Una bella donna

ボンゴレ十世の霧の守護者と言えば、マフィア界で度々噂に上る。
 主君であるドン・ボンゴレの愛人であるというのが、最も古く且つ根強く支持を得ているもの。温和な沢田 綱吉があのヴァリアーの手綱を握れているのは、麗しい霧がかの部隊の主たるザンザスを骨抜きにしているからだとか、数々の同盟ファミリーのドンを手玉に取っているだとか―――彼女は毒婦として名が通っていると言って良い。
 同輩である雲の守護者―――能面のような無表情ながら、漆黒の髪と切れ長の双眸と白皙の肌の対比が際立つ東洋美の一極の具現たる青年に、ほっそりとした白い手を取られた、欧亜混血ならではのエキゾチックな美貌を誇るボンゴレ霧の守護者は、今宵も麗しいと会場中の視線と溜め息を独占した。無論、十年来彼女への想いを募らせるキャバッローネのディーノもだ。
「ツナ!蓮華に恭弥も!!」
 皆良く来てくれたな―――と、ディーノは笑む。
 ドン・ボンゴレに五人もの守護者の揃い踏みという破格の待遇は、流石同盟最有力者への祝いの席と言えた。
「おめでとう御座います、ディーノさん」
 ディーノへの配慮で、今宵はもう一人の霧の守護者である凪をパートナーとする綱吉は、言って互いに歩み寄り、先ずはと握手を交わす。日本産の綱吉が文化と習慣の違いから、どちらかというとハグを苦手としているのを知っているので、ディーノは握手と肩を叩く事に止める。
「ははっ、グラッツィ!でもそーも言ってらんねーよ。もう31だろ?跡取り跡取りって周り中にせっつかれてよ」
 苦笑するディーノに、自身も似たような立場の綱吉は同意した。
 その為には結婚だとばかりに、今宵も彼に紹介しようと着飾らせた身内やら縁続きの娘達を連れたお歴々の多いこと。
 この会場のみならず、大半の女性を霞ませる蟲惑と美貌を誇る蓮華を連れて来たのが、大ボンゴレがドンで無ければ軽く吊るし上げられた事だろう。
「やあ、跳ね馬」
「くふふ、お誕生日おめでとう御座います、跳ね馬の…」
 連れ立って来て挨拶をしてくる弟子と想い人―――いつも通り麗しく、しかし装い化粧をして、いつもにも増して艶やかな蓮華に、ディーノの目は、表情は甘いものとなる。
 これを見てしまって、それでもと名乗りをあげられる女が、どれ程いるだろう。

 政略だとしても、夫となるべき男の身近に、そして縁が切り得ない場所に、男の想い人がいるという苦痛に耐えられる様な女が。

「な、蓮華」
 おねだりモードのディーノは、まるで子供の様だ。その笑みは人懐こい。
「はい?どうなさいまして、跳ね馬」
 微笑みは昔も今も、おっとりと優しいもの。
 けれど、それは見る者によっては、蟲惑的とも妖婦のようとも取られる。
 こればかりは、生来の美貌と、呪いの様に彼女に付き纏う不幸な薫りを含んだ色気が為で。
 けれどディーノにとってみれば、初めて会った時から、艶やかさを含みながらも、その微笑は愛らしいと、守りたいを思うもの。
 相変わらず家事や水仕事をする為あんまり綺麗ではないからと手袋をした小さな手を取り、ちゅっと口付ける。
「踊って頂けますか?スィニョリーナ」
 情熱を秘めた眼差しで、けれども彼女に逃げる隙としておどけた調子で誘う甘さをくれるディーノに、蓮華は切なく微笑む。
「…光栄ですわ、ドン・キャバッローネ」
 一線は引きつつも、華の様に微笑み差し出した手に自身のそれを重ねた蓮華に、ディーノは破顔した。



 上半身のビスチェ状から繋がるマーメイドラインが、華奢な線をしていながら出るべき場所はしっかり出たこの上も無く女らしい体つきを引き立てるドレスは、踊ると膝の少し上から優雅に広がる。
 漆黒の繻子で、一見少々地味かと思いきや、そうして現れる艶やかな布地に、遠目にも着物ドレスだったのだと知れた。アクセサリーといえば、真珠色の肌理細やかな肌に映える藍色の艶を帯びる黒絹の髪を彩るのは、極控えめな螺鈿と小粒の真珠で飾られた漆の髪飾りのみ。
 それでも彼女は会場の内の誰より艶やかで美しかった―――少なくとも、ディーノの目にはそう映った。
 少し困った様な微笑みに胸が締め付けられ、それでも見上げてくる双色の瞳に、やっぱり彼女への想いを今年も捨てられそうに無いと確信する。
 抱きしめたいのも、傍らに居て欲しいと、子供を生んでほしいと思うのも、やっぱり蓮華だけなのだ。


 ダンスを終えて、暫しは熱気を冷ましたいからとバルコニーで休む猶予を得る。仮にも主役であるから、そう長くも席を外せなかったが。
「なぁ、蓮華」
 囁く様に掛けられる声に、はいと彼女は小首を傾げ応えを打つ。
「…どーしてもさ…」
 喉に絡みそうになるのは、出来れば言いたくないから。
 苦しくても、せめて此の侭でいたい―――けれど、もうそれほど猶予は残されていない。
「…駄目なら、言ってくれ。オレを嫌いだって」
 嘘でも、そうして思い切らせて―――それが、せめてもの願いなのだと言って、己を抱きしめる男の腕の中、蓮華は息を飲んだ。

当たり前の十五歳の少女として出会えていたら―――十年前から、一体何度思った事だろう。

 せめても、この体が忌まわしい思い出に汚されていなければ、とっくに彼の腕に飛び込んでいただろう。

 さんざ慰みに使われた穢れた身は、太陽の様な彼に相応しくない。
 想うことすらおこがましい。
 それを自覚する度、惨めになる。

 今日この日、そこいら中に咲いた花々―――然るべき後ろ盾や後見を持ち、周囲に彼に相応しいと思われ引き合わされる娘たちをこそ、蓮華は羨む。
 たいていがマフィアの…との注釈は付くものの、いずれも華のように愛で慈しまれて育った令嬢達は、蓮華には眩しい。
 多少整った顔など、何程のものか。それより、まっすぐに想い想われる事が出来る彼女達が羨ましい。

 愛していると、オレのものになってと言われても、答えられる筈も無い。
 ごめんなさいと、何度謝っても、彼は「そーか…」と苦笑一つで、すっぱりと断ることもできぬ蓮華にまた暫くの猶予をくれた。
 答えられない女など、さっさと見捨ててくれれば良いのに―――けれど実際そうなったら、未練がましく泣くのだろう己の女々しさにうんざりする。
 思い切ってその胸に飛び込む事が怖い、けれど諦めるのも嫌―――なんて面倒臭い女かと、自分ですら思う。
 ただ一言、彼のくれる甘い言葉に「Si」と返して彼のものになれば幸せになれると、誰に言われずとも確信している。
 けれど怖いのだ。返せる物が何も無いから。
 寧ろ、過去が彼をも苦しめるのではないか、掘り返されたりしたら、彼だけでなくキャバッローネまでも看板に傷をつけられてしまう―――そうして嫌われるのが、厭われる様になるのが怖かった。
 そんな甘ったれを見透かす様に告げられた最後通告が、こんな日に突きつけられるなんてと、彼女はオッド・アイを瞠る。
 言葉は、矢張り痛かった。
 胸が引き裂かれる。
「…い…や…」
 気が付くと、口を吐いていた。
 その震える声に、彼女自身も驚く。
「…蓮…」
 か、と続けかけたディーノに見下ろされた蓮華の瞳から、ほろほろと涙が零れ落ちた。

 その涙に、ディーノの心臓は鷲掴まれる。
 可愛くて愛おしくて、胸が掻き乱される。
 相変わらず女らしい曲線を描いているが、その幸薄さが呪いの如く絡みついている様な細すぎる体を抱きしめる腕に力が篭った。
 見栄えだとか観賞するには危うさすらも美しいかもしれないが、抱きしめるとその折れそうな華奢さに、堪らない気持ちになる。
 飾り物にしたいのではないのだ。
 傍らで、あるいは腕の中で幸せにしたい、微笑んで欲しい女なのだ。
 子供を生んで欲しいと思う女なのだ。
 その線の細さに、いっそ泣きたくなる。いっそ、攫いたい。
 やろうと思えば、同盟内の第三勢力である上ボンゴレとの縁深いキャバッローネだ。そのドン自らが正妻として迎えたいと交渉すれば、おそらくボンゴレ側の古老や古参カポ、つまりは守護者以外みな蓮華の意思などお構いなしに段取りを整えてくれるだろう。
 そうなれば、自分の事となると大抵消極的な蓮華の事だ、綱吉が反対したところで迷惑を掛けられないと心を殺してでも嫁いでくるだろう。
 けれど、それが嫌だと、せめてもの男の矜持で踏みとどまっている。欲しいのは、彼女の身も心も両方ともなのだ。
 諦めから来てなど欲しくない。
 おこがましいかも知れないが、恋という、少なからず色を含んでいながら、彼女を抱きしめても巣食う根深い拒否反応を示されない分だけ、少なくとも蓮華にとって自分が一番近しい男なのだと言い切れる。
 彼女の瞳にいつからか揺らめく色に、自分を想う色があると確信出来たのはいつだろう。まだ綱吉が学生の頃だったと言い切れるから、随分と前の事だ。
 始めは、錯覚か思って、終に願望故に頭か感覚がイカレたかと思った。
 その位意外で、彼女と出会った頃から求めてやまなかったことだったから。
 けれど、その微熱を帯びた瞳だけで、いつまでも彼女は踏み出さない。
 踏み出せる筈もない。
 きっと、過去に散々嫌な思いをした蓮華が求めるのは、プラトニックなものなのだ。生々しいそれを忌避する彼女にとって、それから今まで続く生ぬるい関係はそう居心地悪いものではないのだ。
 そんな踏み切れない彼女に、その一歩を踏み出して欲しい―――なんて我侭かと思いながら、この愛しい女に自分の意思で己がものとなって欲しかった。

オレのものになって、オレを愛して、オレの子供産んで―――

 囁く声に、涙が溢れて止まらない。
 そんな事、許される筈もない。
 そんな事、蓮華に許される筈もない。
 子供が可哀想だ。
 散々男の欲望のはけ口にされたような女が母親なんて、可哀想過ぎる―――そう思ったら、泣けた。

 子供は嫌いじゃない。
 寧ろ好きな方だと思う。
 あの柔らかく温かな命を、自分の体で十月十日育み産み出し慈しむ―――それは、何て甘い誘惑に満ちた夢だったであろうか。
「でも―――…」
 解っているでしょう?―――過去を引け目とする蓮華を抱きしめる腕に、力が篭る。
「…だから、なんだってんだよ」
 言う言葉は苦しげで。
「んなの、お前の意思じゃ無かっただろ?糞みてぇな野郎共をブッ殺してぇって思ったところで、お前がどうこうってもんじゃねえだろうが」
 荒ぐ口調に、更に目が熱くなった。
「…き…―――…」
 三十を越えて男盛りを迎えて、充実した男の色気と力強さを帯びた、男の肩に顔を埋め、ぎゅっと抱きついた。
 抱きしめ返され、この上もなく安心出来る。
 過去を思えば皮肉に過ぎたが、それでも運命なのではないかと思えた。
 強く強く抱きしめ返され、覚えるのは恐怖ではなく安堵なのだ。温かくて、少しだけどきどきする。

「…好き…」

 微かな呟きに次いで襲い来るキスの嵐は、ちっとも嫌ではなかった。
 会場から死角となる、バルコンへの入り口の脇の壁に押し付けられてのキスに、クラクラする。
 華やかなワルツをBGMに、眩暈がする程甘く濃密なそれに夢中になった。
「…は…」
 唇を掠めた吐息に、契った唇が離れた事を知る。
 その吐息が甘い。
 ぼんやりと涙の滲んだ眼で見上げた男は、少し苦しげな、けれどとても幸せそうな顔で笑った。
「…オレも…いや、…」
 否定の一音に少し不安になった彼女に、彼は出会った時と変わらぬ少年の顔で笑う。
「すげー好き、愛してる。」
 くしゃっと笑って言うディーノに、馬鹿と言って、蓮華は更なる涙に双色の瞳を濡らして抱きついた。




「って訳で、蓮華嫁にくれ。つーか、霧の守護者として籍は置いてるぐらいにしてくれ」
 頭を深々下げながらのディーノの言葉に、昨夜あの後戻って来なかった二人故にある程度予想をしつつも、上手くいったのだと確信できて、ニコニコ笑顔の綱吉ははいと頷いた。
「って、んなにあっさり良いのかよ!?」
 思わずボケ属性のディーノが突っ込みに回ってしまった位に。
「そーでもないですよ。ここまで来るのに十年。そうなっても良いようにって、いろいろ根回しとか手回しとかして五年ですから」
 つまりは綱吉が十八歳、ボンゴレ十代目を正式に継ぐべく渡伊した頃ということだ。
「…」
「ふふ、何のために霧の守護者は二人で一対にしたと思ってるんですか?」
 にっこり微笑み告げる弟弟子は結構したたかで、けれど、可愛くて、ディーノはくしゃっと笑った。

 兄弟子にも蓮華にも幸せになってほしい。
 それのもっともな近道は、二人が結ばれることなのだと、直感も二人を見ていても知れる。
 ディーノの結婚と後継者問題に頭を悩ませるロマーリオやリボーンに言われるまでもなく。
 二人が結ばれれば、その双方が一気に解決する。
 一石三鳥とはこの事だと、綱吉は確信し、そうなるよう頑張ってじれったい二人に水を向け続けた。
 それが漸く結実する日が来るとはと、なんとも感慨深い。
「…幸せにしてくださいよ」
 悪戯っぽく微笑んでも、その瞳は真剣だ。ディーノもまた、真摯な顔で頷いた。
「ああ、必ず」
 と。


えんど?

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「恋物語(『雪月花』で連載中D骸♀連載)設定で、D骸嬢十年後でディーノの誕生日パーティーに呼ばれたボンゴレF。ディーノ頑張って蓮華をダンスに誘う(まだ落とせていない設定)」です。素敵です・・・vvやっぱハッピーエンドが一番です・・・!!

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