ギャップ

出来るだけ大人っぽい服が良いの、大人っぽく見える格好が良いの―――幼いボンゴレ夫人は、マシュマロの頬をピンクに染め上げ、メイド達やルッスーリアに訴えた。
 その切ない乙女心を理解し、その日のコーディネートがなされて。
「ザンザスさん…!」
 お待たせしてすみません―――言いながら駆け寄って着た都奈に、「…いや」と応えつつ、ザンザスは二度三度と瞬いた。
「どうした?」
 問いに、少女はこてっと首を傾げて。
「あ…」
 声を零して、えへへと頬を染める。
「…あの…、お出かけだから…」
 ちょっとでも大人っぽく見えるようにして欲しいと訴えたのは、口に出来なかったけれど。
 うっすら化粧をして貰い、長くて量も多い髪は、サイドで纏めて、半々位の割合で結い垂らしお団子にされた。
 襟ぐりの広いパフスリーブのシャツブラウスに、小花柄のワンピースを重ねて、やや大振のビーズのペンダントと揃いのブレスレットを飾る。
 身長差がありすぎる程あるカップルだから、ヒールのある靴はどうしても使いたいところだ。なので、カジュアルを幸い、鈍臭い都奈でも比較的歩き易いであろう、ウエッジヒールのサンダルを合わせて。
 童顔に小柄で華奢なのも相まって、実年齢よりも幼気な都奈は、そうしてどうにかイタリア基準で実年齢に見えないことも無い位に見える様になって、大満足だった。
 誉めて誉めて―――幼い頃と変わりない、そう訴えるような瞳に、けれどザンザスは応えられなかった。
 寧ろ逆に眉宇を潜めた彼に、都奈は眉尻を下げる。
「…行くか…」
 どこか不機嫌に言って、ザンザスは都奈を助手席に先ず乗せてから自身も乗り込み、コレクションの一つであるアルファロメオ・ディアブロのエンジンを掛ける。
 落ち込みから、何時もよりも増してシートベルトにもたつく都奈の手付きに焦れたか、彼はやってやり―――しょんぼりとした都奈は不機嫌にしか見えないザンザスと、嬉し恥かし楽しい筈のものだった初デートに出かけることとなった。

休暇だというザンザスと居られるのだというのも嬉しければ、一緒に出かけるかと誘って貰えて、さっきまで幸せだったのが嘘のようだ。
 自分では結構可愛くして貰えたと思ったが、やっぱり自分程度じゃ全然ダメダメなのだろうと、都奈はしょぼくれていた。
 だって、ザンザスの眉は不愉快そうに顰められていた。
 泣きたい。
 惨めだ。
 お出かけ止めたいと思った。
 都奈の外出の機会はお嫁に来て以来極々限られていたから、幾ら引きこもりの資質十分の彼女といえどかなり凹んでいると言って良い。沈黙の中、流れる風景にぼんやり眼をやっていると、次第に拓けてくる。
 森というか山というか、緑濃い中にあるボンゴレ本部から、一時間もしないで『都会』に着いて、都奈はちょっと驚いた。なんとうか、ボンゴレ本部の周りが自然ばかりだったので、もっと辺鄙な田舎のイメージだったのだ。
 旦那がある意味イタリアーノらしくかなりの時速で車をぶっ飛ばしたのも勿論あったが、そんなことは乗用車自体にあんまり乗った事の無い(何せ奈々が免許を持っていないこともあって沢田家には車がなかった)都奈には解ろう筈もない。
「…如何した」
 因みに車は防犯の為に、ホテルの駐車場に停めた。無防備に路駐は勿論、長時間となるからそれなりに信頼の置ける場所に預けるのである。爆発物を仕掛けられたりブレーキを弄られたりしたら、それこそ洒落にならないからだ。
 問いかけに、瞬いていた彼女は「ふえ」と気の抜けた応えを返す。
 わたわたと理由を口にする少女に男は少し口の端を緩めて。くしゃっと頭をかき混ぜようとして、本日は割としっかり髪を結った都奈故に寸前で止めた手で、ふわふわと横髪を軽く撫でるに留める。
 戸惑い顔で、不安気に見上げてくる少女に、もう一度如何したと聞いたが、大人しい少女は何でもないとしか応えない。
 基本的に現在の都奈は自己を主張しない。小さな頃はあんなに自分にまとわりついてきていたというのに、それも無い。
 お年頃とは実に難しいものだと、ザンザスは眉間に皺を刻んだ。

CだのHだのLだのが頭文字な店や、どっこいどっこいのネームバリューを持つブランドの品物を置く店に連れて行っても、まだ少女の域を出ない妻は戸惑う顔しか見せない。
 ちっと、ザンザスはちいさく舌打ちした。思えば、そうと知らないとはいえ、彼女は与えているそれらオートクチュールのドレスやアクセサリーや靴にさっぱり興味を示さない。
 そんな都奈に気づくのだったと、今更気付いても遅のである。
 それよか品揃え豊富な大型スーパーか市場にでも連れて行ってやった方が若奥様はよっぽど喜ぶだろうが、デートにそれははたしてありなのかと青年は眉間に皺を刻む。
 そんな彼を見上げて、気を悪くさせてしまったかと思ってしまう都奈―――互いに似たようなことを考えているものの、背中合わせというか、果てしなく相互理解には程遠い二人である。

一緒に歩いたところで、結局引率してもらう子供にしか見えないし―――どうせどうせと卑屈に思ったら、じわっと涙が滲んだ。

「都奈…?」
 今にもベソをかきそうな少女にどうしたと声を掛けたが、
「…なんでもないです」
 と明らかに気ぶっせいな風なのに、都奈は唇を尖らせ応える。
 果てさて、何がそんなに機嫌を悪化させているか、ザンザスにはさっぱり解らない。
 そんな具合に気拙く歩いていて、ふいと妻の狭い歩幅に合わせていたザンザスは脚を止めた。
「…ザンザスさん?」
 どうかしましたか?―――淡やかなソプラノで問いかけてくる都奈に、ああと応えて。
「…ジェラート、食うか?」
 ついと小店を示した夫に、ぱちくり瞬いた甘党少女は、こくんと肯いた。
「た…食べたいですっ」
 本当に食べたいの半分、会話の糸口というか気拙い感じを払拭したいの半分で、こくこく都奈は肯いた。

広場の隅の方に出来た木陰で、ちんまりとした少女は待つことにした。
 ここからならお店も見えるし、ザンザスなら都奈を見失うなんてポカは絶対にしないだろうし、と。

 ザンザスは彼なりにとても優しく、都奈のことを大事にしてくれている。
 だから、こんなうじうじしたりせず、京子ちゃんのようににこにこしよう、ハルちゃんを目指して可愛く甘えてみようと、都奈は自分に言い聞かせて、脳内でシュミレーションした。
 先ずは、ジェラートを買ってきてくれた旦那さまに、『ザンザスさん、ありがとうございます!都奈、すっごく嬉しいですっ』とか言って、そうだ、積極的に、腕を組んでみたりしよう!…等と。

「ciao,signora!」
 声を掛けられたのが自分なのだとは、ほややんとした少女は暫し気付かなかった。
 もう一度声を掛けられて、きょとんと瞬いた彼女が見上げると、青年はにっこりと微笑んで見せる。
 ベルと同じぐらいだろうか。
 背も彼より少し高いぐらい。茶色のくりくりんとした巻き毛で、ボンゴレではとんと見ないとっても爽やかな笑顔が、ちょっと雀斑のある顔を朗らかに彩る。
 美形というよりは愛嬌のある感じ。でも、同世代の中ではちょっとかっこ可愛いとか、それなりにもてそうなタイプだ。
 身振り手振りを交え喋る彼に、なんだかハルを思い出して、ほよんと暫く都奈は見上げてしまっていた。
『こんにちは、一人?』
『可愛いね』
『あ、良かったら、ジェラート食べない?あそこの店の、美味しいんだよね!おごるよ』
 にこにこと、少年は言う。

 ネイティブなイタリア語のヒアリングに一杯一杯で、「あ」とか「う」としか声を出せない都奈に、少年が瞬いたのと、地獄の底から響くが如き大魔お…もとい、ザンザスの声が響いたのはほぼ同時だった。
『俺の連れに何か用か?』
 動物に例えるならライオンか虎か…肉食の大型獣以外ないだろう大柄な美丈夫に見下ろされ、あくまで一般人の高校生である少年は硬直した。さーっと、その血色の良かった顔が青ざめる。
「あ、あの、一緒にジェラート食べないかって、」
 言ってくれたんです!―――と、好意的善意の人なのだと、都奈はアピールしようとした。が、それはどう考えても逆効果だっただろう。
 少年は涙目ですごすご逃げていった。

「ざ、ザンザスさん、あの…」
 戻ってきた旦那さまに、都奈は話しかけようとした。しかし。
「…どっちだ」
 低い声で、ザンザスは問うて。
「あ…と…、チョコの…」
 チョコレートのものとバニラベースに刻みチョコのダブルのと、ベリー&ストロベリーという感じのものとを見比べ、甘党少女は咄嗟に応えて。それを渡された少女は、溶けちゃうしと、条件反射的に其れを暫し食べる。
 あむあむ食べて、『ほんとに美味しいなー』とほよんと思わず和む。
 ちらっと見上げると、強面の旦那さまは購入してきたもう一つのジェラートを食べている。
「…甘めぇ」
 と少し眉宇を顰めつつも、ザンザスは食べないという選択肢を選ばない。それが都奈には少し不思議だった。
「甘くて美味しいです。」
 素直な感想を言う都奈に、
「そうか」
 とザンザスは肯き、
「こっちも味見するか」
 …というかしろ、ぐらいの感じで、ついと都奈にジェラートを差し出してくれる。
 甘いものは大好きなので、ぱあっと表情が輝いてしまうのも無理はないだろう。

 はむっと強面青年に差し出されたジェラートに食いつく美少女―――ある意味というか、二種類の意味で視覚の暴力を振り撒く夫妻に、突っ込みを入れる人材はこの場に居ない。



降参して、ザンザスは問うことにした。

 ちんまりとした妻に、
「何処へ行きたい?」
 と。

 極上の蜂蜜か琥珀の様な色をした瞳をぱちぱち瞬かせた少女は、「んー」と少し考えて、ほにゃっと直ぐに笑う。
「雑貨屋さんとか、あ、あとスーパーとか寄って行きたいです!」
 帰りにと、にこにこと母親似で主婦が天職だろうところのある少女は、言った。
「いっつも雲雀さんのお取り寄せとかだし、偶には自分で食材とか、調味料とか見たいです」
 実に良い顔に都奈はなった。

 小洒落た鞄だの華奢な靴だのドレスや貴金属、アクセサリーを見ても見せなかった笑顔を面に浮かべた少女に、溜息ついてザンザスは
「ui」
 と肯きその手を取った。

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「どるちぇ(『雪月花』で連載中ザンツナ♀連載)設定でザンザスとショッピングに行ったけど途中迷子になってナンパにあう。そこへ血相変えたザンザス登場。ショッピング再開みたいな話」というリクエストでした。同じ時期に同じようなリクをされた方があとお二人いたらしくびっくり。なんかザン→←ツナな感じが凄い可愛いです!ぐっじょぶです!

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