そんな、出会い

その日まで、都奈の日常は平凡なものだった。少なくとも、表面上は。
 ちょっぴり天然の、見た目は更にびっくりながら若いけれど家庭的な優しい母が居て、超長期出張?で、帰って来ている事のほうが稀少という、職業も不明と怪しさ満載ながら、妻と娘-ははとじぶん-を溺愛する父親が居て―――
 とろくさくて、ぼーっとしているせいで、友達らしい友達がいないという、少しの困ったことはちらほらあったけれど、比較的普通な―――そう、平穏な日々を送っていた。

「朝よ〜、いい加減に起きなさーい、つーちゃーん!」
 階下から、歌う様に朗らかな母の声が掛かる。
 うーうーもぞついて、けれど観念して都奈はもそっと起き上がり、こしこしと目を擦った。
 春休みだというのに、惰眠もそうそう貪れないかと思ったが、チラッと見た目覚まし時計は既に九時に近い。これは成る程、暢気者の母でも声を掛けてくるかと、ふわわと欠伸をしながら都奈は納得した。
 自分で選ぶのは面倒くさいというずぼらな性格もあって、未だに都奈の服は母の趣味で購入されてくる。
 ロマ可愛系のパジャマを脱いで春らしいパステルカラーのワンピース(なぜなら上下だのコーディネートを考える面倒が無いからだ)を着て部屋着用のパーカー羽織って部屋を出る。
 とてとてと階段を下りていると、働き者の母は洗濯籠を手に、「あら、ようやくお目覚めね、お寝坊さん!」とそれでも楽しそうに揶揄してくる。へにょんと都奈は「おはよ、おかーさん」と曖昧に笑って返した。

 用意されていた朝ごはんをもっきゅこ食べて、食器を洗っていると、洗濯の終わった母が掃除機を掛け始めたので、都奈はじゃあとお風呂掃除をして。
「ふふ〜、つーちゃんがお休みだと、母さんのんびりできるわ〜」
「そう?」
 今日は人が来るからと、おやつと晩御飯の支度に張り切った母と一緒にキッチンに立つ都奈は、こてっと首を傾げる。
 「勿論」とにこにこ朗らかに母は笑う。
 その笑顔があるから、父が居るほうが稀という環境下においても、都奈はおっとりのんびりとした性格に育てた。
 だから、ほんにゃり笑い返して、都奈はメレンゲ作りを再開する。
「旬は終わりかけだからちょっとすっぱいけど、美味しい苺大福とババロアになると思うの」
「うん。甘くはないけど、味濃いもんね」
 二人して、顔を見合わせふふーと笑って。

 家の中では、とてもとても居心地が良い。でも、これじゃあ駄目だなぁと、自覚はしている。
 学校では弾かれ、とりわけ仲が良いといえる友達も居なかったから、都奈は引きこもり気味だ。少なくとも、放課後や休日に友達と遊びに出かけるという発想がない。
 家の中で本を読んだりゲームをしたり、母と料理をしたりお菓子を作ったり家事を教えて貰ったりばかりして、それが楽しい。
 今はそれでよくても、将来的には凄く拙いとは、解っているのだ。
 でも、母が「まあ、つーちゃんらしいものねぇ」と笑って済ませてくれるから、甘えてしまっている。

 都奈は知らない。
 自分の運命が定められてしまっていることも、奈々がとっくに都奈を手放す時を覚悟していて、だからこそ時を惜しむ様に自分を慈しんで、共に過す時間を愛しんで居ることも。

出来上がりつつある夕食に、都奈はどうやら『お客さん』は随分と重要人物らしいと確信した。
 だって、食卓には心づくしの手料理がたぁんと並んだのである。
 船盛が鎮座ましまし豪勢な―――とまではいかないが、旬のたけのこや山菜など八百屋で吟味した春野菜を、魚屋では鰆に蛤にと購入してきて、吸い物や炊き合わせ、天麩羅にしてと、特に豪華な食材は使っていないものの、手を掛けて少しだけ特別な料理をと作った。
「男の子だから、やっぱりお肉もね」
 と奈々が言って、肉屋に牛肉のいいのがあったからタタキと、薬味も聞いたジューシーな鶏のつくねも作ったからには、それなりに若い男性らしい。
 お客さんも珍しいが、それが男の人というのも珍しいなぁと都奈はぼんやり思った。

 そんなこんなで訪れた人物達に、都奈は呆然とした。
 なぜなら。
「ちゃおっす」
 にっと悪戯ッぽく笑んで見せたは、八、九歳程かと思われるが、なんともなしに艶らしきものを纏う美貌の少年。
 闇そのものの様な漆黒の髪と瞳にぬきんでた白皙の肌―――これで唇が血の赤ならまるで白雪姫の形容だっただろうが、茶目っ気を漂わせた唇は色合いも造りも薄めで、けれどぞの形は完璧だ。流行気は一切ないが、小粋にボルサリーノと身体にしっくりとしたスーツを纏う漆黒ずくめの出で立ちも、おおよそ完璧な完成度と言えよう。
「初めてお目にかかります。奥方様、姫様」
 にこっと空色の瞳を柔らかに微笑ませて言ったは、亜麻色…というにはややくすんだ色合いをした髪の少年。都奈と同じ年頃だろうか。背は心持ち彼の方が高いというぐらい。
 一目にその温厚篤実な性質を伺わせる、優しい面差しと雰囲気を持っている。

 漆黒のスーツのリボーンが自分の家庭教師になるだとか、今日から彼等が隣にあるアパート(因みに管理は近所の不動産屋にお任せだが、沢田家所有で奈々が大家であったりする。)に彼等が住むと聞かされ、都奈はいきなり「なーっなーっ、なーぁぁぁっっ!!」の連続で、ぶっ飛ぶことになった。

真新しい制服を、まだまだ緊張しつつ身に纏った。
 姿見を覗き込むと、少し大人っぽく見える気がする自分が、固い面持ちで見返してくる。
 少し考えて、都奈は長いふわふわの髪を、慎重にぎゅっぎゅっと音がしそうなぐらいにしっかりと編み始めた。
 細くてふわふわ波打つ色素の薄い髪の毛は、都奈のコンプレックスの一つだ。
 この淡い色の髪が、幾度からかいの的になったかは、お馬鹿なのでもうよく憶えていない。
 ガイジンガイジンと何度となく取り囲まれて囃し立てられた。結っているのを引っ張られたりガムだのをくっつけられたり、ついでに都奈という名前をシーチキンとからかわれもしたから、髪も名前も奴のせいだと偶に帰ってきた父親をぽかぽか叩き捲ったり噛み付いたこともあった。無駄に頑丈でマッチョの家光にもおっとりした奈々にもじゃれていると認識されて、やり甲斐のあまりの無さにフラストレーション解消に落ち着いたが。
 そんな訳で、都奈からすれば、奈々が愛でていて切ったりしたら残念がるだろうからと、長さを維持している髪だった。きっちり編んでくるっと巻いてと、手間ばかり掛かる…
 キレると拳銃ぶっ放すリボーンや、都奈への暴言どころかからかいにも青筋立てて笑顔で凄むバジルのお蔭で、多分髪を引っ張られるなんて幼稚なイジワルをされることは無いだろうが、何と無く癖でやらないと落ち着かない。
「母さん、リボーン、バジル君、おはようございます。」
 へにょんと朝の挨拶をしてくる少女に、各々は各々なりの応えを返す。

 皆で一緒に朝ごはんを食べて、奈々お手製のお弁当を持って、学校へ行く。
 学校へと向かうのが、都奈は少しずつ楽しく思えてきている時期だった。
 内気な彼女の背中を押す(限りなく突き飛ばす形だったが…)リボーンの計らいで、他のクラスの三浦 ハル、笹川 京子や黒川 花と友達づきあいを出来るようになっていて。
 イタリアからの転校生は、そんな頃やってきた。

わぁ、美少女―――というのが、教室内に居る大多数の面々の、初見の感想だった。
 青み掛かって見えるような艶やかな濡れ羽髪に、透き通りそうなのに頬や目じりに甘やかな薔薇色を帯びているので不健康さはない、なんとも匂いやかな柔らかそうな肌。何故だか右目には薔薇の刺繍の施された眼帯を付けているが、片方だけ露わな瞳は、ちょっとびっくりするほど大粒で、どこか夢見るように柔らかな光を讃えている。
「…凪・クローム・六道……六道、凪です…」
 よろしく…―――教師に促されて、ぽつぽつと、それこそ鈴を転がすようなという陳腐な言い回しがいっそしっくりとしてしまう愛らしい声で、彼女は言った。
「え〜、六道さんは…」
 内気な性質らしく、どうにか名乗ってぺこっと頭を下げた彼女に、積極的な自己紹介は無理らしいと見取ったか、教師は気を利かせて、彼女がイタリアからの帰国子女で云々と説明をした。
 ふわ〜、イタリアかぁ…―――と、ほよんとした都奈は思って……、思って、あれっと首を捻った。
 だって、頼りになる反面こわ〜い家庭教師でもあるリボーンと温和ながら強くて頼りになるバジル少年も、共にイタリアからやってきたので。
 なんだか気になる、なんでだろう?―――ちっちゃな頭でうにゅうにゅ密かに悩む都奈は、見ていた転校生の女の子と目が合った気がして、どっきーんとした。
「…」
「………」
 気のせいとも思いたかったが、どうにもこうにも、合った様な視線が外れない。
 さて、どうすれば…と悩む都奈を他所に、「あー、さて、六道さんには…」と、彼女の席を続けようとした教師も其れを一応清聴していた生徒達も、何事かと思わせるような事が起こった。
 とことことこと、まだ制服が出来上がっていないということで、ブラウスと膝丈のスカートという姿ながら少々装飾過多かな?という出で立ちの美少女は、都奈へと向かって歩いてきた。
 何事かということも含めて、おろおろと都奈は辺り…というより、リボーンやらバジルに援けを求める視線を送った。しかし、どういうわけかリボーンはニヒルに口の端を吊り上げるだけで、バジルもにこにことしているだけだった。
 はたして、六道 凪という美少女は、都奈の机の側へとやってきて。
「…」
「…えっと…」
 あの、その…と、おろおろする彼女に、ふわっとほぼ無表情だった転校生は、微笑んだ。
「…はじめ、まして…ドンナ…」
「あ…と、はい…はじめまして?六道さん?」
 テンパリつつも返した都奈に、其処は返せるのかいう空気になった。
「…凪…」
「ふに?」
「…兄様もいるし…名前…の方、がいい…」
 てれてれという感じに、恥ずかしそうに主張する美少女―――。
 そもそも、リボーンやらバジルの恐怖もあるが、笹川の雰囲気に流されたりもする、ほよよん都奈もそれが個性と認める許容性もある、どちらかというとまったり天然風味を需要できるクラスだ。
 まーったりと、きょとんとして大きな瞳をぱちぱち瞬かせる都奈と、恥ずかしそうにながら彼女に出来る精一杯なのだろう感じの凪を見守った。

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「どるちぇ(『雪月花』で連載中ザンツナ♀連載)設定でどるちぇの都奈とバジル&凪との出会い話」というリクエストでした。クロームかわいい。超かわいい(笑)。

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