにこぞって駆け寄ってきた。そしてスメラギが不満そうにロックオンを見た。曰く、連れて来るの早すぎるわよ!ロックオンは慌てたように言い訳をしている。


「セツナ、ハヤイ!ハヤイ!」
「ハヤイ!メリークリスマス!メリークリスマス!」


 刹那、早い、メリークリスマス?
 意図の掴めない単語に刹那が眉を寄せれば、スメラギが一度ふうと深い溜息を吐いた後、切り替えた笑顔と共に何とも楽しそうな声が部屋に響いた。


「5年前までよくやってたでしょう?明日が何の日か思い出してみなさい。‥‥にしてもあと30分くらいゆっくり来れなかったのかしら、ロックオン。まだ会場設営できてないんだけど?」
「うっ、だから悪かったって」


 そんなやり取りを見ながら、刹那は言われて初めて気が付いた。明日は12月25日‥‥つまり今日は12月24日、クリスマスイブということになる。
 神は居ないと頑なにしていた刹那にとって、CBがクリスマスを祝おうとしていることを知ったときは本当に下らないことをと思った。正直、その気持ちは今もあまり変わらない。しかし、改めた認識はあった。



『よーし、今年もいい感じのパーティーだな!‥ん?どした、刹那』
『この馬鹿騒ぎは何だ』
『馬鹿騒ぎって‥‥ああ、そういや刹那は初めてだな。思い出してみろ。今日は12月24日だぜ?クリスマスパーティーだ』
『‥‥‥イエス・キリストか』



 知識は合った。クリスマスとはイエス・キリストがこの世に生まれたことを祝う日、つまり宗教絡みの伝統的行事の日だ。そして宗教として機能する日は、当然刹那の理解に外れた行為だった。



『この世界に、神など居ない』



 まだCBに来て間もない刹那を構い倒す男とのやり取り。今でも、ほんのつい最近のように思い出せた。あの頃は、他人を寄せ付けることを良しとしなかった。そして神を頑なに否定していた。だからこそ憮然とした表情で呟く刹那に、ロックオンは数秒の沈黙の後、いつものような笑みを浮かべた。



『‥‥‥んー、この日は別に宗教絡みが全てじゃねーんだぜ?子供がサンタにプレゼントを貰う楽しい日でもあれば、恋人同士が楽しくデートする日でもある。そりゃ信心深い奴らは別だが、普通はただ単にクリスマスという日を楽しむ』



 こうやってパーティーを開いて、気心知れた仲間達とプレゼントを交換しあったりしてな。そう言ってロックオンは刹那の癖毛をかき回した。俺に触れるなと叩き落しても、微笑みを絶やすことはなかった。
 今でも昨日のことのように感じるのは、そのときに見た今は居ないかつての仲間の笑顔が鮮明に思い出せるからだろうか。ドクターモレノも、クリスティナ・シエラも、リヒテンダール・ツエーリも、そしてロックオン・ストラトスも、楽しそうに笑っていた。
 それから、クリスマスとは宗教関係に強く縛られた日というわけでもなく、ただ賑やかに過ごす日なのだという認識に変わった。個人の解釈は自由だ。しかしだからといって積極的に参加しようとは微塵も思わなかった。しかし結局最後には相部屋の男に半ば連れ去られるように強制的に参加した。といってもただ飲み食いするだけだったが、それで男は満足したようでもあった。
 

「刹那、メリークリスマス」


 はい、刹那にプレゼントだよ。
 思わず過去を振り返っていた刹那を現実に戻したのは、フェルトが彼に小包を手渡した声だった。それを口切に、ミレイナ、アレルヤ、マリー、イアン、スメラギと一気に刹那へのプレゼント攻撃が開始される。
 呆然と、とりあえず贈り物を受け取りながら律儀に礼を言う刹那に、皆が笑った。我らがリーダーはこれだから驚かしがいがあるのだと、とても嬉しそうに。
 中身は様々だった。フェルトからは植物の種や写真、ミレイナからは可愛らしいブレスレット、アレルヤからは犬の写真集、マリーからは可愛らしいストラップ、イアンからはダブルオーのモデル、スメラギからは奮発したらしい酒。
 そして最後はライルだった。彼はいつもの笑みを浮かべて刹那を見る。贈られたものは、この世でたった一枚だろう写真。今時わざわざ端末のデータを現像する物好きは居ないからだ。写真店が減少傾向にあるのも原因だった。
 刹那は手のひらに乗った写真を見つめた。ニールとライルが肩を組んでいる、幼い頃の写真。家族をテロで失った後で悲しみに暮れているだろうに、様々なものを吹っ切ったような、唯一の家族には気を許せるのだという、楽しそうな笑みを浮かべて並ぶ姿。これがもしテロの起きる前に撮った写真だったなら、刹那は自分を責めただろう。過去の自分を責め、贖罪をしたいと言い出すかもしれない。それだけは嫌だと思ったライルは、わざとこの写真を選んだ。たった一つの現像した宝物。
 刹那になら、渡しても良いと思ったから。


「メリークリスマス、刹那」


 ライルは再び黒髪を混ぜっかえした。その触り方は兄のぐしゃぐしゃとかき混ぜるようなものとはまた違う。まるでありとあらゆる髪の毛を寝癖に変えてしまうような、些細な、けれど全く違う撫で方。


 思わず、涙が溢れそうになった。

絶賛日参中な携帯サイト純恋のria様宅からクリスマスフリーで掻っ攫ってきた(爆)クリスマス小説!せっちゃん可愛いせっちゃん可愛いせっちゃん可愛い・・・!(エンドレス)。

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