Cioccolato狂想曲

日本においてバレンタインデーはお中元お歳暮と似たイベントとなっていると言っても良い。義理チョコなる友人男子に配るどころか、女の子同士で友チョコを交換し合うという、最早本来の恋人同士が愛を確かめ合うため云々という辺りは忘れ去られて久しい菓子メーカーに踊らされまくりの季節行事である。
 勿論、色々因縁だの作った組織だので子孫たる自分に迷惑掛け捲ってくれているひいひい祖父ちゃんがイタリアーノだからと言って、日本生まれの日本育ちでその身に流れる血の大半は日本のものである沢田 綱吉にとっても、バレンタインとはそういうイベントと認識されてしまっていた。
 普段なら間違いを訂正しそうな家庭教師リボーン先生が食いしん坊なことも理由の一つである。
「んー…」
 果てさてと、リング戦(ついでに未来に行ってきたり)を経て晴れて女の子としての生活を出来る環境の整った綱吉は、約十年後で過した時間でいい具合に伸びた紅茶色の髪をふわふわ揺らして小首を傾げる。
 指折り数えて、思い浮かぶ面々やその嗜好だのをノートに書いてみたりするのは、何事にも先ずはノートとペンの理論武装から入る右腕の少女の影響だ。
 母やビアンキやハルと一年半にわたって作り上げたお菓子のレシピノートだのインターネットから印刷してみたレシピを広げたりしながら、沢田 綱吉の二月前半のとある午後は過ぎていった。

「おはようございます、十代目!」
 綱吉に付き合って女の子として暮らす覚悟を決めた獄寺は、漸く着なれつつあるスカートをひらんと揺らしてお辞儀した。
 本来の性別に則した格好をすると決めたその日に、「じゃあ」と雲雀がじきじきに綱吉に寄越したのは並中旧女子制服…濃紺に赤いラインカラーとスカーフのセーラー服だった。
 一体いつの間にと綱吉がびびった横で、「十代目の右腕たるオレも」といつも通り言い出した獄寺と二人して、悪目立ちこの上なく並中でただ二人セーラー服を着ることと相成っている。
 スカートは現在の制服と同じだし、セーターで割と隠れるから「まあいいかー」と綱吉は、数ヵ月後如何するかを考えるのをその場では放棄した。
 『僕はいつも好きな学年だよ』とのたまう風紀委員長様がちゃんと進学しなかった場合は…とは考えてはいけない、きっと、うん。
 学校指定のセーターに、ハルからのクリスマスプレゼントである見事な出来の手編みのマフラー(因みに、綱吉と色違いのお揃いという辺り獄寺はとっても気に入っている。)をしている獄寺に、「おはよう」とほにゃり綱吉は微笑みかける。
「あ、あのね」
 朝から荷物になっちゃうけどねと言いながら、綱吉は幾つか持った紙袋の内、大きな物をはいと美貌の少女に渡した。
 きょとんとする獄寺に、
「袋ばっかり大きくしちゃったけどね?」
 とも断りつつ、綱吉は思い出しを含んでくすくす笑う。
「ほら、去年とか獄寺君も山本も、一杯チョコ貰って持って帰るの大変そうにしてたから…」
 だから大きい袋にしたんだと、出会って一年半を経て随分と朗らかになった少女は言う。
「十代目…」
 獄寺の灰色掛かった緑の瞳がキラキラ輝いた。
「お気遣いありがとうございます!」
 満面の笑みを浮かべた獄寺は、でもと肩を竦める。
「オレ、こうですし、今年はあんなことないと思いますよ?」
 性別を暴露しただけにと言う少女に、綱吉もまた肩を竦める。
 獄寺君はわかっていないなぁと。
 日本には女性のみの某歌劇団が存在するのである。
 獄寺ファンクラブはその美しくも凛々しい男役の女優さんを崇めるが如く、寧ろ固い結束を誇るようになっているのである。
 中には『獄寺さんを山本 武の魔手から守ろう同盟』なる一派まで出来ているらしいとか、情報通の黒川 花は教えてくれた。
 因みにそんなお嬢さんたちからすると、綱吉を守ろうとすることも働いて、獄寺はオスカル様みたい!!と萌えられているそうな。

あらあら閑話休題。

家庭教師様にどちらも大真面目にだが微妙に斜めにずれていると評価されているちょっぴりボケ主従が、朝からそうして玄関先でほのぼのしていると、何時も通り
「よぉ」
 と片手を上げる山本や
「はよ」
 とかったるそうに言うベルフェゴール、そして
「わりぃ、少し遅くなったなぁ」
 と言うスクアーロが現れる。
「おはよう、山本、ベル、スペルビアさん」
 と、挨拶にほんにゃり微笑みながら返す綱吉の横で、「てめぇら!十代目への礼儀がなってねー!!」と獄寺が何時も通り柳眉を吊り上げる。
「おう、すまんすまん」
 どーも家は皆口が悪くてなぁ―――と、意外と気がいいスクアーロはぽりぽりこめかみ辺りを掻きながら、八歳も年下の少女のお怒りに素直に謝ってくれる。
 ディーノ曰く、強い剣士相手には確かに脅威の剣鬼だったが、弱いものいじめだのリンチだのが大嫌いで、学生時代は意外と正義感として知られていたらしい。この御多分に漏れず非常に整った美貌をお持ちの剣の女帝は。
 薄手のセーターにパンツ、トレンチコートとすっきりスタイリッシュなファッションをした彼女は、そのすらりとした長身もあってスーパーモデルにしか見えない。
 これで職業暗殺者(しかも殺戮・殲滅戦をもっとも得意とする、寧ろ傭兵部隊に近い組織のナンバー2である)なんて、その戦う姿を知らなきゃ誰が思うだろう。
「王子に命令してんなよ、ローラ」
「ローラ呼ぶな!!」
「はは、まーまー、二人とも喧嘩すんなって」
 札束だのを用いて、ボンゴレにしては穏便なほうだがかなり強引な手段によって、綱吉の護衛として同じクラスに編入してきたベルフェゴールと獄寺の言い合いに山本も混じり、何時も通りのトリオ漫才が始まる。平和だなぁと其れを綱吉とスクアーロが見守るのも、割と何時ものことだ。
「お、忘れるところだった」
 しまったしまったと、言い出したスクアーロに、どうしましたと綱吉は首を傾げた。
「ほら、今日はサン・バレンティーノだろう?」
 言って、黒字に金のラインと銀のプリントのある、紙の癖にちょっと高級そうな袋をスクアーロは持ち上げた。
「ジャッポーネは面白いなぁ?やり取りすんのがチョッコラート限定だし、友チョコだの義理チョコだのあるし」
 くすくす笑う彼女は、どこか少女めいて可愛らしくて、「はい」と肯く綱吉にも何と無く笑いは伝染する。
「私とルッスからもボス様にドルチェを献上だぁ」
 言って、スクアーロはちょっとお茶目にウインクをした。
 渡された紙袋をお礼を言って素直に受け取って、綱吉もはいと一番大きな紙袋を掲げた。
「私からも友チョコ、です」
 あ、ファミリーだから、家族チョコなのかな?―――首を傾げるお人よしの少女は、きっとその言葉を二度の反乱を経た自分達にどれほど沁みるか知らない。
「あのね、ザンザスさんお酒好きだけど、甘いものはあんまり好きじゃないでしょう?だから、甘さ控えめでラム酒利かせた生チョコ作ってみたんです。私は味見できなかったけど、母さんとかビアンキとかリボーンは美味しいって言ってくれたから…」
 あとね、ガトーショコラとマシュマロ入りのチョコファッジとか作ってみたんです―――楽しそうに言う可愛らしい少女を、スクアーロはふんわりと抱きしめた。
「グラッツィア、ツナ…」
 きっとあの口も態度も悪いボスは、なんだかんだ文句をつけるだろう。
 でも、きっとぶつぶつ言っても自分の為に作られたのだという其れを独り占めして、一人しみじみ食べるのだろうと想像は容易かった。

「おはよう、ツナちゃん、隼人ちゃん、山本君にベル君にスクアーロ先生!」
 今日も今日とて朗らかな京子の声に、素直に「おはよう、京子ちゃん」と返せるようになったのは未来での日々のおかげだきっと。
 以前は憧れから緊張してどもってしまっていたが、数ヶ月にわたる共同生活で、綱吉の性別や其れを隠さざるを得なかった事情を知って、ハル同様彼女を守りたいと言ってくれた京子との間にも友情は結ばれ、それもフェードアウトした。
 因みにスクアーロに先生の敬称が付くのは、ベルフェゴール同様『少々』強引な手段を用いて彼女が語学講師の役職を得て並中に堂々と出入りしている為である。英語教師のアシスタント的にだったり、特別授業にと、意外と教師にも生徒にも好評を博しているようだ。流石入隊規則の一つとして最低でも七ヶ国語を操ると定めているヴァリアー様様だと、日本語もあんまり知らない自信のある綱吉などは感心することしきりである。
「極限に良い朝だな!」
 にかっと真夏の快晴の如き笑みを浮かべる了平とも皆朝の挨拶を交わして。
「あ、ハッピーバレンタインです、笹川先輩」
 そうそう、忘れないうちにと了平用の黄色い紙袋を綱吉は渡した。
 それに付き合ってか、「まあ、芝生にも義理だ」と小さな包みを渡す獄寺に、
「なーオレにはー」
「ししっ、勿論王子のもあるに決まってるよな」
 と野球少年とプリンス・ザ・リッパーが絡む。
「だぁぁっ、うるせぇっ、てめぇら何ぞに誰がくれてやるかぁああああっ!!」
 がなる獄寺に、『あーあ、何時も通り切り口間違っちゃってるなぁ…』と山本とベルのアプローチの下手くそさに女子陣は溜息をついてしまう。
 なんだかんだいって義理堅い彼女のことだから、用意するだけ用意しているのは確実だ。
 後は大人しく待っていれば、よっぽど下手を踏まなきゃなんだかんだ言ってくれるだろうに…と。

出掛けに少々もたついてしまったので、学校に着いたのはホームルームぎりぎりだった。
お昼に友チョコとして用意してきたお菓子を京子ちゃんや花ちゃんや獄寺や山本やベルと食べようと思っているので、二時間目と三時間目の狭間の少々長い休み時間に綱吉は応接室に向かった。
 すーはーと扉の前で深呼吸して、綱吉はノックをする。
「開いてるよ」
 テノールの多分許可の声に「失礼します」と言って、綱吉は風紀委員会室に入った。
「こ…こんにちは、雲雀さん…と、草壁さん…」
 ほにゃっと微笑む少女に、「うん」と肯く雲雀に微笑ましく目を細めながら、草壁も「こんにちは、沢田さん」と会釈と共に返す。
 明るい色をしたふわふわの髪に小さな甘い顔を、細い首をふんわり縁取られた、出会った頃よりぐんと、自然に少女らしくなれた彼女に目を細める雲雀は微笑ましいことこの上無い。
 ほんのり桜色に頬を染めた綱吉は、「あの」と少し惑いながら、二つの紙袋を差し出した。
「こっちは、あの、草壁さんとか風紀の人でよかったら…」
 現在のみならず未来でも大層お世話にもなったから…とはいえないまでも、心ばかりと綱吉は渡す。
 ギロリと刺さる眼差しが大層痛いものの、固辞したらしたでもっと恐ろしいと、丁重にお礼を言いながら草壁は受け取った。
「あの、それでこっちは雲雀さんの…」
 はにかむ少女に、うんと肯く雲雀は、直後ちょっぴり凹んだ。
「えと、美弥君と美香ちゃんと、蓉子さんと章久さんと…」
 ご家族の方に…―――と、一応彼氏である自分を差し置いて、身内宛の物を言付けられて、どうして凹まずにいらりょうか。
 今度無駄に頑丈な元ヤンを咬み殺そう―――とか雲雀がこっそり考えていると。
「えと…」
 あの、その…と、少しもじもじしながら言う様子が可愛かった。
 マシュマロみたいな頬っぺたをぽわんとピンクに色づかせて、零れ落ちそうなアンバーの瞳で見上げてくる様子は、成る程あの妻子を溺愛するマッチョな沢田父が守るためにと男装させて育てたはずだと思わず納得してしまうほど愛くるしい。これをマフィアなんてヤクザな業界で育てて見ろ、幼い頃から危ない趣味のおっさん達に誘拐されそうになっていたに違いないではないか―――綱吉がもじもじする僅か数秒でそんなことを無駄に回転速い脳味噌で思って、雲雀は勝手に納得した。
 ちょっと大きめなセーターの袖から、ちょこんと覗く細い指で持った小さめの紙袋を、綱吉ははいと渡してくる。
「あの…お口に合うか判りませんけど…」
 一応ね、特別製なんです…―――はにかんで言って。
「くふ〜ん、つっなよっしくぅ〜ん!この私を差し置き、雲雀 恭弥なんぞに『特別製チョコ』を渡すなんてっ、聞き捨てなりませんっ」
「って!何処から聞いてたのーーーっ!!!」
 というか、最近割りと何時ものことだが、何でこのかなり怪しいし髪形もアレだが、絶世のと称しても良いレベルの美貌をお持ちな年上の少女は、何故に窓から侵入してくるのだろう。律儀にブーツを脱いで左手に持っていたり、かなりシュールである。

「そんな事はさておき!」
「置いといていいの?いいの?」
 ノンノンと、綺麗にフレンチネイルにした形のいい爪の映えるすらっと長い指を振ってウインクする骸は、今日も今日とてちょっと…いや、かなり変わっているが、大層美しい。
 確かにやりすぎ感は溢れるが、幼い時分にファミリーに人体実験のモルモットにされただの人間不信になっても、世界に絶望しても無理は無い骸の過去にも十二分に情状酌量の余地はある―――と復讐者と交渉した甲斐あって、骸はこの年のはじめ目出度く仮出所となった。家光が後見人となり、監督者としてCEDEFからラル・ミルチに出向して貰った…という、信頼性のある保護者(ラルは赤子姿ではあるが)の存在もある。
「…こんにちは、ボス…雲の人…」
 草壁にもちょこんと小さな頭を下げるクロームこと凪も、今日も今日とてとってもキュートだ。
「さあ、綱吉くんっ私もチョッコラートを交換して差し上げましょう!」
 何処のミュージカル舞台かなー―――みたいなオーバーな身振りで歌うように言う年上の美しい少女を、綱吉は一言の下に撃沈した。
「え?無いよ?」
 漫画なら、ガーンの装飾文字と縦線背負って居そうに、骸はへたり込んだ。
 ディーノ曰く『すげー美味しそう』らしい、ミニスカートから惜しげもなく晒された素敵な美脚を横座りで見せつけ、くふんくふん泣きながら骸は床にのの字を書いた。イタリア人なのに、相変わらず面白い具合に日本文化を吸収している。
「…骸様…元気だして…」
「くふん…ありがとう、私の可愛いクローム…」
 言いつつも、凪の華奢な腕にふんわり抱きしめられ甘える様子は、どこか子供っぽい。
 大人びているようで子供っぽい部分を垣間見せる骸は、きっととてもアンバランスなのだ。
 守られるべき子供の時分に大人に暴力と恐怖で押さえつけられ、子供達だけで身を寄せ合って頑張って生き延びてきた子供…―――だから酷く大人びた部分と、年齢の割りに子供っぽい部分が旧エストラーネオの三人には多々見られる。

「えと、今は雲雀さんと草壁さんに渡しに来たから持ってないよ?あの、でも帰りにマンションに持っていこうと思ってたから、教室にあるんだよ?」
 言葉選びを間違ったかなと首を捻りつつ、くふんくふんと、自分より頭半分以上背が高いし大分大人びた美貌を持っているのに子供っぽく涙ぐむ骸に綱吉は優しく言って、艶やかでサラサラの綺麗なブルネッドを撫でた。
 ぱあっと直ぐに双色の瞳を輝かせる辺りは、素直で可愛い。まるで沢田家の小さな居候たちである。
 これで、意識を切り替えれば策略や頭脳戦で幾十と知れぬ悪徳ファミリーをぶっ潰してきた策士なのだとは…驚きとしか言えない。
「でも骸?学校サボったでしょ。駄目だよ?ラルに怒られるよ?」
 もうと優しい顔を顰めて怒る綱吉に、大丈夫ですと目元と濡らしながらもあっという間に満面の笑顔になった骸は、えっへんと豊かな胸を張った。ぷるんと揺れるボリューム感ある膨らみに、これでたったの一歳差…と綱吉はかなり切ない気持ちになる。
「三時間目は嫌味な癖に発音あんまりにもへったくそだから言い負かして泣かせてやった英語教師の授業ですし、その後も体育でしたから、自主休講にしました!」
 まあ、なんて素敵な自信でしょう。これが過剰なそれじゃない辺りは凄いが、取り合えずラルに報告はしておかなきゃなぁと綱吉は溜息を吐いた。

 ああ、この女やっぱり咬み殺したい咬み殺したい咬み殺したい…
 無表情の下エンドレスに思う雲雀に、超直感冴え渡る幼いボスは、にっこり微笑みを向けた。
 未来を経て、随分とこの小さな少女は強かに育っている。
「雲雀さん?おれ…じゃなくて私、基本女の子に手を上げる男の人って、最低だと思ってますからね?」
 やーいやーいザマーミロー…という無言の副音声が、骸の勝ち誇った笑みに聞こえて、雲雀はそうして本日も忍耐力を試される事になる。
 今度綱吉の居ないところで決着つけようと自分を落ち着かせながら、雲雀は「うん、綱吉」と肯いた。

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「青天(『雪月花』で連載中ヒバツナ♀連載)リング戦バレンタインなお話で、女の子だとばれているツナ(獄寺も)が開き直っていろんな人にお菓子配ったり(ヴァリアーにも)貰ったり、それがとても気に入らない雲雀さん」です。かーわーいーいー!なんだもう・・・!いろいろぐっじょぶ過ぎて闇猫の脳内は薔薇色です(落ち着け)。

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