BUNNY APPLE

「レイフォン、約束の時間ですが?」
「あっ、サヴァリスさん。すみませんが、今日は行かれません。弟が熱を出しちゃって、離れられないんです」
「……しょうがない。諦めます。ところで、その手に持っているものは、何ですか?」
「えっ。知りませんか?これはーーーーー」

──────────

(夢、か)
レイフォンは、ぱちりと目を開けた。視界一杯に天井が映る。よく見慣れたものだが、寮の自室ではない。病院だ。倒れる瞬間を自覚していたから、自分がここで寝ていることに驚きはしなかった。それよりも、病院特有の白さに目を細めながら、もう少し寝てもいいかなとぼんやりと思った。
(あの後、サヴァリスさんに、食べさせろってがままを言われたんだっけ)
夢の断片に思いを馳せれば、懐かしさに頬が弛む。夢の続きが見たい。
けれどレイフォンは、全てを放り投げて、夢の世界に逃避することなど、できなかった。

──────────

時は少しさかのぼる。
ある意味で十七小隊専属となった医療科の先輩とその担当患者を連れてきたシャーニッドは、一枚の診断書を前にして、同時に溜息をついた。
「「睡眠不足……」」
異常なしという文字と共に、備考欄に書かれた一言だ。それを確認して、シャーニッドはあちゃぁと額に手をやった。
「ったく、ひやりとさせやがって」
ちらりと傍らのベッドに視線をやれば、レイフォンがそれはそれは気持ち良さそうに寝ている。
「まったくだ。次は何だと緊張したが」
やれやれと医師は点滴の減り具合を確認しながら苦笑した。今年に入って何度目かの点滴だが、今彼の中に規則正しく入っていく液体は、ただの栄養剤だ。
「さて。とりあえず今日は入院だな。点滴でもしていれば、少しはおとなしくしているだろう」
医師は苦笑混じりに言ったが、シャーニッドは乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。

出ていく医師を頭を下げて見送った後、シャーニッドはレイフォンに向き直った。
「頑張りすぎなんだよ、おまえさんは」
汚染獣戦や都市戦など、ここ最近は武芸者でも弱音を吐きたくなるような怒涛の日々が続いている。加えて毎日の訓練。ああ、こいつは機関掃除もしていたな、とシャーニッドは思い出す。
「で、いつ休んでいるんだ?」
尋ねても答えはない。寝息が聞こえるだけだ。
寝ているその顔を見れば、いつものぽけっとした表情が隠れ、本来の造作がよくわかる。さまざまなものを背負っている後輩の横顔。
「綺麗だよな」
女性を表す時のような綺麗さではなく、どことなく胸を衝く綺麗さだ。同年代、多種多様の人間が集まるツェルニでも、こういう顔をする人は少ないだろう。
シャーニッドは額にかかった髪を払ってやりながら思う。武芸でも歩んできた道程でも勝るものはない。それでも先輩として後輩の成長を導きたいと、見守りたいと、思うのだ。

だから。

病室の扉を振り返ったシャーニッドの視線が鋭くなった。
「……何しにきた」
「レイフォンが倒れたって聞いたから、見舞いに来たさ〜」
開いた扉から現われたのは、レイフォン曰く『いけ好かない奴』ひいては十七小隊の敵、ハイアだ。
「悪いが帰ってもらおうか」
「おや、冷たいさ。可愛い弟の面倒は俺っちが見てやるから、ツェルニの学生さんはお家に帰ってお勉強でもしてればいいさ」
「生憎、こいつと違って学習面には問題がないもんでね」
二人とも無口な質ではないので、帰れ、帰らないの応酬は激しさが増す。
それもすぐに言葉では埒があかなくなり、二人は睨み合う。
手は同時に腰に伸びる。
錬金鋼を掴む。
息を吸う。
ハイアが一瞬早いか。


「レストレーション」


二人の顔の間で青い光が弾けた。
「「レイフォン」」
上半身を起こしたレイフォンが刀を握っていた。刀身から殺気が零れる。それをまともに受けた二人は冷や汗を流し、慌てて弁解を口にした。
「わ、わるい。煩かったよな。だけど悪いのはこいつだ」
「俺は見舞いに来ただけさ。なのにこの男が出ていけっていうから」
「当たり前の判断だ」
「な、レイフォン。今日は俺っちが看ててやるさ」
「それはこっちでやるからいいと言っている」
再びわいわいと始まった言い争いに、レイフォンは疲れたように刀を下ろした。とりあえず、静かにしてくれと言おうと顔を上げた、その目前で。

二人は爆煙に包まれた。

「えっ」
晴れた視界の向こうには、ひらひらと軽やかに舞う蝶々型念威端子がいた。
「デルボネ、さん……?」
「はいはい。こんにちは、レイフォンさん」
「あの、これは」
不意討ちの念威爆雷を受けた二人は、見事に床に伸びていた。
「ええ。陛下に邪魔者を片付けるように言われましてね」
邪魔者と言っても、少なくとも先輩は自分を病院まで運んでくれた恩人なのだが。それに、
「ここ、病院ですが」
「でも貴方に被害はなかったでしょう?」
ふふふと笑う声は得意そうだ。レイフォンは何も言い返せずに黙った。言う言葉が見つからなかったこともあるが、病室の入口の向こうに新たな人物の気配を察知したからだ。

「回診の時間よー!」
病院にふさわしい、いや死にかけの人間でさえ眉をひそめそうなぐらいの明るさで、一人の女性が病室の扉を開けた。彼女は胸のあいた、何とも挑発的なナース服に身を包んでいる。
レイフォンはその人物を一瞥することもなく、ただ無言でシーツの中に潜り込んだ。
「レイフォン・アルセイフくーん?どこか痛いところは、なーい?」
「……」
もぞもぞと深く入り込む。
「レーイーフォーンくーん!」
名前を連呼され、ぐいぐい体を揺すられる。レイフォンのささやかな抵抗は、長くは続かなかった。シーツを下ろして顔だけを見せる。礼儀などこの際気にしない。
「何がしたいんですか……陛下」
「ナースごっこよっ!」
この服着てみたかったのよね、と目を輝かせる陛下に、あからさまに迷惑そうな目を向ける。
「……」
「……冗談。看病しようと思って来たの」
その思わぬ言葉と慈愛が込められた優しい視線に、レイフォンは目を見開いた。だがすぐにアルシェイラの纏う空気は元に戻る。
「と、言う訳で」
楽しそうに呟くと、突然、シーツを強引に引っ張った。
「わぁ!」
感動の余韻にひたっていたレイフォンは、いきなり奪われた上掛けを追うようにして、がばりと体を起こした。
しかしその額に人差し指があてられる。それだけでレイフォンは起きれない。
「起きたら、ダーメ」
そのままおとなしく横にならざるをえない。枕に頭が乗ったことを確認すると
「それでは、しっつれいしま〜す」
と言って、アルシェイラはにんまりと笑った。何をする気だと顔を強ばらせるレイフォンの襟元に手をかけ、左右に開く。入院服だ。簡単にはだけてしまう。女王の眼前にレイフォンの素肌がさらされた。
「へ、陛下?」
これは何だ。看護じゃなかったのか。そもそも看護の意味をわかっているのか、この方は。

ベッドに腰掛けた陛下が、すらりとした指先で鎖骨に触れる。
そこから、何かを流したのか。
ぞわりと背中に電流が走る。
この女王は本気で何をするのか、わからない。
レイフォンは半ば恐慌状態に陥って、ベッドに張りついた。

誰かこの人を止めて。そう思った時、適任が現れた。
「陛下ー!もう。突然、城を抜け出さないでください」
カナリスだ。彼女は憤然としながら病室に入ってきたが、ベッド上の患者、アルシェイラに服を剥かれたレイフォンに目を止めて、ひくりと頬を引きつらせた。
「陛下!!い、一体、レイフォンに何をやろうと」
「別に疎ましいことはしていないわよ。診察よ、し・ん・さ・つ」
「本当ですか」
「うん、ちょっぴりレイフォンの成長を見てみたかった、ってのもある」
えへと冗談めかして笑ったアルシェイラであったが、カナリスは前者の発言が真意だと見抜いて、溜息を吐くに止めた。

とりあえずその場は収まったが、気付いてみると、あまり広くない個室には、天剣授受者が集合していた。

「こんにちは、レイフォン」
「サヴァリスさん」
「陛下に襲われそうになったのかい?身の危険を感じたら、実力行使に出てもいいと思いますが」
「……いや、陛下相手にできるわけがないでしょう」
「じゃ僕を呼んでください。一緒に戦いましょう」
「あほ。おまえは戦いたいだけだろ」
サヴァリスの後ろから現れたバーメリンは、楽しそうに反逆をほのめかす男に呆れた視線を送る。
「ったく。それよりも」
呟くとレイフォンの乱れた入院服を直した。
「あっ。ありがとうございます」
「ちょ、バーメリン。眼福を何してくれんの」
あーもったいない、と言いながらトロイアットは片手を上げる。
「よぉ。レイフォン」
「……どうも」
「はい。変態はどきなさい」
「レイフォン君、大丈夫?」
首にカウンティアを巻き付けながら、リバースは果物の入った差し出した。
「私達からのお見舞よ?」
「ありがとうございます」
リバースの頬笑みにつられるように、レイフォンの頬もゆるんだ。

そこへ新たな人物が加わる。
「おい」
声のした方に顔を向けてレイフォンは衝撃で固まった。
「リンテンスさん……?」
なぜかリンテンスがいつもより白い。その原因は
「白、衣?」
そう、いつもの黒衣ではなく、アイロンの当てられた皺一つない白衣を着ていた。不思議そうなレイフォンの視線を受けて、リンテンスは不機嫌そうに眉を寄せた。
「おい、陛下。俺の服をどこにやった」
髪から覗く眼光は鋭い。
リンテンスを見たアルシェイラは、彼の機嫌などお構いなしに笑い声をあげた。
「ぷっ。やだー、似合わない」
「おまえが置いていったんだろ」
起きたらこれしか着る服がなかった、とリンテンスは言う。
「掃除に行ったついでに、ね。その服、ナース服とセットで届いたのよ。そっちはいらないから、リンにあげる。ありがたく受け取っておきなさい」
「……」
リンテンスは、陛下の言い分を聞いて一層眉間の皺を深くした。だが彼にはこれしか服がなくても、我慢して着てきた理由がある。レイフォンを見ると口を開いた。
「で。どうしたんだ」
これでも弟子が倒れたと聞いて、心穏やかではなかったのだ。時には馬鹿をやるが、自己管理はきちんとするガキだったから、特に、だ。
だが心配された方のレイフォンは、あーうーと唸った。
武芸者などは、よっぽどのことがなければ倒れない。そのよっぽどのことが起きた、要因が何とも情けなくて、言いあぐねる。
「あの、そのー。たぶん、睡眠不足のせいです」
「なんだと?」
「一夜漬けを続けていて」
ここは学園都市だ。大きな行事があっても、合間にきちんと定期テストが行われる。もちろんレイフォンは計画的な勉強などしていたはずもなく。ならば取る方法は一つ。短期集中、丸暗記だ。
「何日寝てないんだ」
「一週間は経ってないと思います……あは、ははは………」
つまり体の疲れは回復できても、勉強という慣れない作業によって溜まった頭の疲れまでは、残念ながら回復できなかったのだ。加えて直近の連戦などが相まって、とうとう神経の方が悲鳴を上げたのだ。
先程まであるまじき煩さを呈していた病室に、沈黙が落ちた。
事情を察した一同の同情的な視線が、レイフォンに集まったのだった。
沈黙が支配する病室。
いや、言葉がなくとも、みんなの視線が十分に言いたいことを伝えている。
レイフォンは居たたまれなくなって、顔を俯けた。武芸では、こんな視線を向けられたことはない。情けないやら恥ずかしいやらで、顔に熱が上がる。一緒に熱くなっていた瞳がじんわりと湿り気を帯びる。
「レイフォン」
アルシェイラに呼ばれるが、顔を上げることができない。自分の顔に浮かんだ表情をどう対処するかに困ったからだ。すると、ぽんと頭に手が乗った。その大きな手に誘導されるがまま、顔を上げる。
瞳に薄く膜を張っていた涙は、サヴァリスの唇によって拭われた。仕上げとばかりに目元にリップ音を響かせると、驚くレイフォンをよそに、
「はい、陛下」
青年はにこやかに笑った。
「サヴァリス、あんたは」
アルシェイラは、ハアーと大仰に溜息をつくと、レイフォンの顔を上げている青年の手を払い落とした。そして呆然としているレイフォンの頬を両手で包み、意識を向けさせた。
「で、レイフォン。結局、重大な病気って訳じゃないのね」
先程、剄の流れに異常がないことは確認したが、さすがに内蔵疾患まではわからない。
「は、へ?あっ。睡眠不足以外は何もないと思います。心配をおかけして、すみません」
「なら、よろしい」
ぽんぽんと頬を叩いた後レイフォンを解放すると、アルシェイラは背後を振り返った。そこにはレイフォンになんてことをー!と叫びながら、サヴァリス抹殺を試みる連中がいた。
「ちょっと煩いわよ!この子が倒れた理由もわかったことだし、心配もないようだから、あんた達は帰った、帰った」
「おや、陛下はどうするんです?」
リンテンスの操る鋼糸を器用に避けながら、サヴァリスは問う。
「決まっているじゃない。私はレイフォンの付き添いに、ここに残るわ」
「ええっ!」
その発言にレイフォンのみならず、殺気を飛ばしていた他の天剣も食い付いた。
「お待ちください、陛下!そもそも病人の看護なんてしたことがないでしょう?こういうのは私にお任せください」
カナリスが自分を示す。確かに彼女は影武者として、様々な能力を身につけてきている。病人の世話もお手のものだろう。
「あらあら。看病なら、レイフォンさんの情報が全て頭に入ってる、私が適任だと思うのですが」
デルボネも名乗りを上げる。
「いや、なんか違うだろ」
「あら。がさつなバーメリンこそ無理よ。レイフォンには私達が付き添うわ」
「リバースしか見てない女が何を言う」
「って言うか、女王の発言を優先しなさいよ。今日の私は看護士なの!レイフォンにあーんってやったり、体を拭いてあげたり、するんだから」
「どうぞ陛下は公務をおやりください」
女性陣の言い合いは過熱する。
誰もが久しぶりのレイフォンとの再会なのだ。ゆっくり話す時間が欲しい。しかも具合が悪いのなら看病をしてあげたい。だがそう思うのは男性陣とて同じ訳で。
「ふぉふぉふぉ。のお、レイフォン。入院ってものは概して暇なものよ。ここは一つ、わしの若い頃の武勇伝を語ってやろう」
「おやっさん、最近の若者はそんなん面白がりませんぜ。それより俺の夜の武勇伝とか、どうだ?」
ティグリスを押し退けトロイアットが提案する。それを迷惑そうに見やるのは、サヴァリスだ。
「変なことを吹き込まないでください。トロイアットさん」
「なんだ、サヴァリス。たまにはレイフォンを貸しやがれ。どーせおまえは、それよりすごいことをこいつに仕込んでいるんだろ?」
「ふっ」
「……億万に散れ」
こちらはこちらで、収拾がつかなくなった。レイフォンは、ツッコミたい箇所がたくさんあったが、口を挟むタイミングなどあるはずがなかった。

「うー……眠い」
皆が自分のために付き添いを名乗り出てくれていることは、わかっている。だが結局のところ、レイフォンは眠くて、できるなら喧嘩をしている大人をほっておいて寝てしまいたいのだ。
(寝る?そうだ、夢の続きが見たかったんだっけ)
そこに出てきた人物の顔をふと探せば、ぱっと目が合った。目線でどうしたのかと問われたが、レイフォンは顔を赤くして視線をはずした。
(あー!そう言えば、さっきサヴァリスさんに…!!)
溜息がもれた。病院のベッドで目を覚ましてから、いろいろなことが起きた。とりあえずとレイフォンは、リバースとカウンティアがくれたリンゴを取り上げた。眠気ざましに頂こうと考えたのだ。ナイフを取出し刃をあてた、まさにその時。
「それよ、それ!」
アルシェイラが手を叩いた。

──────────

「看病ならば食事の世話も必須条件!」
そう言う陛下の言葉に、リンゴ皮剥き大会が始まった。リンゴを食べられる形にすれば良し、だ。と言ってもリンゴは三つしかなかったので、くじ引きによって挑戦者が選ばれた──リンテンス、サヴァリス、そしてアルシェイラの三人だ。ハズレを引いた天剣は、何でよりによってそいつら!と思いながらもおとなしく観客に回る。この三人なら、どう見ても器用なリンテンスの勝利だろう。

「じゃ始めるわよ」
アルシェイラはリンゴを頭上にかざした。
「用意、始め!」
ぷしゅ。
合図と同時にまるで号砲を表すかのように、みずみずしい音が響いた。皆何が起きたのかと視線を巡らせば、原因はアルシェイラだ。彼女の手中のリンゴは見事に粉砕していた。力の入れすぎが原因だろう。
「陛下、失格です」
カナリスが冷静に審判を下す。
「えー。今のなし!」
女王の抗議をよそに、
「できた」
リンテンスが声を上げた。彼の手の上には、もとの形そのままに皮だけがないリンゴがあった。足元には少しの誤差もない厚さの皮が落ちていた。
「やるわね……でもリンゴを剥くのに、天剣を使わないでよ」
「ふんっ」
アルシェイラは、サヴァリスを見た。彼はリンゴを持ったまま、動いていない。
「サヴァリス?」
「いえね。口移しをすればいい話だから、切らなくてもいいかな、と」
「サーヴァーリースー?」
「冗談です」
やれやれと首をふったサヴァリスは、人差し指でリンゴの中心をついた。するときれいに八等分に割れる。 「レイフォン、ナイフを」
「はい」
サヴァリスの手が刃物を操る。その目は滅多に見れない、本気の真剣さが宿っていた。皆が見守る中
「できました」
ほっと空気を吐き出して、そしてお皿に出したものは。
「あっ」
果実はかくかくとしていて、お世辞にも上手に剥けたとは言えないが。
「どうぞ?」
赤いとんがった耳のまぎれもない、それは
「ウサギリンゴ……」
レイフォンは惹かれるように、そのお皿に手を伸ばした。
「以前、弟に作っていましたよね」
「覚えて、いたんですか……」
「ええ、もちろん。実際に作ったのは今日が初めてですが」
レイフォンは目を見開いた。自分が作ってあげることはあっても、リーリンが弟妹のために作ったものを分けてもらったことはあっても、自分のために作ってもらったことは、実はあまりない。嬉しさにレイフォンは頬を紅潮させた。サヴァリスはその姿を目を和ませて見守った。八匹のウサギリンゴを挟んで、温かな空気が流れる。

だが二人を囲む一同は、むしろ冷えきっていた。
「格闘バカがウサギリンゴ」
ありえないと呟いたアルシェイラの言葉が、皆の気持ちを代弁していた。リンテンスは二人を横目に、部屋の隅で自分の剥いたリンゴをかじった。
「あーあ。こりゃサヴァリスの勝ちだな」
トロイアットに異を唱える者はいない。何よりレイフォンの視線がサヴァリスの剥いたリンゴに釘付けだ。 「さて、陛下」
「……わかっているわよ。レイフォンはあんたに任せるわ」
「ありがとうございます」
「はいはい。みんな帰るわよ」
渋々ながら皆、女王に従う。天剣達がまたねと手をふって出ていく中で、アルシェイラは足を止めて振り返ると
「忘れてた」
リンテンスに指示をして、床に倒れていた男二人──シャーニッドとハイアを回収していった。


病室にはレイフォンとサヴァリスが残された。

──────────

レイフォンは優しく指先で持ち上げていたリンゴを、そっと皿に戻した。
「食べないのかい?」
「もったいなくて……サヴァリスさん」
「ん?」
手招きされたサヴァリスがベッドの縁に腰掛けると、レイフォンは体を寄せる。
「ありがとうございました」
仄かに色づいた顔を俯かせながら呟き、そしてその顔を上げて。

二人の間であたたかな熱が共有された。

サヴァリスは自分の剥いたリンゴを一切れ口に含むと、再び距離を縮める。
「ん、」
しゃりと涼やかな音が響き、水分が弾けると同時に口内で甘さが広がった。
顔を離すとレイフォンの口端から蜜が溢れる。サヴァリスはそれを親指で拭いとると、ぺろりと舐めた。

「ああ、そう言えば。もう、作りませんから、ウサギリンゴ」
「?」
新しい一切れを口にくわえながらレイフォンは首をかしげる。
「これは、病人のために作ってあげるもの、なのでしょう?」
「……」
あの時、僕も食べたいと言うサヴァリスにそう言った記憶がある。あの頃リンゴは貴重なものであったし、弟が待っていたから咄嗟についた嘘ではあったが。
「だからこれが、最初で最後です」
と真摯に言われてしまえば、訂正することができなかった。
咀嚼していたリンゴを飲み込んだレイフォンは殊勝に頭を下げた。もう、彼に看病されるという事態にならないように。
「気を付けます」



倒れて、夢を見て、病室で目を覚まして、たくさんの人に心配してもらって。
そして大切な人が剥いてくれたウサギリンゴ。


「付き添いが、サヴァリスさんで良かった」
「おや?」
「夢よりも、本物がいいから」
「え?」
レイフォンは問いただそうとするサヴァリスの口を、手に取ったウサギリンゴで封じて、笑った。
「何でもないです」


結局レイフォンは、言葉の意味を語ることなく眠りに落ちてしまった。
ベッドの傍らにある椅子に座り様子を見守るサヴァリスには、シーツの下で繋がれた手を通して感じる体温と、最後に食べさせられた甘いウサギリンゴの味が残るのだった。


Fin.

絶賛日参中な携帯サイト螺旋の煌夜様からキリリクでいただきました。「レイフォン総受けサヴァリスオチ」です。サヴァレイもさることながらリンテンスさんの白衣とか超素敵なもの想像して顔がにやけまくりですvvありがとうございましたv

← 戻る