彼女と彼と私

綱吉達の未来よりの帰還ワープの時、ユニとアルコバレーノはいろんなプレゼントを”してくれちゃった”…




 お家に帰って来たのも束の間、唐突に色々なことを自覚して、綱吉はこっそりと泣いた。

 マフィアのボスになるという運命から逃れられないのもそうだが、『やがては』と恐怖していた『それ』―――自分が、誰かの命を摘むという行いを、終にどころか自分のこの手でしてしまったのだという事実に。

 何故だか最後に笑った敵だった男を、ユニに命燃やさせγと共に昇華させたとはいえ、それでも彼とて人間だ。
 だとて、ボンゴレ狩りなんてやらせた張本人で、きっととてもたくさんの人の命を奪ってきたのだろうが、それでもだから死んで良いという論理には、どうしても綱吉は持っていけない。
 そう、ああ、自分はついに人殺しになったんだ―――思ったら、悲しいという感覚はどこか遠く、ぼんやりと泣けた。
 殺し屋を本業とする家庭教師様は、何も言わない。そっと屋根裏の私室(ジャンニーニに改装?作製?させた)に引っ込まれて、綱吉を一人で泣かせてくれた。
 下手なことを言われるよりも、正直有難かった。
 今彼に何か言われたら、罵倒してしまいそうだったから。

 ぐじぐじ泣いていた弟子が泣き寝入ったのを気配で見計らい、一度降りてきた先生は、そっと布団を掛けてやってから、やはりまた屋根裏へと戻っていった。



クフフ…クフフフフ…―――特徴的な含み笑いが聞こえる。

 ふわっと髪を揺らした、薔薇を筆頭とした草木や水の柔らかな香りを含んだ風。

 ああ、夢だと承知しながら、綱吉はぼんやりと瞬く。
「くふっ、Buona sera、綱吉くん」
 前に写真で見た庭園を見てみたいと言った綱吉の要望に応えて、サービス精神旺盛な美貌の少女はそういう幻想空間を作ってくれる。
 綱吉が起き上がったお姫様ベッドと同じ意匠の椅子に座した彼女は、一つ年上なだけなのにそれは大人びて美しく、漆黒のスリップドレスをさらり着こなしていた。
 立ち上がる挙措も優雅に、透き通りそうに真っ白な四肢も軽やかに彼女は、白いシンプルだがふわふわしたワンピース姿の綱吉の側に来る。
「泣いていたのですね」
 言って、頬を撫でた少し意地悪く笑う双色の瞳の彼女に、素直にうんと肯いた。
「…悲しいのですか」
 それにもうんと応えて、綱吉は猫の抱きぐるみをぎゅっと抱っこして、ふかふかの枕に倒れこむ。骸の夢はいつでも妙にリアルで、けれどどこかメルヘンで、甘やかすような柔らかな甘さに満ちている。
「そうですか」
 とだけぽつんと骸は言って。
「…むくろ…」
「はい?」
 柔らかなアルトで応えるうつくしい彼女の手に、綱吉はそっと触れた。
「…おれ、後になって怖くて…、……骸もっ、怖かった?」
 怒りに任せて炎を燃やした自分とは違い、彼女はその手に刃を持って戦った。自分自身を守るために、弟分達を守るために。
 それは、きっととても怖かっただろうと、今の今になってまざまざと思わされて、綱吉の瞳は熱を帯び潤んでしまう。
「まったく、甘っちょろい娘ですねぇ…」
 くふふと笑いながら、意地悪い風に骸は言う。
「…怖くは、無かったですねぇ。後悔も、私はしませんでした」
 出来ませんでした…―――とも聞こえた気がした。
「やつら、私達を実験動物としてしか見ていませんでしたから。…色々と、磨耗していましたからね…」
 苦笑する骸に、
「っ…ごめんっ」
 思わずと叫んで、その薄薔薇色の唇を塞ごうとした。けれど、その綱吉の小さな手を、すらっとした白い手が捕まえてしまう。
「謝るんじゃありませんよ、プリンチペッツァ・ボンゴレ。貴女が何かした訳ではないでしょう」
 言って、麗しの少女はちゅっと綱吉の唇にバードキスをしてくる。
 ほんの挨拶程度の其れにも真っ赤になる綱吉に、機嫌を良くしたらしい骸はくふふと笑って、ぎゅっと小柄で華奢な彼女を抱きしめた。


「苦しいでしょう、辛いでしょう、しかし、どうか貴女はそうして人の命を悼む心を持っていて下さいな」


 薔薇のジャムをたっぷり紅茶に混ぜて言った彼女の微笑みは、きっと一生忘れられないものの一つだ。



「「つぅなぁちゃああぁああんんっっ!!」」

 ピンポーン…の玄関チャイムの直後、そう絶叫しながらどたばたと廊下を駆けてくる音とユニゾン。
 この声はと、リビングでちび達と洗濯物を畳んでいた(ランボのだけ少々ぐしゃついているだけというあたり、おにいさんのフゥ太は兎も角イーピンは大層出来た子である。)綱吉は瞬いた。
「つなちゃん!!」
「つなちゃーんっ!!」
 何時もは元気にご挨拶を欠かさない良い子の双子だったが、流石に恐慌をきたしているらしく、言いながら美弥と美香は抱きついてきた。
「突然お邪魔してすみません、奈々さん…」
 亀の甲より年の功ということか、こちらとて混乱しても居るだろうに挨拶を欠かさない大人な章久の声も聞こえてきて、指輪の形で一緒に来てしまったナッツ同様アルコバレーノが色々やらかした事実を、綱吉はまざまざと思い知った。
 金婚式と銀婚式で豪華客船で長期旅行(祖父母様方に至っては世界一周らしい)中だった雲雀 恭弥の祖父母両親には会えなかったが、その分十年後のこの三名には大層お世話になったものである。…色々びっくりもしたけれど。

「いきなりおし掛けちゃってごめんね、つなちゃん、リボーン君、いや、さんなのかな」
 何か君、オレより確実に年上みたいだよねー―――はははと、いきなり十年後の記憶をぶち込まれて色々混乱中な事は確かな章久は、それでも一部で冷静に情報を整理中でもあるらしくて、へらっと笑みを湛えつつ小首を傾げた。
 優雅にエスプレッソを楽しんでいらしたリボーン先生は、にやりと微笑を返す。
「別につけなくてもかまわねーが、付けるなら君の方がいいな。見た目にマッチしてぷりちーだろうが」
「うん、そうだねぇ、リボーン『小父さま』」
 ふふふ…くく…と笑みを二人は交わした。
 なんかこの二人の会話怖いーっ―――と懐いてくる双子を抱く綱吉の腕に力が篭った。ランボが対抗してか、やはりぎゅむーっと来たが、あいにくと綱吉の腕は二本しかないので我慢して貰うしかない。


 急いでいたからという理由で、本日の『章久さんのおみや』は来る途中にあるナミモリーヌでカットケーキを、豪快にも全種類二個ずつ購入してきたというもの。
「おもたせですけど」
 と言いつつ、飲み物や食器を手にした母とお手伝いしたフゥ太が持ってきた箱に綱吉は今日も軽くぶっ飛んだ。
 どうにもこの手のちょっと人を驚かせる人間が最近回りに多すぎて、最低でも一日に一ぶっ飛びしている気がする。

 そんなこんなで、ちび達がプチケーキバイキングなおやつに夢中になる中、バニラビーンズ香るシュークリームに相好崩していた綱吉の頭を、隣に座っていた章久はふわっと微笑しながら撫でた。
「章久さん?」
 優しい、けれどどこか切なく憂いを帯びた眼差しに、泣きたくなる。泣いて、縋ってしまいたくなる。
「…がんばったね、つなちゃん」
 ふわふわと、戦うことを知っていても十年後も誰も殺めはしない、優しい温かな手は、綱吉の色の薄いぽわぽわの髪をやさしくやさしく撫でてくれる。
「とても…とても、頑張ってきたね」
 成る程、大空の炎を宿した彼は、とても大きくて温かい。
 果たして、自分はこの人のようになれるのだろうかと思いながら、綱吉はぼんやりと柔らかく笑う青年を見上げる。
 ああ、そうだ、歪んだ十年後の未来の記憶を宿した彼は知っているのだと、唐突に理解が納得に変わる。
「…がんばったね。そしてありがとう、みんなで、無事で帰ってきてくれて」
 穏やかな声に、堪えても零れてくる涙にぐずぐず言いながら、綱吉はこくこくと肯いた。





おまけそのいち

「ねーねー、つなちゃん」
 一つ目のケーキを完食した美香が、徐に言い出した。
 珍しくサラウンドじゃないんだなーなんてちょっと思いながら、「なぁに?」とフルーツタルトの攻略に掛かっていた綱吉は首を傾げる。
「つなちゃんの親戚?のザンザスくん?どこ住んでるの?」
 ぶーっとお茶を噴かなかったのは、単に飲んでなかったからだ。
 一瞬頭の中が真っ白けになった綱吉は、ああ、そうか、リング戦も目撃しちゃったし、未来でもヴァリアーが救援にきてくれたりしたし―――と雲雀家の姫様とやんちゃな親戚のお兄さんとの接点を先ずは考えた。
「い、イタリアだよ」
 とどうにかこうにか応えて。
 でも、やっぱりあのザンザス…さんに、『くん』という敬称はあまりにミスマッチで、綱吉の頭はくらくらしてしまった。
 いや、老け顔であるが、現代の彼はあれでも冷凍されていたせいで肉体年齢十六歳というのが、衝撃的な事実なのだが。
 ああ、ならあの白いライオン?引き連れていた十年後のザンザスは、二十六歳ってことなんだよなー―――と軽く現実逃避しかけていた綱吉に、美香はほよーんと衝撃を与えた。
「んじゃ、リボくん、かてきょーなんでしょ?美香にもイタリア語?教えてー」
「…んー、美香ー?もうちょい解りやすく説明してくれるー?」
 思わずと言った章久に、五歳の童女は首を捻った。
「んとねー」
 続く言葉に、綱吉は頭を抱え、章久は固まり、リボーンは考え込んだ。
「じゅー年後?の美香ね、ザンザスくんのお嫁さんになるんだってー。」
 だから今からでもイタリア語お勉強しといたほうがいいんじゃないかなーって思ったのー―――筋道立っているといえば立っていた。
「美香ちゃーん、残酷だけど、結婚って一人じゃ出来ないからねー」
 取り合えず、相手が強面でヤクザな家業すぎるものの、美形なお兄さんに一目ぼれ?でもした子供の言うことだと思おうとした叔父の言葉は、あっさりと否定された。
「えー、でもおっきいザンザスくん、良いって言ったよー?おっきい美香がねー、『すえぜんくわないようないくじなしじゃないわよね?』ってがぶーってチューしたら、しょーがねーなって言ってたもん」
 んでプロレス?してたー―――子供の発言に、綱吉がぎゃーっと悲鳴を上げて、わたわたじたばた暴れた。
「…うーん、ヴェルデ君?上手く取り計らってくれたってことかな?みぃの記憶だけ、朝チュン的に改ざんしてくれたみたいだねぇ…」
「…みてーだな」
 流石に五歳だもんなーと、二人は取り合えず落ち着くためにエスプレッソを啜った。

 美香があの強面御曹司の嫁!?というびっくりな展開には、未来は変わったのだということであえて暫く考えないことにした。

 十一年後、怒り狂って般若と化した雲雀三兄妹の長男がヴァリアー本部にカチコミ掛ける事実は、その少し前まで三人の脳味噌の隅っこで埃を被ることになる。



おまけそのに

「だだだだだだ…大丈夫か!?ツナ?!!あああああ…折角の可愛い顔に傷が…白蘭の野郎…オレがぶっ殺してやりたかった…」
 イタリアくんだりから泡食ってやってくるなり、悲鳴をあげたり最後にどす黒さをこそっと見せて仰った兄弟子に、綱吉は遊んでいたお膝のナッツ共々ちょっとびくびくしてしまった。

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「青天(『雪月花』で連載中ヒバツナ♀連載)で未来編後記憶を受け取ったそれぞれの反応」です。すすす素晴らしすぎる・・・!!UPされたその日に既に三回読み返しました!(苦笑)。

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