Sweetheart!

奇妙な事は突然にやって来る。
だからサプライズなのだ。



「え?なになに、何この状況」
王宮の広間で一人の女性が凝然に目を見開き、目の前の光景に唖然としていた。
心無しか、美貌たる顔が崩れている。これは何とも珍しい!第二者がこの場に居れば驚きの声を上げるだろう。
そんな彼女の反応に気付かず、目の前の二人は互いに睨み合っていた。
二人に挟まれ、目を潤ませているのは鳶色の少年。

……………潤ませている?

「ちょっと!何レイフォン泣かしてるのよ!?この苛めっこ!!」
彼女が怒鳴ると、二人は勢い良く振り向いた。
「陛下!誤解だぞ!?」
「俺はこいつを泣かしてない」
上から順に‥眼鏡を掛けている―トロイアットに、深緑の乱雑な髪―リンテンスが慌てて否定する。リンテンスは心の中でだが。
そんな二人の言い訳に聞く耳持たない、陛下曰わく、アルシェイラ・アルモニスは未だに泣きそうに顔を歪める少年―レイフォンを素早く二人の間から奪った。
「レイフォン、何かされた?あのおっさん達に」
「「誰がおっさんだっ」」
二人仲良くハモる。
それが気に入らなかったのか、トロイアットとリンテンスは再び睨み合いを開始した。

そんな中。そんな中である。
アルシェイラの腕の中に収まったレイフォンは、か細い声を出す。
「‥‥‥僕がのせいで喧嘩してるんですか?」
ぽつりと。
レイフォンの呟きに、アルシェイラは目を吊り上げ二人を睨み、それに加えての地を這う低い声で威力を上げる。
「本当に何をしたの?いたいけな可愛い少年に」
「だからっ、誤解だっ!朝、レイフォンとリンテンスに偶然出会したら既にこんなんだったんだよ!」
トロイアットはリンテンスに物事を投げた。
いや、彼の証言は事実だ。
トロイアットは偶然通り掛かり偶然にも今の状況であるレイフォンを見てしまった。
二人が睨み合いしていたのは、リンテンスが弟子であるレイフォンに、何かいかがわしい事をしたのではと問い詰め、それが(表面上表れないが)リンテンスの癪に障ってしまったのだ。
疑いは疑いを連鎖する。
「リンテンス。あんた、そんな趣味を‥」
「黙れ、クソ陛下」
アルシェイラまでもがリンテンスを疑視する。
額に青筋を若干浮かべながら、リンテンスは深い深いそして重い溜め息を零す。
「早朝、こいつとの鋼糸訓練場に向かったんだが」
「向かったんだが?」
「‥‥‥その時からこれだ」
ちらりと幾分下のレイフォンを見下ろす。
未だに、水色の目には滴が溜まっている。

アルシェイラは痛む頭を押さえた。
レイフォンが変だ。それは普段彼はいつも大人びておりツンツンしているのに、今は小動物みたいに怯えているという光景。

彼に何があった?



「多分、“これ”を飲んだのでは?」
後ろから威厳はあるが控えめでもある声が聞こえた。そちらに振り向くと、黒髪の女性―カナリスが何故か髑髏印付きの小瓶を右手にぷらりと掴んでいた。

「カナリス、それは?」

素直に尋ねると、素直に応えてくれた。


「“打たれ弱くなる薬”です」
「あ〜。“打たれ弱くなる”薬ねぇ。って、駄目じゃん!??弱くなったら!」


突っ込んだのはトロイアットだった。
それは気持ちいい程にばっさりと。

「誰が作ったんだ、そんな下らないのを」
「昔よく絵本で、魔女が大きい鍋の中身をぐるぐるかき混ぜ、薬やら毒を作っているのを見たことがありません?」
「‥‥‥バーメリンか」
カナリスの分かり易いヒントに、理解を得たリンテンスは苦い顔をする。
大方、自分(達)をコキに扱う陛下、アルシェイラに一服盛ろうとしたのだろう。

だが何故レイフォンに?

「デルボネが念威で辺りを見渡している際に、飲み物と勘違いし、これを一気に飲み干していたレイフォンを見たそうです」

婆さん!その時何故止めなかったっ!可愛い孫みたいなものだと言っていただろ?!

これだけは全員が突っ込んだ。
突っ込まずにはいられなかった。




「で、ガキんちょどうするの?」




トロイアットが杖で肩叩きしながら面倒臭そうに言う。
そうだった。まずはこの“打たれ弱くなった”レイフォンをどうにかしなければ!
四人はじっとりとレイフォンを見つめる。
だがレイフォンは何を勘違いしたのか、

「う‥‥‥‥」
更に目に滴を溜める。
四人はパニックだ。あの大人しいカナリスも、いつも無表情で他人に興味を示さないリンテンスまでもが(だがやはり表情面ではわかり辛い)。
恐るべし、少年の涙。
「ああああ!泣かないで!レイフォン!」
最初に行動を起こしたのが、アルシェイラだった。
ぎゅうっとレイフォンを抱き込むと、よしよしと頭を撫で回す。

あんた母親かい。
トロイアットは違和感を感じない光景をぼんやりと眺めていたが、何故かレイフォンの苦しそうな呻き声が聞こえ、眉を顰める。
レイフォンだけを見ると呻き声の理由がわかった。
アルシェイラの豊かな胸の谷間に顔を押さえ込まれ息ができないのであるのだ。
慌ててトロイアットはアルシェイラからレイフォンを引き剥がす。
それに不満の音を上げない程アルシェイラはおとしやかな人ではない。
「ちょっと、何すんの!?」
「いやいや、レイフォン窒息するところだったんだぞ」
大丈夫だったかー?そう尋ねながら腕に抱っこしたレイフォンを優しく見つめると、まだ赤みを帯びらしている頬で素直にこくりと頷いた。

あ。可愛いかも。
普段拝めない、子供らしい仕草に素直に可愛いと思った。
純粋に。疾しい事なんて考えていない。

だが、普段の行いのせいか、


「‥‥‥‥レイフォンを離せ。女タラシ」
しゃきんと鋼糸が髪を掠った。
誰だ?なんて考えるだけで野暮だ。鋼糸使いは一人しかいない。
恐る恐る斜め後ろに振り向くと、おどろおどろしい黒い塊を背に背負ったリンテンスが、両手に綾取りの如く鋼糸を優雅に操っていた。
冷や汗が背中に流れる。
何勘違いしてんだ!この弟子バカが!

「お、落ち着け、リンテンス」
「離せと言ったのが聞こえなかったか?」
不機嫌の儘にまたもや鋼糸が動く‥‥と思われたが、それはなかった。
それはそうだろう。なんだって


「う、うわぁああんっ!!!!」
レイフォンが泣き出したのだから。
腕の中で泣きじゃくるレイフォンにトロイアットは慌てふためいた。そして立場逆転、リンテンスをぎっと睨む。
「ガキんちょが泣いちまったじゃねぇかっ」
「・・・・・・・・・」
「ちょ〜〜〜〜〜っと、リンテンス?醜い嫉妬はダメよ」
「・・・・・・・・・」
アルシェイラの余分な発言にも反抗しようともしない。
リンテンスは固まっていた。氷のオブジェのように。ブリザードも吹いていそうだ。
・・・・・弟子に泣かれたのが余程ショックだったらしい。自分に非があったとしても。
そんな光景をカナリス一人、呆れたように溜め息を零しながら観察していたときだ。
ギィィィ‥‥‥と、広間の重い扉が鈍く開く。
カナリスがそちらに目線を向けると、銀髪の男が顔を覗かした。



「サヴァリス」
「やぁ、どうも。カナリスさん」
掴みどころのない笑みで挨拶をする銀髪の男―サヴァリスを、カナリスは普段と変わらない冷めた表情で見た後、未だに騒がしい方へと視線を戻した。そして、ぽつりと呟く。
「サヴァリス」
「はい?」
「‥‥‥‥あれ、を止めてくれませんか?」
あれ、とは?
サヴァリスはカナリスと同じ方向に視線を向けると、少なからず動揺した。
レイフォンが三人に囲まれ泣いているからだ。いや、別に泣いているのは構わない。

ただ、

「レイフォン、泣かされたんですか?」


あの三人の内誰かに泣かされたのならば、たまったものではない。
例え陛下であろうとも、それだけは許せない。


怒り含みのある声で尋ねると、カナリスはゆるゆると左右に首を振った。
「それは違います。原因は、薬、ですね」
「薬?」
「ええ。どこかの魔女が作った迷惑な薬ですよ」
カナリスは憂鬱そうに言った。
サヴァリスは目の前の光景を見つめる。
そう言われると、薬だということに納得がいく。
レイフォンは泣かない、大人びた子供だ。
今、目の前でわんわん幼子のように泣いているのは薬の作用。
泣かされた訳ではない事に対して、ああ、良かったと無意識に胸を撫で下ろした。

だったら早く彼を迎えにいってあげよう。
サヴァリスは目の前の囲いに足を踏み入れた。


「どうも、皆さん」
ひらりと片手を上げ挨拶をするサヴァリスを、三人は半ば疲れた目で見つめた。
「あら。サヴァリスじゃない」
「こんにちは。陛下とレイフォン」
今度はアルシェイラに抱き上げられているレイフォンは、未だにぐずぐずと泣いていた。
こうすると、子供だなぁと改めて思う。
サヴァリスは優しい笑みでレイフォンを見つめると、両腕を差し延ばした。
「陛下、替わりますよ」
「無理無理。泣き止まねぇぞ、そいつ」
アルシェイラに代わり、トロイアットが疲れきった顔でレイフォンを見る。
散々あやしたが泣き止まない。
だが、サヴァリスは余裕の笑みで言うのだ。
「泣き止みますよ」
そう言って、ひょいとレイフォンを抱き上げる。アルシェイラは突然レイフォンを奪われた事に対して恨みがましい目でサヴァリスを睨むが、段々と目を凝然と見開いていく。

泣きじゃくっていたレイフォンが泣き止んだのだ。

サヴァリスに抱き上げられているレイフォンは、彼特有の銀色の長い髪を一房手に掴み、指に絡ませて遊んでいた。
それはそれは、本当に可愛らしい笑みで。
「レイフォンは僕の髪が好きみたいで、よくこうやってじゃれるんです」

なんだって!??
三人は心の中で叫んだ。
いや、ていうかまさか?と思いながら、じっと二人を見比べる。

例え薬の効果であっても、サヴァリスに当然のように体を預けるレイフォン。
レイフォンをさも当然のように受け止めるサヴァリス。

何というか、空気が甘い。ぽわぽわ花まで見える。

「ねぇ、あんたたちの関係、は?」
代表としてアルシェイラが訊いてみる。
本当は訊きたくないのだが、やはり気になるのが人と言うもので、



僕達?恋人ですよ」



そして後悔する。
なんてこった!





(Sweetheart!)
(その後薬の製造者であるバーメリンは、何故か八つ当たりを含め陛下に制裁され、)(リンテンスは弟子の予期せぬ事に二日、家に引き籠もったらしい。)

日参している携帯サイトSky Windowの砂座様からキリバン8888HITでいただいたレギオス小説!「天剣's+女王でレイフォン争奪戦サヴァリスオチ」というリクエストでお願いしたらこんな素敵なものをいただいてしまいました・・・!萌え死ねます・・・!

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