ねぇ、かまってよ?




「リーーーリーーンー、遊ぼーよー」


「今、勉強してるから。また後でね」


「ねーえー、なんで勉強なんてしてるのさ?」


「明日から試験があるから」


「いーじゃん。テストなんか」


「いいわけないでしょー!」


「う痛っ!……ひ、ひどい……」


リーリン・マーフェスは、自分の真正面に座り、つまらなさそうに自分の参考書でパラパラと指を遊ばせていた幼なじみ兼妹から参考書を奪い返し、チョップを繰り出した。










ねぇ、かまってよ?











太陽が優しい光を与える冬期から春期へ移行中な昼下がり。
良い天気であったから、小さな弟妹たちは養父がピクニックに連れて行き、リーリンは明日の試験に向けてリビングの机を占領して勉強していた。
昨日は遅くに帰宅したレイフォンは眠そうに目をこすりながら養父たちを見送って、なんとはなしにリーリンの正面に座り、頬杖をついて、ぼおとしていたが、突然 駄々をこねだした。
そして、冒頭に至る。

窓から降り注ぐ光を眩しいなぁと一瞥し、リーリンは腰を下ろした。
チョップを繰り出した腕を再びノートに添え、膨れっ面に少しだけ涙目になった幼なじみを一睨みする。

「だいたい、レイフォンも試験のはずでしょ?」

リーリンとしては至極 尤もなことを言ったつもりだった。
リーリンは12歳で学生だ。
仕事であまり学校には来ないが、一応 同じ初等学校の学生のはずのレイフォンにペンをビシッと指す。
だが、この可愛い妹は にへら っとした、緩みきった表情を浮かべ、すぐに返答を返してきた。

「僕は、テスト週間は任務でいないから。
宿題 出せば いいよって、先生が」

「……3日も?」

「うん。テストが嫌だったから陛下に頼んで仕事 もらっちゃった」

「………………」

そういうことは、今現在、必死に勉強している自分の目の前で言うことではないと思う。

呆れたような、怒りたいような、微妙な気持ちでリーリンはニコニコしている妹を見る。
そして、そういえば最近長いこと、レイフォンとちゃんと話していなかったなぁ と思う。
天剣授受者って、そんなに忙しいの?と疑ってしまうほど、レイフォンは家を空けることが多くなった。
そうなると必然的に会話は減る。

世の休日に、こうして一緒にいるなど、本当に何ヶ月ぶりだろう。

「今日はレイフォン、用事はないの?」

ペンを持つ手を止め、リーリンが問い、問われた方は本当に嬉しそうに頷いた。

「大きな任務の前だから、休めって言われたんだ。
…あ!でも大きいって言っても都市の近くでの戦闘じゃないから、シェルターに非難する必要はないから安心して」
非常食って美味しくないもんね。

大きな任務 の部分で表情を曇らせたリーリンを、どのように解釈したのか、レイフォンは笑った。
リーリンはそんな心配をしているのではないというのに。

「だから今日は1日 フリーなんだ!
リーリンとお休み重なるの久しぶりだから、色々 話したいし、やりたいこともあるし、……ね、勉強 ほっぽって遊ぼーよ」

思わず、頷いてしまいそうになるのを必死に堪える。明日から試験なのだ。しかも苦手な算数なのだ。

む、もう一押し? と小さくこぼす妹を指差す。

「レイフォン、私は明日 試験なの」

「わかってるってー。ちょっとだけだよ。ちょっとだけ。ちょっとだけ遊びに行こうよ」

「…ダーメ!」

「……だって、久しぶりにリーリンと一緒なのに」
「うっ……泣きそうになってもダメ!
……だ、だいたいお休みが重ならないのだって、レイフォンが仕事し過ぎなのが悪いんじゃない!」

上目づかいに涙目で、ぶーたれる妹を見下ろしながらリーリンは敗れそうになる優等生精神を奮起した。
だって、妹と休日を過ごすのは本当に久しぶりで、妹がこんなに甘えてくるのも珍しくて、ついつい勉強など放り投げたくなる。

頑張れ、私。
たとえ正直なところ、妹に構いたくて構いたくて仕方がなくても、ここは頑張らねばならないところなのだ。

…別に、もしリーリンが全く勉強せず、赤点などとったとしても、養父やレイフォンは怒らないだろう。
だが、それはリーリン自身が許さない。

リーリンが今、満足な生活環境に身を置き、充分な勉学に励めるのは、この目の前で自分を怠惰に引きずり込もうとしている妹と優しい無口な養父のおかげなのだ。
その二人が働いて手に入れた金を、無駄にするなどできない。

これはこの孤児院で学校に通う者の共通の認識である。

だからリーリンは試験に向けて、勉強するし、出来るだけ良い成績をとって、15で就職するならば良い就職先を、高等学校に進学するならば、就職に困らないレベルの学校に入学して、奨学金などを受けれたら良いと考えている。
そのことを友達に話したら堅い!と馬鹿にされたが、堅くて何が悪い。
これ以上、妹と養父の負担になりたくないと考えて、何が悪い。

だから、この行為は、巡り巡って妹のためになるはずだ。


「むー、だって…仕事は、しょうがないじゃん。
それに 報奨金とか、賞金とか、なんたら手当金だとか…もらえるから、……それに、生活費とか学費とか、貯蓄とか、…やっぱり仕事があるうちに貯めとかないと。
いつ僕が、仕事が出来なくなってもおかしくないし……
うーー、だって、さぁ」

その愛すべき妹は、唇を尖らせて、机にのの字を書きながら、ぐだぐだと言っていた。
その12とは思えない思考回路は、リーリンと似たところがあると思う。


「…それは、…レイフォンが頑張ってくれてるのは、わかってるわよ?
でもね、だからこそ、私も勉強くらいは頑張らないと って思うわけ」

「?……リーリンは充分 頑張ってると思うよ」

そんなの、レイフォンに比べたら、微々たるもんよ。

小首を傾げる妹に、そう言ってやりたいが、なんとなく責めるような口調になりそうな気がして、口を閉じた。

「……リーリン?」


むす、とした表情になっていたのだろう。
妹が不安そうに見上げてくる。

さて、どうしたものか…とリーリンは考えた。
正直、妹と遊びたいし話したい。
だが明日は試験である。
でも今日を逃したら、次 いつ休日が重なるか わからない。
しかし明日は算数がある。他の教科は学年トップをとれる自信があるが、算数はない。
円周率って何よ。円柱の表面積が生活の何に役立つってのよ。
足し算引き算が出来ればいいじゃない、と幼い陰口を叩こうとも、算数の試験は受けねばならない。
ならば勉強をしなければならない。
だが妹と遊びたい。


…これでは無限のスパイラルだ。
リーリンは 暫くの葛藤の末、気付いた。
そして、閃いた。
机に頬をくっつけて、だだっ子のように軽く頭をふり、いやいや をしている妹を見る。


「ね、レイフォンは有休とかとれないの?」

きょとん、とした表情で頭を上げた妹は首をひねった後、渋い顔をした。

「お休みはなるべく取りたくないよ。
出れる戦場は出ないと…僕は戦闘しか取り柄ないしね」

そんなことはないと思うし、もし そうだとしても、その取り柄で生活できるレイフォンは凄いと思う。

そのような意味の言葉を返したら、妹は ほわっ と笑い、照れたように頬をかいた。

「…でも取ろうと思えば取れるのね?」

「うん。取ろうと思えばね」

「じゃぁ、賭をしよう」

「賭?」

ぎく、と妹の顔が強張ったのがわかった。
なんだろう?なにか不利な条件でも出されると思ったのだろうか?
…いや、なんとなく違う気がする…。

リーリンは探るように じっ とレイフォンを見るが、妹はすぐに動揺を消し、何の賭?と尋ねてきた。

「私が算数で学年トップになれるか否か。
もし私が算数で学年トップになったら、レイフォンは私の休みに合わせて、1日有休を取って、1日私に付き合うこと!
なれなかったら、……んー なにがいい?」

「じゃぁ、僕が休みの日に学校 休んで!」

間髪入れずに返ってきた答えに首をふる。

「それはダメ。他は」

「んーー、じゃぁ、…うーん…3日間、緑の野菜抜きのメニューにしてー」

「……1日だけよ」

「えーー」

不満そうな妹に笑いかける。
だいたい、嫌いなものなんてない妹なのだ。不満そうなのはポーズだけだろう。

現に 暫くして、妹もクスクスと笑い出した。


「約束だよ?」


「約束ね」


「絶対だよ」


「うん」


「じゃぁ、もう邪魔しません」


「ならばよし」


クスクスと笑い合って、内緒話のように話す。


暫くして、昼食と夕食の買い出しに出掛けた妹を送り出し、緩んだ頬を抑えようともせずに席につく。


さぁ、なにがなんでも、勉強せねば。


妹を構いたいし、構われたい。
そのために算数を撃破する。

「よし!やるぞ!」


自分に活を入れて、机に向かう。

陽気な光を浴びながら、リーリン・マーフェスはひたすら脳と手を働かせたのだった。







結果は言わずもがな、であり、リーリンは見事 妹との休日を獲得したのであった。

日参している携帯サイトぽつり。のゆく様からキリ番リクエストでいただいたレギオス小説!「グレンダン時代のレイフォン+リーリンのほのぼの」です!いいですね、ほのぼのvv大好きですv

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