3、2、1、で 逃避行!
あるところに、ツェルニという小国がありました。
狡猾でしたたかな若き王の治めるその国には、何人かの王族がおり、若き王には血の繋がらない何人かの息子と娘と、血の繋がった妹がおりました。
王の母親は占いに傾倒していたことが、若き王の子沢山の理由でした。
孤児を拾ってきては占い師にみせ、良い御告げを貰えば、息子と養子縁組みさせ…を繰り返してきたのです。その傾倒ぶりは幼すぎる息子のために養子縁組みの法改正を行うほどでした。
幸いにして、王は幼い頃から考え深い性格で、多くの子を抱えても有効利用できると母の行動を承認していたのです。
ですが王が22の時に母親は他界し、血の繋がらない王族が増えることはなくなり、王は早速 次々と子ども達を他国に婿入り、嫁入りさせました。
王が23歳を迎えたとき、王の手元に残っている子どもはたったの1人でした。
王が7歳のときに養子となった娘です。
『この子は素晴らしい武の才に恵まれ、国を支える立派な将になるだろう』と予言を受けた娘でした。
珍しく予言通り、その娘には他に追随を許さない、素晴らしい武の才を持ち、とても素直に育ちました。
王はその7つ違いの娘を妹と同様にたいそう可愛く思い、さて どうしようと頭を悩ませました。
他の娘は嫁に出しました。
その娘も出すべきだろうとは思います。しかし手放すには惜しい才能でもあります。
それに他国の王に差し出すには、もったいないほど 良い娘なのです。
どこぞの馬の骨にやるのも、釈然としません。というか、男を作られたら、王は目眩貧血に襲われ、倒れる自覚があります。
故に、いつまでも嫁に出す踏ん切りがつかず、やがて娘が騎士の位につくことも許し、もうずっとこの国においておこうか と考えていました。
武力的には力のないツェルニではそれも有効な手だ と王は思ったのです。
しかし、転機は訪れます。
隣国グレンダンの女王に、娘を嫁にくれないか と申し込まれたのです。
王は少々 困惑しました。
相手は女王です。
自分の義理の子は娘です。
書状の間違えかしらん、と眉をひそめましたが、間違えではありませんでした。
『私、女の子も好きだから』全然 おっけーよん!
と先方はハイテンションな手紙を寄越しました。
王は考えました。
娘をどこぞの男にくれてやるのは嫌です。
女王の国は武芸の盛んな最強の大国です。仲良くしておけば、有事の際に助けてくれるかもしれません。
利害と私情が ぴたり と合致した…ように王には思えました。
「というわけで、レイフォン。
グレンダンに嫁にいきなさい」
「……はぁ?…ちょっと、なに言ってんですか!?カリアンさん!」
「カリアンさん、じゃなくて、パパと呼びなさい」
「断固拒否します!」
「……どっちが嫌なんだい?」
火急の用事だと、呼びつけられた娘は怒りに燃える藍色の瞳を父王に向けました。
他者に闘う理由を預けているだとか、そういうのは信頼できない、とか、散々な説教を喰らった上での嫁入り話だったのです。
加えて、16歳の娘は長い反抗期の盛りでした。
パパと呼べ発言に堪えていたものが、ぶっちキレました。
「どっちもだ!カリアンさんのあほ!」
そのまま娘は室内を突っ切り、扉を怒りまかせにしめ、一目散に自室へと引き上げていきます。
「リーリン!!僕と駆け落ちして!」
部屋に帰り、参考書の整理をしていた従者の少女にうっかりそう頼みこむほど、姫は混乱し、かつてないほど積極的に怒りを露わにしておりました。
3、2、1、で 逃避行!
「どーして…リーリンさんがいるんです?」
「どうして、って?なにかしら、サヴァリスさん。
貴方はレイフォンの騎士でしょ?レイフォンを守るためにいるんでしょ?
いわば、盾みたいなもんですよね。
盾と一緒に出奔したって、レイフォンは楽しくないでしょ。
それに私は最初にレイフォンに誘われて、ツェルニを出ることにしたんです」
「僕だって、誘われましたよ」
「いいえ。貴方を連れて行こうと言ったのは私です。
レイフォンの計画では私達2人で国を出る予定だったけれど、仮に王が追っ手を差し向けた場合、囮とか盾係がいるでしょう?そのためのサヴァリスさんですよ」
「それ、僕を人外扱いしてません?」
「いいえ、どちらかと言えば、無機物扱いしてます」
「…ちょっと、もー…2人とも、どうして喧嘩腰なの?」
トゲトゲした少女の声と苛立ちと落胆の混じった青年の声と、困惑気味な少女の声がします。
ぶろろろ、どぐ、ブロロロ…
それは、今にも止まりそうなエンジン音をあげながら、荒野を進むジープの中からでした。
件の姫とその侍女、そして姫のための騎士の声です。
侍女と騎士は同郷のためか、普段はオブラートに包む舌戦もストレートな物言いになっています。
ちなみに侍女と騎士はグレンダン出身です。
幼い頃よりツェルニに留学し、武芸以外は本当にだらしない姫が心配でそのまま居着いたのが侍女。任務でツェルニに立ち寄り、不審者に間違われて姫に斬りつけられたのがきっかけで、なんだかんだで姫の騎士にまで上り詰めたのが騎士です。
2人とも意味合いが違うものの、主バカです。
その上、グレンダンの女王は本当に女の子だって、美味しくイタダケルという噂を耳にしており、また女王と面識もありました。
そういう2人にしてみれば、そんな結婚など絶対させられない! なのです。
「もう……そんなに嫌なんだったら戻ってもいいんですよ。本当に、…はぁ…」
そんな2人の気持ちも知らず、姫はため息を吐きます。
姫からしたら、自分の我が儘に2人を付き合わせている認識なので、そのため息は重い響きがありました。
引き返す?と姫が握っていたハンドルを軽く叩きます。
そう、運転していたのは立場上、一番上のはずの姫であります。ちなみに無免許です。
行く当てのないと言ってもよい旅です。
先は長いと考え、交代制で運転しているのです。
「「まさか!!」」
引き返すわけないでしょう!
姫が後部座席の2人を見た時、彼らは仲良く声を揃えました。
姫の胸になにか、ズキン、とした鈍い痛みが広がりました。
はて?なんか一瞬 痛かった気がする、と痛みに強い姫は訝しく思います。
けれど それがなんであるか判定を下す前に、姫の表情を深読みした侍女と騎士が休憩をしようと言い出しました。
一行は湖畔に面した山間にジープを停めました。
働き者でしっかり者の侍女は昼時だからと昼食セットを広げ始め、騎士は危険がないか、ここら一帯を見回りに行きました。
姫は手持ち無沙汰です。
湖をぼうと煙る瞳で眺めながら、特になにかをすることもありません。
これから王に婿や嫁入りさせられた義兄弟たちの国を適当に巡って、生きやすい良い国に住み着こう、と空想していました。
そして、さて その時に、侍女や騎士は共にいるのだろうか と考え、その情景が想像できないことに少しばかりのショックを受けたりしました。
「……うー、ん…」
姫としては自分を色々と気にしてくれる、昔馴染みの2人なので、仲良くしてほしいなぁと思います。
彼、彼女にも主張があるらしいから、なかなかに難しいのだろう、と自分が原因とは露知らずにそんなことを呑気に考えます。
姫が物思いに耽っているのを目の端に捉えた侍女が姫に呼びかけ、騎士がゆったりと姫に歩み寄るのを見て、姫はいつの間にか入っていた力を体から抜きました。
いつものように抱きしめられそうになるのを ひょい、と回避した姫は何故か笑顔全開な騎士を訝しげに見やり、ため息をつきます。
そして騎士の手のひらをぎゅっと握りしめました。
「片付けは食後の運動がてらにしましょう」
侍女に聞こえないように、ぼそぼそと言います。
騎士が笑顔全開なのは追っ手が迫っているからだと確信したからです。
けれど それが来るのはまだ少し先なのだろう、と高度な敵レーダーをもつ騎士の様子から察しての発言でした。
そうですね、と騎士が同意し、握りしめられた己の手を見つめ、突然 姫の手を恭しく自分の方に引き寄せます。
間抜けな声を上げて、不思議そうに騎士を見返す姫の前で、脱力しているその手の甲に唇を寄せます。
唇を軽く押し当てられた自分の手の甲の感触を姫は呆然と感じました。
銀色の頭頂部を視界に入れた、と思えば、騎士の端正な顔がいたずらっぽい笑みを浮かべ、目だけを姫に向けました。
「…レイフォンの、仰せのままに」
僕はいつまでもレイフォンの味方で、許されるならいつまでも共に
騎士は誓いのように付け足して、そっと体を起こしました。
姫はとても素直で、とてもよい子で、とてつもなく鈍感なので、姫は爆発したように真っ赤になった顔を理由もなく ぶんぶんと横に振って、騎士の悪ふざけを咎めるように彼の肩を叩きます。
「変なこと、言わないでください」
それはすみませんね、と呟く騎士の向こう側を姫はぼぉと見ました。
姫と同じように真っ赤になった侍女が近くにいました。どうやら甲に落とされたキスを目にしたのでしょう。
手には箒です。どこから持ってきたのかといえば、侍女の七つ道具です。
侍女はそれを構えます。
よい子は真似しないでください、なんて姫が口の中で呟くと同時に、侍女は騎士に向かってそれをふりかぶりました。
ビュンっ!!と凄まじく清々しい風きり音が透明な空気に響きました。
旅はこれからも続きます。
end
日参している携帯サイト
ぽつり。
のゆく様からキリ番リクエストでいただいたレギオス小説!「サヴァレイ騎士姫パロ。リーリンはレイフォン付の侍女。」という陸だったのです!素敵ですぐっじょぶです!リーリンが最強で大好きです!(そっち?)。
← 戻る