弱点。
「…ホワイトデーってさ、何が欲しいもの?」
夕食の席でぽつんと呟くように言った長男坊に、あっら〜んと蓉子は瞳を煌かせた。
「んふ〜、恭弥君ったら、やぁっと母親孝行に目覚めたぁ?」
違うとは承知の上で長男を弄ろうとするのは、蓉子の悪癖である。
只でさえ親にはツンケンしたい思春期の息子は、むっすーっと自分にも夫にも良く似た顔を顰めた。
それもまた面白いと思っているから、雲雀 蓉子は大概度し難い図太い性格をしている。
「…誰が貰ってもいないお返しなんかするか。寧ろ、僕宛に来たチョコレートを貪り食ったんだから、こっちにこそお返し寄越せ」
因みに綱吉に貰ったチョコレートだけは意地でも死守した。たとえ『お味見したーい』とチビどもがおねだりしてきたとても。
「え〜ちゃんとあげたわよ〜。だからバレンタインデーはハンバーグだったでしょー?ソースに、隠し味でちゃんとチョコ入れたもーん」
「…そんなの知らない。……あと、いい年してもーんとか言うな。」
ぶーぶーという母に、しょうがないから後で帯止めか簪にあしらうのに良さそうなトンボ玉辺りを見繕ってこようと恭弥は溜息を吐いた。
「兄さまー、美香はねー、ぬいぐるみのリュック欲しーのーっ」
あと、サンリ○のハンカチとかー―――とのたまう美香。
美弥にもカンパさせて、大袋入りのチロ○チョコを購入して、雲雀どころかその配下の風紀委員にまで、配った妹の将来に、長兄はちょっぴり思い悩んだ。
一応身内に金額上位を強請ったのはまだ良心的だと思うべきか、一応身内には五個ずつとか差をつけたものの、掛かった金額の数十倍なんて可愛いものでなく数千倍となろう金額のものを強請る図太さを恐るるべきかと。
…とりあえず草壁に、美香はハンカチだのの小ぶりな消耗品関係のサン○オグッツを所望だと伝言もしたし、自身もいそいそとファンシーな縫いぐるみリュックを求めに行った程度には、恭弥は年の離れた妹に甘かった。
結局身内はアテにならなかった。
さて如何するかと思い悩んだ雲雀に、一筋の光明が。
「あっ、雲雀さん!」
「…げ」
整えた眉宇を顰めた親友の傍らで無邪気に微笑む笹川の妹に、「やあ」と雲雀は応えた。
綱吉の女友達の筆頭というか双璧といったら、彼女の右腕を自称するイタリア系クォーターの獄寺か緑中女子こと三浦 ハルだが、獄寺は女性的な感性に欠けるだのと勝手な分析をして、雲雀は笹川妹に問うことにした。三浦は他校と、少々面倒臭かったし。
なので、十年後の歪んだ未来で共に過して、色々彼女の事情も承知している少女に話を聞いてみようと思ったのだ。
しかし、ある意味肩透かしは仕方ないかと雲雀をして思わせるど天然少女は、にっこり微笑み「ナミモリーヌのケーキとか、いいんじゃないですか?」とのたまった。
傍らで溜息吐いた黒川 花は、沢田 綱吉の甘党っぷりも承知した上で、けれどそれは傍で少し困り顔をした風紀委員長様の思うところに叶わないのだろうとも察したのだ。
彼は、来る『初めての』と付くイベントに、記念というか思い出に少しでも残るものをと思っているのだろうと。
だからと、提案してみた。花とて、家の事情で男の子として育てられたなんて半生歩んできた友人が、心配だし可愛かったので。
「香水とか、雑貨とか、お勧めですよ」
でも、沢田ん所ガキ多いから、やっぱり香水かなー―――と。
きょとんと瞬いた年長の少年の漆黒の瞳にじっと見られたのは、ちょっとプレッシャーだった。
けれど、直ぐにそのそわそわ落ち着かなくなる雰囲気に『あの雲雀 恭弥といえど、年相応の人の子だったんだなぁ』と思い、少し和んだ。
「…香水…化粧までは行かないから、一応校則違反じゃないけど……」
そうぶつぶつ言ったかと思うと。
「…君、そういうの、詳しいの?」
年長の少年の問いに、大人びた少女は「ええ、まあ」とゆったり微笑んで応えた。頭の中で、綱吉に似合いそうなやさしい香りを思い浮かべながら。
「…凄いにおい…」
顔を顰める五感の鋭い少年に、やっぱりと少女達は肩を竦める。
「我慢してください。ショップなんですから。」
選択肢も多いようにと、品揃えも良い店を選んだのだから、試香用も含めて確かに色々匂いがしているが、其処は多めに見て欲しいものである―――との思いが通じたか、顔を顰めているものの、雲雀は一応大人しくしていた。
自分の好みで偏らないようにと、雲雀の購入の意思がそれなりに高いこともあって、「すみませぇん」と花は店員さんにも声をかけて、品物選びを始めた。
それこそ、千どころか二千近くも揃えている店なので、ある程度のアタリはガイドラインとして必要だった。
それを協力してやろうはりきる程度には、花は綱吉を可愛く思っている。彼女が笑うと、獄寺やハルや、親友である京子も嬉しそうにしているから、尚更だ。
「この娘(京子)より、ちんまくて、ほわほわ〜な感じの子なんですよねー」
とか、綱吉のイメージも伝えたりが、先ず第一段階。
「でも、あんまりティスティー系とか、甘すぎても、こっちの彼氏さんの好みじゃないっぽいんですよ。なんかこう、フルーツ?とかの、ふんわり甘くて、でも爽やか…みたいな感じの匂いが欲しいんですよね」
まあ、あとは彼氏さんの好み次第になっちゃうんですけどー―――花の説明は、割合適切で、成る程と店員ならぬ店長は肯いた。
ならば、これとかこれとかと、花と店長と二人して、十数個まで候補を絞った。
さあ!―――とばかりに視線を向けられ、うっと雲雀は内心少々たじろいだ。
何と無く、苦手な部類に入る馬鹿母に通ずる強烈さを宿した視線だったので。
早々に、雲雀は音を上げかけた。
「…どれも、殆ど同じに感じる…」
テスターに吹き付けられた香料を嗅いで見ること三つ目で、雲雀はぶすくれだした。
「そこは、沢田を思い浮かべて、似合いそうな感じを探りましょうよ!」
「だよね!」
少女達は何気に最強だ。たとえ戦闘力はなかろうと。
なぜなら、あの雲雀 恭弥に、溜息一つ付いただけで従わせたのだから。
そうして、暫し何度かテストを繰り返した雲雀は、十回目で「あ…」と小さく呟いた。
「…これ、いいかも…」
くんっと、また一嗅ぎして見ながら言う雲雀に、成る程どれどれと、テスター紙に書かれた印を確認する。
「ふぅん、これ、か」
ひょいと、試香用に封切られたボトルを手にして、雲雀は目線に持ち上げしげしげと眺める。
長方形のシンプルなボトルだ。奇抜な色や形をしているでもない。けれど、内容液がほんのり桜色をしていたりキャップに付いた銀色のハート型のプレートなど、派手ではないが可愛らしいデザインだ。
amour-アムール-…彼女に深い縁ある国では愛、あるいは愛する人という意味の単語が付く名前も、まあちょっとこっ恥ずかしいけれどもいい。
「これと、おなじやつを包んでくれる?」
あとはそう、素人が自力で作るのが難しい落雁と、美味しいお茶でも用意しておこう―――思う雲雀の白皙の美貌に、柔らかな微笑が浮かんでいた。
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雪月花
の雨里様からキリリクでいただきました。「青天(『雪月花』で連載中ヒバツナ♀連載)でバレンタインその後というかホワイトデー編」なリクで!真剣に悩む雲雀さんぐっじょぶ!
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