君にしか聴こえない声で
──いつからここにいたんだろう、
ってくらいに曖昧で、でもただの過去の事にはなってない記憶。
ぼんやりと、瞼を開ければちくりと痛み、やがて情景を映した。
向かいの席で骸が笑う。
「綱吉君、あまりここに来ない方がいいとあれ程云ったでしょう」
「…俺だって、なんでここに来ちゃうのかわかんないんだよ」
やれやれとあからさまに肩を竦めて見せた骸は、続けてため息をつく。綱吉は乱暴に、視線を外へ向けた。
丸いゴンドラを吊す金具が、キィ、キィと音を立てて、揺れる。円形に枠組まれた鉄骨は、何本もの錆びた鉄骨を支えにして、中央で大きなゼンマイにて固定されていた。あちらこちらに設置された、意味のわからない歯車が、ゆっくりと廻っている。
古びた観覧車。
外は藍色しか見えず、自分達のゴンドラが今どの位置にあるかは、隣接したそれで確認するしかない。
途中途中で目にする一見無意味な時計が、余計に綱吉を不安にさせた。
「時計が止まっているでしょう。ここには時間などないんですよ」
「、全部ばらばらの時間なんだね」
「…あれは、僕の記憶でもありますから」
「、」
記憶。そう説明を受けても納得できないでいる綱吉に、それ以上は云えませんと瞼を伏せて骸はつぶやく。お前がそういうなら追求はしないと、また視線を硝子の向こうに向けた時だった。
何もない藍色の海の底から浮き上がる、白い光が、視界を掠めていった。
「あれは、」
ただの灯り、星、蛍、
どれも違う。
ではいったいなんなのだろうか。
「綱吉君、あれがなんだかわかりますか」
蔦のように絡みつく鉄骨の、中央を繋いでいた一本のゼンマイが、カタタタ、と音を立てる。
「わからないよ」
カタタ、カタタタ。
それはいつの間にか映写機が空回るような音も混じっていた。合わせて、鉄柱を繋ぐゼンマイが、ゆっくりと廻る。錆び付いた歯車はほろほろと零れ落ち、やがて、藍色の底に見えなくなった。
不安感がいっきに募り、骸を見やれば、彼は緩やかに笑いながら立ち上がった。ゴンドラが揺れ、綱吉の体が、腕に、胸に、包まれる。
「ここは危ないですから、君はもう現実に帰りなさい」
「骸は、」
「…僕はまだ、帰れない」
骸の声は緩やかに、綱吉の鼓膜を、胸を満たしていった。がくん、ゴンドラが揺れる。同時に、座っている椅子の感覚がなくなり、全てが宙に放り出された。
真っ白に、視界が染まる。
「この光は──綱吉君、君なんですよ」
カタタ、カタタタ。
映写機の廻る音が、鼓膜いっぱいに響いた。
目を開けると、見慣れた天井が広がっていた。朝。カーテンが揺れている。
「そっか、あそこはお前の世界なんだもんな、骸」
なんてきれいではかないせかいなんだろう。
今日も、彼のいない1日が始まる。
君にしか聴こえない声で
(僕は何度でも、呼ぶよ)
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