カケヒキ

「れーちゃん、移動命令よ」

「……………はぃ?」

これが、彼女の運の尽きであった。



「なんで4課の僕が怪盗対策に……」

レイフォン・アルセイフは指示された配置につきながら深々と溜め息をついた。
彼女が立っているのはとある美術館の屋上。
レイフォンの現状の元凶がここを通って逃走する可能性が高い。ととても優秀な頭脳を持つ対策班は割り出していた。
レイフォンへヘルプがかかるほどのこの犯人。別にもんのすごく意表を突くとか、頭がずば抜けてよくて誰にも考え付かないような奇策を使ってくるとか、それこそ御伽噺でしか登場しないような手品や奇術を使って盗みを働くのではない。
対策班が徹夜をして辺りを徹底的に洗い、そしてルートを割り出し、そこからさらに確率を出したその中の例に漏れない経路を使って盗みを行う。
そこには物珍しさなんて一欠片も見当たらず、いっそもうちょっとお願いだから意外性ってものをね……とどっかの優秀なエリートさんは呟いていたらしいが……

では、何故に捕まらないのか。

答えは簡単。
経路上にいる警官達をことごとくノして悠々と獲物を掴み取ってご帰宅されるからだ。
それを聞いたときレイフォンは思った。

『それって、もう強盗となんら変わりないんじゃ……』

しかし、被害にあうのは警官と獲物の所有者のみ。
因みに盗られた獲物は過程を楽しんでます。と言わんばかりに送り返されて来たりもするし、いつの間にかもとあった場所に返っていたりしたときもあったらしい。
一般人に被害が出たときは一切ないため、本人の自称も手伝って『怪盗』と評されるそれは一種未解決事件よりも警察にとっては脅威だった。
だが、これだけで万年人手不足の4課からレイフォンが引っこ抜かれたわけではない。
あるとき、怪盗が溜め息混じりに言ったそうだ。

『ふぅ……つまらないなぁ……毎回毎回……もうちょっと骨のあるのはいないのかい?いつも塵ばかりをワラワラと……塵が1つであろうが、2つであろうが掃うのに変わりはないのは理解できるだろう?』

いっそ哀れみさえ篭った瞳でやれやれとそう言われた彼らはカッチーン!ときたらしい。
それはもう、警察の威信とか、自己のプライドとか、男としてのうんぬんかんぬんとか、いろんなものが掻き毟られ、踏みにじられた結果、レイフォンはここにいる。
ついでのついで。レイフォン所属する4課は毎度人手不足ではあるが、毎回毎回ボロボロにやられる対策班よりは皆元気だったためでもある。
対策班の詰め所は大量の医療キットとシップの匂いが充満していて一歩踏み込んだ瞬間レイフォンは回れ右をしたくなった。

「早く捕まえて帰ろう。うん。そうしよう……」

あそこにいるなんてゴウモンだ……とわが身を一通り嘆いていたとき、一気に階下が騒がしくなった。
ようやっと待ち人がお出でになったらしい。
怒号と、それと同じくらいの悲鳴。
歓声が聞こえないところと相手が一人であることを考えれば今回も成果が上がっていないことなんてわかりきっている。
そのうち悲鳴すら聞こえなくなった。打ち止めらしい。

コツコツコツコツコツ……

足音が響く。
レイフォンは目を閉じてその音に意識を集中する。
屋上に続く扉が悲鳴をあげるのを待った。

何の戸惑いもなく、扉が開かれる。

「おや?今日は可愛らしいお嬢さんかい?」

オヤマア。と瞳を瞬かせている男。
背はすらりとしていて、体つきはがっしりとはしていないが筋肉はしっかりとついている。そして、その身のこなし。
「こりゃ、4課くらいじゃなきゃ無理だなぁ……」
ボソリ。と呟いてレイフォンは立てかけてあった“刀”を手に取った。
一応相手に合わせて木刀も持ってきていたが、この人物にそんなものを使えば3つ斬り合う間に獲物が悲鳴を上げるだろう。
レイフォンの背丈に見合わない長刀を見て、青年は不穏な笑いを漏らす。

「ようやっと、そちらも本気になってくれたのかな?」

すっと手甲をはめた青年。
どうやらその体が彼の武器のようだ。
レイフォンへの油断は皆無。たいてい少女めいたレイフォンを見た瞬間、相手は侮り、隙を見せる。それが無いということは相手も対峙する者の「力」を見抜く目があるということで……
レイフォンは相性の悪さに内心舌打ちをした。間合いを許さなければこちらが有利だが、その逆も然り。
油断できる相手ではないようだし……面倒な任務を任されたものだとレイフォンは溜め息をついた。

だからと言って、遅れを取るつもりは微塵もないが。

じぃ、と二人でにらみ合いながら気を高めていく。
レイフォンは柄に手を掛け、腰を低く落とす。そのままの体勢で青年がどう出るかを油断無く窺う。
手甲をはめているから殴り合いが主なのかと思うが、どうも彼の切り札はそうではない気もする。

まるで、全身が凶器のような……

レイフォンがそう思った瞬間、バンッ!と扉が開いた。
刹那、二人が動き出す。
レイフォンは一瞬の呼気で刀を抜き去り、相手の胴を薙ぎ払う。
男はそれをバックステップで交わし、そのまま状態を右に捻って体重の乗った左足を繰り出した。
咄嗟にガードをしようと体が動くが、それを瞬時にマズイと判断してレイフォンは右に飛んだ。
バキィィッ!衝撃を逸らしきれずにフェンスまで飛ばされる。
勢いを受け止めようとした左手がビリビリと悲鳴を上げた。おそらく判断を誤り受け止めようとしていたら左手はくしゃくしゃにひしゃげていただろう。
しばらく痺れて使い物にならなさそうな左手に舌打ちをしつつ、けれど状況はまだ五分だ……と相手を見る。
その膝からは決して少なくはない出血が溢れていた。

「ふぅん……仕込みですか。素晴らしい……」

突き刺さった小刀を抜き去り、青年はさらに笑みを深めたようで…口元は布で隠されていて見えないが、気配で伝わったそれにレイフォンはヤなやつ……と鼻に小じわを寄せた。
その後も一進一退の攻防が続き、お互いに一歩も譲らない。
しかし、体格差はどうしようもなくレイフォンはそれを他に追随を許さぬ技術で補っていた。
青年の口から押さえきれない喜びが迸る。

「はははははははは!!素晴らしい!本当に素晴らしいね!!刑事さん、名前を教えてもらえるかな?」

余裕なんて無いくせに心底この死合いを楽しんでいるらしい男はレイフォンの名を知りたがる。

「貴方に教える名なんて持ってません。いい加減、捕まってくれませんか?」

けんもほろろに切りかかれば、それすら愉しいらしい男は本当に救えないと少女は思う。
「嫌だよ。捕まってしまえばこの楽しい時間が終わってしまうだろう?」
「馬鹿じゃないですか?」
ムス。として暗闇で虹彩を増した蒼穹が男をねめつける。
深みを増した何もかも飲み込んでしまいそうな蒼に男はしばし無言になる。
あれだけ多弁だった相手が急に黙り込んだのを見て、レイフォンは訝しく感じ眉を寄せた。

「一晩で終わらせるのは惜しいかな?」
「…………は?」

突然そんなことを言い出した男にレイフォンは呆れた。
ナンダソレ?

「うん。そうだね。じゃあ、そういうことで今晩はこれで。あぁ、お近づきの印にこれあげるよ」

そう言ってぽん。と渡されたそれは本日強奪される予定だった目標物。

「あーっっ!!アルセイフ警部!!ソレ!ソレーッ!!」

叫ぶ対策班にレイフォンは一瞬意識が逸れる。
その瞬間。

ちぅ。

男の口元を覆っていた布が外され、レイフォンの唇に一度吸い付く。
秀麗なその相貌。
固まったレイフォンに一度笑みを向け、男は……屋上から飛び降りた。

「では、また。アルセイフ警部?」

固まるレイフォンへそう囁きを残して……

その後、対象物を守りきったレイフォンを対策班の面々は救いの女神として崇め奉った。
それはもう、玩具箱をひっくり返したかのような騒ぎっぷりだったのだが……レイフォンはそんなことは関係なくぶち切れていた。

「殺す殺す殺す殺す殺すコロス……ッ!殺してやるーーーっっ!!」

がっちゃんがっちゃんがっちゃん!と刀をがしょがしょやるレイフォンに、舞い上がりまくってテンションの触れ幅がメーターを振り切った対策班の一同は気付かない。そのままにレイフォンを称え、喜びを分かち合って盛り上がる。
その光景はいっそ亜空間のようであったと通りすがりは後に語った。

しかし、後に怪盗から

『もっと面白いこと見つけたので引退します』

というワケノワカラン所信表明が届き、レイフォンをさらに怒り狂わせた。
とりあえず、怪盗の言うことを信じたわけではないが、またやりたくなったら予告状届くだろ。というある意味とても「お国仕事」らしい一面を見せ、対策班は解散となった。
自身の古巣である4課……「暴力団対策課」へと帰ったレイフォンは、その苛立ちをぶつけるようにしてコワオモテのおにーさんたちをボコボコにしていた。
それはまるでどこかの神話の戦う女神さんのようだったさ〜。とは彼女の同門である同僚の談である。

暴力団では青い瞳の可愛いおじょーちゃんが来たら慌てず、騒がず、抵抗せず。大人しく悪事の証拠を提出して手を差し出せ。というのが一種の都市伝説化しているらしい。

「はーい!れーちゃん今日もかっわいいわーっ!!」

最近やっと落ち着いてきたレイフォンが朝の通達事項を読んでいると、そこへいつでもどこでもハイテンションな上司が顔を出した。
「アルシェイラさん!セクハラですよ!!」
扉からタイミングよくレイフォンの幼馴染の叱咤が飛んでくる。
彼女は交通課に所属しているのに何故こうも上司のセクハラの場面に出くわすのだろうか……とレイフォンは常々不思議だったが、彼女は知らない。
レイフォンの幼馴染がその類稀なる頭脳を駆使して上司のセクハラの時期を割り出しているなんて……

「うぅん……りーちゃんは手ごわいわ……でも、そんなりーちゃんも可愛い〜っ!!」
「きゃぁぁぁああっ!?ちょっ、あ、アルシェイラさんーっ!?」

部屋を飛び出して行ったアルシェイラが戻ってきたのはそれからしばらくしてからのことだった。

「あっ、そうそう。今日から新人はいるから、れーちゃん教育してやって?」

アルシェイラにそう言われ、レイフォンは目に見えて嫌そうな顔をする。
「えぇ?嫌ですよ!!僕に新人教育なんて早いです」
「そう言わない。他のやつらは皆仕事抱えちゃってるからさー。最近れーちゃんなんだかよくわからないけど抱えてたのぜんっぶやっちゃったでしょ?めちゃくちゃ殺る気で。だからちょうどいいのよね〜」
レイフォンはその時はじめて仕事に八つ当たりしたことを後悔した。

「うぅ………わかりましたよ…でも、その人本当にウチで大丈夫なんですか?」

4課は激務だ。ついでに言えば荒事だってこなさなくてはならない。
というか、レイフォンたちの仕事の半分以上は抵抗する暴力団の制圧だったりするので、腕っ節が立たないことには話しにならない。
たまぁのたまーにプロの方を雇ってトンズラしようとするお馬鹿さんもいるくらいだ。
生半なことでは4課にいても潰れるだけである。
おかげで……と言えばいいか、4課はいつでも人手不足。ついでに二次災害的なものとしてどいつもこいつも一筋縄ではいかない人間性を標準装備だ。

「あー、それは保証するわ。人格は……まぁ、日常生活は支障ないみたいだから」
「それすごく不安なんでけど……」

レイフォンは顔を引きつらせた。
やっぱり今度の新人もちょっと人格が破綻しているらしい。

「で、その人は今どこに……?」
「あ、今呼ぶから。サヴァリスー?」

ドアに向けて呼びかけるアルシェイラ。
もしかしてずっと外に待たせていたのだろうか?かなり時間が経っているが……レイフォンがちょっと可哀想だなと思っていると、がちゃ。と扉が開いた。
するり。と中に入ってきた人間を見てレイフォンが固まる。
独特な笑み。涼しげな目元。一度だけ見た顔……忘れたくても忘れられない男がそこにはいた。

「サヴァリス・ルッケンス巡査です。よろしく、レイフォン・アルセイフ警部?」

意味深に微笑んだサヴァリスに、レイフォンは無言で切りかかった。
男……元怪盗、現巡査な経歴を持つサヴァリス・ルッケンスは嬉しそうにそれに応じたらしい。

これが怪盗とのセカンド・コンタクト。

後に2人は4課の最凶コンビと言われることとなる。



「ヘンタイ。色魔。なんでドロボーが警察入れるの!?」
「一応怪盗やってたんだけどね。ほら、証拠不十分じゃ逮捕もできないだろう?」
「ぅ〜っ!寄るな触るな!!ヘンタイ!!」
「あ、そういえばここの書類なんですけどね?」
「え?どれです……?って、んーっ!!」

「ゴチソウサマ」

技の駆け引きは互角でも、恋の駆け引きは勝負にならないらしい。

日参している携帯サイト鴉の王冠のクロハネ様から拍手1000over記念リクでいただいたレギオス小説!「サヴァレイ(できればレイフォン♀化) でギャグ。怪盗パロ(サヴァリス→怪盗・警察or探偵→レイフォン)」でリクエストしましたらこんなにすばらしいものに仕上げてくださいました!大好きです!

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