可愛い僕のキミ

(あ……壱也さ……ん?)

ひよこやの宅配を珍しく近場だからと一人任されていた陸は、その帰り道に兄でありひよこやの主人である壱也が楽しそうにしながら歩いているのを見かけた。
その隣には綺麗な女性がいた。
美男美女ととても似合いの二人で、陸は胸が痛んだ。
実は陸と壱也は恋人同士であるのだが、いつも男同士であることにひけ目を感じていたのだ。それにくわえ、壱也は長男であるからひよこやのために後継ぎを作らなければいけない。
しかし自分では子供が生めないのなんてわかり切っているから陸はいつも不安だったのだ。

いつか、壱也と別れなければいけないのだと……

次第に哀しさが込み上げて陸の目には涙が浮かんできた。
しかし、町中であるために乱暴に袖で擦り上げてごまかして一人ひよこやへと帰る事にしたのであった。




□□□




「ただいま、今帰ったよ」

「お帰りなさい」

「おせぇ!」

壱也がひよこやへと帰ってきたのは夕方頃だった。
多少客が引ける時間帯だったために、みなのんびりとした感じで店の中に立っていた。
木花は今夕飯の支度をしているのだろう。店の中にもいい香が立ち込めていた。
そんな中で壱也はいつもいの一番に迎えてくれる陸の姿が見当たらずに首を傾げて、近くにいた椎に話しかけた。

「陸はどうしたの?まさかまた倒れた……」

「陸なら自分の部屋に篭ってるよ」

「何ー!?アルバイトのくせして働かないとはどういうつもりだ……!」

椎の言葉に反応したのは澪だった。毛を逆立てて働かなきゃバイト代なしだー!と騒ぐ彼をほおって、倒れたのではないかと一瞬過ぎった考えが杞憂に終わった事に安堵し、壱也はそのまま陸の部屋へと訪れた。

「陸、今帰ったよ」

襖をあけると、陸はじっと部屋の中で体育座りをして外を眺めていた。
壱也は陸にようやく会えて頬を綻ばせたのもつかの間、陸が自分を見てきたのに、何も言わずにふいと視線を反らして立ち上がり、そのまま部屋を出ていった事に最初理解できずにぼうっとしていた。
声を何かかけることもできず、ただ陸の哀しそうな瞳を見つけて、戸惑ってしまった。

(何かしただろうか……)

考えてみたが思いあたらず、壱也は陸のいなくなった部屋を後にしたのだった。


下に行けば夕飯の支度が出来ており、皆食卓についてすでに食べ始めていた。
自分も夕飯を食べるために席につき、ご飯の入った茶碗を此花から受け取った。
弟達はいつも賑やかに騒いでいる中、壱也はにこにこ楽しそうだと眺めるのが好きだった。
そしてちょうど次の取引先の帰りに陸を連れて行こうと考えたついた。
少し遠出しなくてはいけないのだが、取引場所がとても美味しい料亭なのだ。向こうもツナギである陸を知っているし、きっと陸の気分転換になるだろう。

「陸、今度の取引先と食事に出るんだけど一緒に行かないか?」

「取引先って誰だよ」

「木櫻さんだよ」

「ああ、今日の商談相手か」

皐月が不思議そうにするので壱也が答えると、澪が納得したように呟いた。それに僅かに陸が反応したが、気がついたものはいなかった。

「どう?陸」

「……ごちそうさま」

壱也の問い掛けに陸は何も返さずにそのまま静かに立ち上がって二階へと消えていった。
いつもと様子が違う陸に、食卓はいきなりしんっと静かになった。
木花と双葉がどうしたのかとオロオロして壱也の顔を見てきた。
家族も壱也と陸の関係を知っている分、いつもと違う様子の二人にいぶかしんだ。
そんな中、壱也は何も言わずに手だけを合わせてごちそうさまをして、陸の後を追った。

「陸、入るよ」

「…………」

うずくまるように部屋の隅にいる陸に近付いて、そっと抱きしめる。
ぴくりと動き、顔を見上げた陸の目には涙が滲んでいた。それを見て壱也は慌てた。

「どうしたのか、言って欲しい。何かしたのかな?」

「今日……綺麗な女の人と一緒にいた」

「女の人……?ああ、商談相手の木櫻さんじゃないかな。あの人には陸の話を聞いて貰えてね。今度、その人が陸も一緒にと誘ってくれたんだよ」

にこやかに話しかけてくる壱也にこくんと陸は頷いた。

「さっきので知った。ただ、壱也さんは長男だし、お見合い話だって沢山くるから心配になっちゃうんだ」

しょぼんとした陸に、壱也は微笑した。もしかしなくても、この可愛い恋人は嫉妬してくれたらしい。
あまりにも突然過ぎて驚いたものの、壱也は愛しくて仕方がなかった。

「誤解は解けたようでよかった」

「ごめんなさい。その……今度の」

「一緒に行く?」

「うん」

陸が先程の誘いを受けてくれた事により、木櫻も喜ぶだろう。彼女の前で大分のろけ話をしてしまったから、申し訳ないが今度の商談では思いきり陸を甘やかしてやろうと思った。
それこそ不安等無くなるほどに。

「陸、好きだよ」

「お、俺も好き……」

顔を真っ赤にする陸に、壱也はくすくすと笑いながらも、唇を重ねたのだった。







END

日参している携帯サイトすいの流様作!マイナージャンルリクエストで書いていただいた『異界繁盛記ひよこや☆商店』の壱陸!陸が愛されてるvv

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