ピンクの髪に白いドレスが好きな王妃様は、何よりもその自分の美しい姿が好きでした。
毎日鏡を見ては、映る自分の姿にうっとりとしているような人です。
「あぁ…何て私は美しいのかしら…」
今日も今日とて鏡に映る自分を一通り眺めてから、ハンカチに刺繍を始めました。
しかし、その手つきの危なっかしいこと。真っ白な雪がちらつく外は、静かなものでしたが、室内には時折、王妃の指に針が刺さり、彼女が上げる小さなうめき声が響いています。
「!?いっ…た…」
とうとう王妃は、思いっきり指に針を刺してしまいました。
びっくりして己の指先を見ると、真っ赤な薔薇のような滴が白い肌に浮かび上がっています。
「…………そうだわ。子どもが欲しい。薔薇色の頬をした、白雪のように肌の白い子どもが」
それを暫く眺めていた王妃は、唐突にそのようなことを口走りました。
その陶酔しきった表情に、側に控えていた侍女たちは王妃に近づくことさえしませんでした。
「あれ?ユフィどうしたの?指が…」
そこへ暇なのか、この国の王様であるスザクがやってきました。
『王』、というよりも何処かの騎士のような出で立ちですが、実際、この国の政治には口を出してきません。
議院制を取り入れたこの国の王族は、伝統に則りその暮らしを約束されているだけに過ぎません。
つまり、帝王学などまったく分からなくても王になれるのです。
「あら、スザク。もう公務は宜しいのですか?」
そのような理由であれ王様には王様の役割がありました。この国の王様は、民を虐げない政治を行う為に日夜奔走しておりました。
「うん…大体かな…ユフィの顔も見たかったし……」
そうはにかみながら、妻に触れる王様。
夫婦仲が良いことは、喜ぶべきことでしたが、この二人の間には子供がおりません。
まだお若い国王ですので仕方がない、とのお話があちらこちらから出てきておりますが、子供がいないことは、国民が不安になってしまいます。
「今日ね、ユフィと僕の間に子供がいないから、養子をって…」
どうやら、この話をする為にスザクはユーフェミアの元へ来たようです。
「……養子…?…王子なのですか?」
「ううん。ユフィの遠縁で、僕の親戚に預けられてるルルーシュっていう姫だよ」
「ルルーシュ?」
聞いたことのない名前に、ユーフェミアの眉間に皺が寄ります。しかし、スザクはそれに気付きません。
「うん。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア姫…ユフィの三番目の義母にあたるマリアンヌ様の一番目の姫で、頭が物凄くいいんだって」
そう言って、スザクは送られてきた写真をユーフェミアに見せました。
多少の興味を示したユーフェミアは、その写真に写るまだ7歳程の可愛らしい姫をしげしげと眺めます。
艶やかな長い黒髪に、白く透き通った雪肌。人形のように甘く端正な面差しに反し、凛とした紫の瞳。
どれをとっても美しい小さな姫に、ユーフェミアは先程の理想を映した。
「…………わたくしとスザクの本当の子ではないのが残念ですけど……」
「だけど?」
「こんなに可愛い子供なら大歓迎ですわ!」
ユーフェミアのどこか楽しそうな表情に、スザクは安堵した様子だった。
―――彼女は、誰にでも優しいから無理に勧めたくはなかった。
……この夫婦、互いにどこか勘違いしている所がある。それが上手く折り合いを付けているから、夫婦生活は円満なのだろう。
「―――此処が…私の新しい家?」
『家』と言うには大き過ぎる城の中を見て回ったルルーシュは、自分に与えられた部屋で困惑していた。
まず、対面した王も王妃も優しそうだが、何処か…こう言っては失礼だが――バカっぽい。天然……とでも言うのだろうか?
「……特に王妃さまだわ…」
自分が養子に入った原因も分かっている。出発する時に、母であるマリアンヌが丁寧に説明してくれた。
「………私は人形じゃない…」
可愛い、と言いながら不必要なドレスを着せられた。到着したばかりで疲れているし、何より周囲の説明を聞きたいと思っていたのに、だ。
一応、ずっと愛想笑いを浮かべていたが、母親であるマリアンヌをずっと思い出していた。
(………とりあえず、あの二人に子供が出来るまで…)
此処に来る時に父である男に談判した。
その時に取り付けた約束は、まだ7歳の彼女には『冷たい』ものだった。
『あの二人に子供が出来れば返す。それまでは世継として恥じぬ行動を取れ……さもなくば、我はマリアンヌとナナリーのとこなどは知らぬ』
ルルーシュが、世継の姫として行動しなければ母と妹の命すら危うい。逆に、ルルーシュがしっかりさえすれば二人は安心して暮らせる。
―――妻や子などは簡単に切って捨てる。それが、ルルーシュの父親だ。
「――私がしっかりしなければ…」
――――その言葉通りにルルーシュは、生来の聡明さを惜しみなく発揮し、世継の姫として美しく成長する…。
暗い部屋の中、数本の蝋燭以外の明かりない室内で、うつ向く女の陰がある。
その女の瞳は、どこか虚ろで艶やかな髪は、所々乱れてしまっている。
「……ルルーシュ…」
養女のくせに、城の内外を問わず人気のある姫。
最近では、『国一番の美女』だと囁かれている。
「鏡!この国で一番美しいのは、誰なの!?」
ヒステリックな声が、大きな鏡に向けて放たれる。
しかし、鏡は何の反応も示さなかった。
「鏡!!」
『――――五月蝿い。騒ぐな』
変わらず、無視されたユーフェミアが鏡に向かって物を投げつける寸前に、鏡の中にユーフェミアではない女が現れた。
黄緑色の髪をした彼女は、ユーフェミアの顔を見るなり明からさまに眉をひそめた。
『お前が気にしているルルーシュだろう?……確かに国一番の美貌だ。お前がニ手に回ってもおかしくはないな。人は老いるのだから』
「……だからって、何で養女のくせに!」
『お前達の間に子供が出来ないからだろう?それは、ルルーシュのせいではないし…』
「―それとこれとは違うわ!」
根本は同じであるのに、『違う』と叫んだユーフェミアに、鏡の中の少女――C.C.―は、心底嫌そうな顔をする。
『…なら…ルルーシュを城から追い出せばいいだろう…お前の地位なら罪を偽装するくらい容易い筈だ』
C.C.の言葉を聞いた途端、ユーフェミアはヒステリーを納めた。
「そうね。なら、早速準備をしなくてはね…」
不気味な笑い方に、C.C.は自分を棚に上げて『魔女め』と呟いた。
――――鏡の中に消えてゆく寸前にC.C.が見たのは、王妃などではなく、ただの妖しげな女だった…
「――休暇…ですか?」
「ええ…ルルーシュはいつも頑張ってくれているし…たまには、城の外でゆっくりするのもいいんじゃないかしらってスザクにお願いしたの」
突然の来訪を詫びることなく、ユーフェミアはルルーシュに休暇を申し渡した。
二日間の休暇は、城の外でのんびりして来い……というのは建前で、また何か企んでいるのが丸分かりだった。
「………そうですね…お言葉に甘えさせて頂きます」
しかし、城の外に出られると言うのは魅力的だった。
ルルーシュは、この城に来てからずっと城の外に出ていなかったのだから。
「……では、そのように陛下にお伝えしてまいります」
ユーフェミアの侍女が、その言伝てをスザクへ伝える為に出ていく。
――ルルーシュは、ただ何となく“外”を思って少しはしゃいでいたのかもしれない…
「…キレイ…」
「そうだろう?此処は、自然が豊かだからな。珍しい植物も多い」
久しぶりの“外”への護衛は、コーネリアという女狩人だった。
彼女も森へ狩りに行くと言っていたのを思い出したルルーシュが、当初の護衛を彼女に替わってもらったのだ。
森への道すがら、軽装のドレスだというのにルルーシュは、一人で白い馬に乗ってみせた。
母であるマリアンヌ直伝の乗馬は、運動の苦手なルルーシュでも覚え易く、すぐに周りが舌を巻く程の腕になった。
コーネリアもルルーシュの普段にはない活発さに驚いたが、すぐにその姿にも好感を持った。
元々、ルルーシュの事は人として好いていたし、彼女の生母であるマリアンヌを噂にしか聞いていなかったが、尊敬していたのもある。
―――あんな命令さえなければ、楽しめたが…
『いい?森の深い所でルルーシュを殺しなさい』
ピンクの慈愛に満ちていた王妃の言葉に、コーネリアは従うしかなかったのだ…が。
「……ねぇ、コーネリア」
「何だ?姫」
奥まった場所で花冠を作っていたルルーシュの背後に立っていたコーネリアへルルーシュが呼び掛ける。
その空虚な声音に、コーネリアは振り上げていたナイフを懐へ隠した。
その動作でさえ、ひどくぎこちない。
「……白い百合の咲いている場所はないかしら?」
花冠を手に振り返ったルルーシュの無邪気な微笑に、コーネリアは知らず深い溜め息を吐いた。
「そ、それなら、もう少し奥の方に泉がある。その近くなら水仙も百合も群生している」
「案内、してくれる?」
「もちろんだ……姫」
――――花冠を頭に乗せられたコーネリアは、ルルーシュを殺す事など出来ないとユーフェミアの命令を反故した。
「――――案外、小さい家…人が住んでいるのかしら?」
コーネリアにユーフェミアの命令を聞いたルルーシュは、一先(ヒトマ)ず森へ姿を隠した。
行き着いた森の中の家は、誰もいないが明らかに生活の跡が見られる。
「……それにしても、汚い…」
生来、潔癖の所があるルルーシュは、無断で悪いが掃除と洗濯を始めた。
まず、手当たり次第に散らかされた服を集めながら細々とした物を集める。
次いで、流しに溜った洗い物を片付ける。洗い物が終われば、洗濯物をし、それが終われば上から下まで隅々まで掃除した。
「……ついでにご飯も作ってしまおうかしら…」
寝室を見た時に、七つのベッドがあったので七人分に自分のを足して暖炉の前の鍋で具がたくさん入ったスープを煮込む。
一通りの家事を終わらせれば、疲れが一気に押し寄せてきた。
ルルーシュは、リビングにあった大きめのソファに横になった。
掃除をし、新しいカバーに変えたばかりのそれは柔らかく、ルルーシュは簡単に眠りについた。
「――あ〜あ…今日は上手くいかなかったわねぇ」
「ミレイちゃんが…失敗したのよ…」
「ん?私?違うAあの商人に見る目がなかっただけ」
今日の仕事の成果をギャイギャイ言い合いながら、帰る7人組。
兄弟…というにはあまり似ていないが、それぞれ個性が豊かな子供達だ。
「……あらら?煙突から煙が出てるわよぉ」
子供らしからぬ色気を放つラクシャータの言葉に、リヴァルがナナリーの手を引いて先に行く。
元より、好奇心の強い二人は共に行動することが多かった。
「ん〜…人…かなぁ?」
「みたいですね…女の人…?」
窓からこっそり中覗いたリヴァルが、隣のナナリーに同意を求める。
すると、ナナリーに続いて中を覗いたミレイが、奇妙な声を上げた。
「うきゃっ黒髪美人っ」
そう叫び中に入って行ったミレイは、ソファに横になるルルーシュに近づいた。
残りの七人は、そろそろと着いていき、途中でミレイの行動を見守った。
まじまじと、眠るルルーシュを見る。
上下する胸を確認しなければ、人形かと思う程に綺麗なヒトだった。
「ふわぁ…チョー美人っ」
―――もう、危ない…
そう判断するや、ナナリーがミレイの袖を掴む。
引き離さなければ、何やら危ない気がするのだ。しっかりしているナナリーは、全員の性格を把握している。
「…ミレイさん…起こして差し上げた方がよくありませんか?」
自分より身長の高いミレイの裾を握り、さりげなくミレイを離してナナリー自身が眠る美人を揺する。
「…あの…起きてください…」
オズオズと言った感じにナナリーが揺する度に、言われたルルーシュは、僅かに身動いだ。
「……ん〜…っ!?」
うっすらと開かれた瞳は、七対の瞳を映し、驚きに見開かれた。
「あ、おはようございます!早速だけどあなたはだぁれ?私たちの家に勝手に入って全ての家事をしていたお姫様?」
一気にまくしたてたのは、ミレイ。
可愛らしいが何処か子供らしからぬ少女にルルーシュは上体を起こして、ソファの隅へ逃げる。
「……勝手に入ってごめんなさい。私の名前は、ルルーシュ――少し事情があって住む場所を無くしてしま……」
「ねぇ、コレさあなたが作ったの?」
ミレイへ言葉を返していたのを遮ったのはラクシャータ。
既にリヴァルと共にルルーシュの作った食事を行儀よく食べている。
「……えぇ…ついでに洗濯物と掃除、ベットメイクもしておいたけど…」
「「「姫最高っ!」」」
ソファの傍にいたミレイと食卓のリヴァル、とラクシャータが同時に騒ぐ。
食卓にはニーナとシャーリーもおり、どうやら食事がお気に召したらしい。
「…姫も食べましょ。せっかく作ってくれたのに、貴女が食べなきゃ意味ないわ」
ミレイがルルーシュをひっぱり、ラクシャータがルルーシュの席を作った。
何故かルルーシュの隣には、先程まで姿すら確認していなかった黒髪の少女が座っている。
――――黒い瞳と黒い髪。
この国に来てから自分以外の黒髪を見たことがなかったルルーシュは、食事の間中その少女を見ていた。
「…………ふふふ…あのルルーシュがいなくなった」
暗い室内、その中で微笑むのはユーフェミア。
国王であるスザクには、ルルーシュの不在を伝えずに独断でこの部屋に引きこもった。
「さぁ…これでわたくしが一番美しいはず…ねぇ、鏡?」
怪しげな微笑のまま、ユーフェミアは鏡に囚われているC.C.へ問う。
つまらない質問の繰り返しに、彼女は嫌々ながらに答えた。
『ルルーシュだ。お前など二手で充分…』
そこで面倒になったのか、鏡の精は引っ込んだ。
後に残っているのは、狂ったように瞳をギラつかせているユーフェミアだけだった。
「姫様、次はわたくしの髪の毛を結って下さい!」
いつもは、ミレイ一人がカグヤとナナリー、ニーナの髪を結ってあげていたのだが、ルルーシュが来てからカグヤとナナリーはルルーシュによく頼んだ。
それを半分楽しんでいたルルーシュもやることはそれなりにあった。
家事の一切を引き受ける代わりに、この家に住んだ。
周りは皆、森に囲まれているので人目を気にすることもない。
時折、鹿やうさぎなどに混じって白い馬を見かけるが、賢いのだろう。
しばらくするといなくなっていた。
「ほら、カグヤもナナリーも出来たわ。早くミレイ達に追い付かなければ」
「「はーい!」」
元気よく返事をして飛び出して行った二人を見送り、ルルーシュの仕事は始まる。
一通りの仕事を終えたルルーシュは、おやつのパイに使う果物を切らしている事に気づく。
「………またやられた…」
リヴァルかナナリーの仕業だろう。……たまにミレイとカグヤもつまみ食いをするが。
「どうしようかな…今日はパイだと約束してしまったし…」
「す、すみませーん!どなたがいらっしゃいますかぁ?」
果物のないルルーシュが悩んでいると、玄関の方から声がした。
「………どちら様ですか?」
こんな森の奥深くまで来る人間なんてそうそう居ない。
元々、あまり他人を信用しないルルーシュは、用心深く声を掛けた。
「えっとですね、物売りなんですが…新鮮な林檎はいかがですか?」
除き窓からこっそりと見ると、穏やかそうな女性がカゴいっぱいの林檎を抱えていた。
「………美味しそうな林檎ですね」
ドアを開けて果物を確認したルルーシュは、女性に微笑みかけた。
「そうでしょう?……パイやジャムでも美味しいんですけど、そのままでもかなり…」
「そう…じゃあ、三つくらい頂こうかな」
「あ、ありがとうございます!」
少し砕けた口調の少女に、安心したように物売りらしき女性は、ルルーシュへ林檎を手渡した。
一度、二つだけ受け取ったルルーシュは、それを奥に置きにいく。
もう一度戸口で最後の一個を受け取った際に、女性がある提案をしてきた。
「この林檎、本当に新鮮ですから…お一つくらいはそのまま頂いて下さいね!」
まぁ…確かに美味しそうではあったし、パイを作る前に一息いれたかったルルーシュは、その提案を受け入れた。
先を急ぐと言った物売りの女性に別れを告げたルルーシュは、手渡された一つを手にしたまま少し考え込んでいた。
物売りの女性は、ルルーシュと別れて森の出口までトボトボと歩いていた。
その様子は、どこか悲しげなのは気のせいだろうか?
「あぁ…もう帰って来たのですか?それで、林檎は渡せたかしら?」
出口まで来ると、目の前に黒いローブをすっぽりと被り、そこからピンクの髪が零れているユーフェミアが待っていた。
「はい…王妃様のおっしゃる通りに、最後に一つだけそのまま食べるようにと伝えましたが…」
「ならいいのよ。どれを食べても結果は変わらないもの」
――――だから、毒を盛るのにユーフェミアは、果物を使ったのだから。
「それでですね、王妃様…」
「なぁに?セシル、まだ何か私に用でもあるの?」
「いいえ…私は、これで失礼します…」
うっすらと微笑みを浮かべているユーフェミアが昔の彼女と違う事を、セシルは己の中にのみ留めておく事を決めた。
「さて、わたくしもルルーシュの最後を見に行こうかしら?」
クスクスと漏れる笑いが、酷く不気味に森に響いた。
「う〜ん…切るの面倒だなぁ…」
ルルーシュは、アップルパイの生地を用意すると一旦休憩することにしたのだが…
「母上もたまにやっていたし…今日くらい、いいかなぁ…」
林檎を片手に真剣に悩んでいた。
もう十年も合っていない生母を思い出し、久しぶりにやる事を決めた。
「あの子達も帰ってこないし…うん。いいよね…丸かじりくらい」
しかし誰もいないのにブツブツと呟いている辺り、まだためらいがあるようだ。
小さく『いただきます』と言った後、躊躇いがちに一口含む。
かじった時に、口の中にさわやかな芳香が広がる。
「……ん……」
その最初の一口を飲み下したのと同時に、ルルーシュは物凄い眠気を感じて腰掛けていたソファに横に倒れる。
僅かに呼吸を乱した後、そのあえやかな呼吸を止めた。
「今日のご飯はなぁにっかなぁ〜♪」
ルンルンとスキップをするミレイ。
その後ろに続く六人もそれぞれにルルーシュが作る料理を楽しみにして帰路に着いている。
「今日はアップルパイを作ってくれるって約束したんですよ!」
ナナリーの無邪気な声に、シャーリーが優しく頭を撫でてやる。
「アップルパイなら…今日は姫さん、お買い物に行ったんだね」
――――正確には、『物々交換』である。
森の中にある大きな林檎の木にいる動物に代わりの物を上げて林檎を貰うのがこの七人の『お買い物』だった。
「……そういえば、姫さんは“あの場所”知らないんじゃない?」
林檎と何かを交換する場所。
出掛けにルルーシュが皆に頼んだら、その物を皆が持って帰ってくる。
なら、ルルーシュはその場所を知らないだろう。
「「「……やばい……」」」
ラクシャータの呟きに反応したのは三人。
ミレイとリヴァル、ナナリーだった。
「そういえば、皆さんで食べてましたよね?林檎…」
カグヤののんびりとした声に七人は、家の数十歩手前で止まってしまった。
「と、とりあえず…謝ろう…」
リヴァルの言葉に、全員が悪い訳でもないのに同時に首肯する。
その後、玄関を恐る恐る開けると………
「………あれ…林檎だ」
始めに声を上げたのは、シャーリー。
テーブルの上のパイ生地と新鮮そうな林檎を見て目を丸くする。
先頭を切って室内に入っていったシャーリーは、ソファに横たわるルルーシュに寄っていく。
その様子に違和感を感じたのか、カグヤとナナリーの二人も側に寄って来た。
「……姫様…?」
ナナリーの不安そうな声に、カグヤが軽くルルーシュを揺するが、何の反応も返ってこない。
「ねぇ!姫様がおかしいの!」
誰にでもなく、シャーリーが叫ぶ。
それに気付き、七人全員がルルーシュの横たわるソファの横に集まった。
「嘘だ…」
「…姫様、何で?」
「……何かの冗談ですわよね?」
口々に不安を口にする皆に冷たい言葉を与えたのは、ラクシャータ。
「――姫さんはそんなことしないわよ」
「じゃ、じゃあ…」
ナナリーやシャーリー、カグヤが泣き出す中でもハッキリと事情を言葉にした。
「―――姫さん…ルルーシュは、死んでしまったの…」
さめざめと泣く皆を引っ張ったのは、やはりラクシャータ。
それを泣き腫らした目でミレイが手伝い、全員でルルーシュの為の棺を作った。
透明なガラスの棺は、死んでも美しいままのルルーシュの姿をずっと見ていたいため…
綺麗なルルーシュを土に埋める事など出来る筈もなく、森で一番綺麗な場所に棺を運んだ。
中には色とりどりの花を敷き詰め、白いドレスのルルーシュの棺の脇で皆はまた泣き出した。
「―――そこに居るのは誰だ?」
ふいに、泣き続ける七人の耳に聞いた事のない声が届く。
まだ若い青年の声に、ミレイが反応した。
「お葬式よ…」
気落ちしたミレイの声に、青年は更に近づいてくる。
其処で初めて、青年が何処かの国の王子である事に気づく。
「葬式…?一体、何処の誰が亡くなったんだい?」
白い馬に乗っていた王子は、ヒラリと降り立つと棺に近づく。
其処に横たわる黒髪の美女に、王子――シュナイゼル――は息を呑んだ。
「…っ……何と…生きてお会い出来ればどれほど幸せだっただろうか…」
七人が横にどけ、棺の縁に手をかけたシュナイゼルは大層かなしげに言葉を紡いだ。
「……どうか、永遠に会えなくなる前に、どうか一回だけ口付けても構わないだろうか?」
小人たちに問うたシュナイゼルの何かに、七人は首を縦に降った。
――時間にすればほんの一瞬。
血の気の失せた唇に、生者のそれが重なり刹那を数えて離れた。
――――ただそれだけの事だったのだ…
「……ん…」
死んだと思われたルルーシュ姫の息が戻り、僅かに咳き込んだ後にユルユルとその瞼が開いたのだ。
「「姫様!」」
それには七人を始め、口付けした本人も驚いた。
次の瞬間、ルルーシュは訳が分からないままに青年の腕に抱かれていた。
「え…シュナイゼル、様……?」
辛うじて分かったのは、昔に会った父方の従兄であり大国の王子が自分を抱いているということ。
そして、金髪の背後に見える馬は、間違いなくいつも小屋の前に来ていたものだ。
「…あれは、貴方の馬だったのですか…」
「うん?それより、生きていてくれて私は嬉しいよ…」
そういうや、ルルーシュをそそくさと姫抱きにして馬上の人となる。
「待ってください!私は森を出られない…」
「―――それはあの養母のせいだろう?なら、私と結婚してしまえばいくらアイツが王妃でも手は出せない」
そのまま連れ去られそうな勢いに、ルルーシュはシュナイゼルを止めてみるが、本人は聞く耳持たない。
―――それどころか…
「ルルーシュは、私とは結婚したくないのかい…?」
とまで言い出してしまうのだから、恋心を小さい頃から抱いていたルルーシュにはどうしようもない。
シュナイゼルの馬で連れ去られる前に、『結婚式は呼んでねー』と七人の合唱が聞こえたのくらいしか覚えていない。
「――――うわぁ…ぴったりですねぇ…」
シュナイゼル付きの侍女が、ルルーシュにウェディングドレスを着せた後に呟いた。
本人もそう思っていたから、何も言わずにただ呆然としていた。
「―――…ルルーシュ…」
ふいに名前を呼ばれ、入り口を振り向いたルルーシュは、目を見開いた。
「…は……母上…?」
良く似ている、と誉められた鏡の中と肖像画でしか会えなかった母が、目の前にいる。
ブルーの式典ドレスに身を包み、柔らかく微笑んでいる母親にルルーシュは、落ち着きもなく抱きついた。
「……ダメじゃない、ルルーシュ…泣くのは心に決めた方の胸の中だけにしなさい」
身長も変わらない、昔とは違い大人びた愛娘をマリアンヌは、苦笑しながらも暖かく受け入れた。
「……母上…よく、父上がお許しになられましたね」
――――あの父親は、マリアンヌが外へ出るのを極端に嫌がっていたのに…
落ち着いたルルーシュの言葉に、マリアンヌは微笑した。……よく、悪戯を思いついた時に見ていた笑みだ。
「……実はね、陛下に頼み込んだの。しかもシュナイゼル殿下からもご招待頂いたし…愛娘にも会いたかったしね」
「………」
マリアンヌの蒼い瞳を、ルルーシュの紫の瞳が映す。よく似た面差しの二人は、『母子』よりも『姉妹』のようだ。
「……とても綺麗よ。あの時、貴女に辛い思いをさせてしまってごめんなさい……母として言う資格はないのかもしれないけれど――」
ルルーシュの純白の花嫁衣装。
それを見るためだけにマリアンヌは、あの傍若無人な夫を黙らせてきたのだ。
……重たいドレスなどまったく関係ないかのような軽やかさで、近衛を始めとする名だたる剣士達を切り伏せた妻に、誰が口答えできよう。
しかも、多勢に無勢だったはずなのに息すら乱さず微笑みを浮かべているのだから、国最強の名は決まった。
ここまで出来るなら、もっと早くにやっておくべきだった…と後悔した事か。
マリアンヌは折角の化粧を台無しにしないよう、泣くのを我慢する愛娘を抱き締めながら、実に黒い微笑を湛えていた…。
ルルーシュ姫は、養子に入る前の戸籍でシュナイゼルと結婚した。
そのために、スザクの国には何の利益もない結婚になった。
更に、世継ぎの出来る気配すらない王妃に不安を募らせた民により、ユーフェミアは追放された。
スザクはそのまま王として国を納めたが、10年ともたずに治世を他所の国へ委託する事となった。
――――一方ルルーシュ姫は、夫となったシュナイゼルとのあいだには世継ぎの他に姫君にも恵まれ、その美しさは内外問わずに有名だったとか…
―――雪のような白い肌に、漆黒の長い髪から、『漆黒の雪姫』と呼ばれた女性は、幸せのままに一生を終えましたとさ。
fin..