「…刹那、顔色が悪い」
「大丈夫だ」
むしろお前の顔色の方が悪いと思うが、そう告げれば、ティエリアは眉間に深く皺をよせ、そこを指で解すようにつまんだ。冗談などではなく、真っ白というよりも真っ青な顔色だ、人ごみが嫌いなのは同じらしい。
「全く…こんな時期に地上潜伏とはついていないな。おかげで買い出しすら一苦労だ」
「……そうだな」
生活必需品の買い出し、本来の目的はそれだった。スメラギ・李・ノリエガから寄せられた情報で、今日は物価が安くなるときかされた刹那達は、街中へやってきた。そして年明けの恐ろしさを思い知る。両手にずしりとくる袋の重みすら誇らしい。
と、突然ティエリアが立ち止まった。
君では波に押し退けられておしまいだ、とメガネ越しに見下して云い放ち、彼は前を歩いていた、だから刹那は彼の背中に衝突してしまう。ピンク色のカーディガンで視界が埋まり、あからさまにいやな顔をして、反応を待つ。
「──あれは、」
「、どうした」
「……刹那、君は先に行っていろ。場所は」
「いつものカフェに行けばいいのか」
「あぁ。すぐに行く」
短く、自分の用件だけを済ませるとティエリアは嫌いだと云っていた人ごみの中に紛れていった。紫色の頭が見えなくなり、刹那は指定された場所に歩を進める。自分よりも高い人の波、閉鎖的な視界が頼りないと感じた。
「待たせたか?」
「いや、問題ない」
「そうか」
ティエリアの顔色は更に悪くなっていた。当然だろう、あんな人ごみの中に、何分もいる事がまず苦痛だ。
刹那はあらかじめ店員に、連れがいる事とそいつがコーヒーを飲む事を告げていたので、ティエリアが席につくと数分もせずにコーヒーが運ばれてきた。君にしては準備がいいな、と皮肉じみた台詞も、視線で返しただけだった。
そして、ふとある事に気づく。
ティエリアの所持品の中に、見慣れない袋が一つあった事だ。
買い出しが終わった時点で所持していなかったという事は、自分と離れた後に買い足したものなのだろうと刹那は考える。
と、視線を感じて袋からティエリアへと目を移した。彼はそんな刹那に気づくと、コーヒーを静かに置きながら、普段の厳しい表情をため息とともに若干緩める。
「どこかの国では、年明けに、大人が子供に"オトシダマ"という贈り物をするらしい」
「"オトシダマ"、」
「あぁ。俺は君よりも大人だろう?」
「、」
「理解が早くて助かる」
そう、微かに口元を上げ、袋を放り投げた。両手で受け止めれば、重くもなく、軽くもなく、だが柔らかい感触。
開けていい、とコーヒーをまた口元に運びながらティエリアは云う。刹那は、勧められるままに袋を開けた。
入っていたのは、白い色の、マフラー。
まさか、これを買うために人ごみに突っ込んだのだろうか。顔を上げると、視線が合った。
「一つだけ云っておくが」
ティエリアは一息つき、口元を意地悪く緩め、
「俺が贈り物をするのは、君が最初で最後だ」
──と、云った。
あのティエリアが、だ。
ぱちり、と目を見開けば、彼は、反対に目を細めて問いかける。
「気に入ったか」
「…あぁ、暖かくて助かる。……ありがとう」
「驚いた、君が礼を云うなんてな。予想では、自分は子供じゃないとつっかかってくるはずだったんだが」
「………、」
よくよく考えれば、確かにその通りだった。子供扱いをされるのを嫌う刹那にとって、今回のティエリアの行動はまさしくそれだ。自分を怒らせるもしくはおちょくる為に買ってきたのだろうかとも推測するが、ティエリアはそんなくだらない事の為に体力を使わないだろう。
むしろ、贈り物をされたのも、あんな言葉を云われたのも初めてだった。反応に困り、刹那は自分らしさが保てない。
ただ、心臓あたりがそわそわと暖まるのを感じ、そして、視線の行き場に困ってしまう。
「、」
言葉をつまらせれば、ティエリアは小さく笑って、君は顔が真っ赤だな、と云った。
刹那は視線を上げないまま、注文したままだったホットミルクを口元に運ぼうとして、思わず短く呻いてしまった。その白は、マフラーの色と全く同じだったのである。