その日は早くに仕事が終わったからと、珍しく新婚さんらしい二人きりの時間を過ごせていた。
ボスへの就任からまだそう間もない事もあって、会談などで割合タイトなスケジュールをこなすザンザスだったから、夕刻に帰ってきた事自体が珍しい。できるだけ幼い妻と朝食ぐらいは一緒に取るようにしていたが、夕食となると月に数回も怪しいザンザスだったので、都奈も喜んだ。
「もうちょっと早く知らせてくれたら私が作ったのに…」
と少し拗ねて見せる都奈。
「そりゃあ残念」
軽く肩を竦めるおどけた仕草以上に、確かに彼は惜しがっていた。
もう十年以上前になるが、父と共に数度日本へ行き沢田家に滞在した折に食べていた奈々の手料理は、ザンザスにとってお袋の味なのである。
その直伝でかなりの腕前らしい都奈の手料理に、自分だけ中々ありつけていないことを、実は旦那様は結構残念がっていた。
それを食べたらしい側近―――の中でも特に当り易いカス鮫ことスクアーロに、思わず大理石製の重い灰皿を力いっぱい投げつけた位には。
食後はザンザスの私室でDVD鑑賞。こちらのTVの方が大型だし設備もいいので、と。
世界的に知られるファンタジー小説の実写作品である映画は、娯楽大作との謳い文句に偽りは無かった。
CG過多の感は否めなかったが、それでも美麗な映像と出来るだけ原作に忠実にと丁寧に作られた作品にケチをつけるほどザンザスは大人気なくはない。
脚の間に座らせた都奈が、素直に自分に凭れながら大きな琥珀の瞳をキラキラさせて画面に釘付けだったので、尚更だ。
少し怖いシーンになると、彼の腕を捕まえて包むように回させ、ギュッと抱きついてくる所は、幼い頃と変わらない。
その頃と違うのは、腕を回した部位―――胸元に柔い膨らみがあることだった。
DVD鑑賞が終わったのは、そろそろ風呂を使って寝支度の頃合かという時刻で。
「何だったら一緒に入るか?」
と聞いてくる年上の男に、真っ赤になった少女は全力でお断りした。
「ヤですっ、お先にどーぞ!」
ちょっと強く都奈が言ったのは、男が前科持ちだから。
その時先に入った都奈は、後から来た男にお風呂で色々致されてしまったのである。
あんな恥かしいのは御免だと、思い出して更に全身を真っ赤に染めつつ、少女は首を振った。
かなり面白がっているらしく、くつくつ笑って「そりゃあ残念」と言いながら風呂場へと至る扉へ消える男は、残念だが都奈とは経験値がまるで違うのだ。
少女は真っ赤な顔のまま、ソファーに突っ伏した。
双方の部屋から繋がるベッドルームだけでなく、こうして互いの私室へも普通に出入りするようになったのは、ここ数ヶ月のこと。
わざわざ戻らなくてもいいだろうとのザンザスの言葉に、彼の部屋の方のバスルームを使う様になったのも同じ時期からだ。
何だかんだでもう何度そうしたかも覚えていない上、いつ来ても大丈夫なよう備え付けの収納には都奈用の引き出しがあって、其処には下着やらアメニティーが入っているのである。
なんとも恥かしいことに。
シャワーしか浴びないせいか、ザンザスは烏の行水もいい所で、都奈の顔から赤みが消える暇もなく出てくる。
「…〜っザンザスさん!!」
腰に厚手のとはいえバスタオルを巻いただけで出てきた夫に、まだまだ羞恥心一杯のお年頃の奥様は抗議の声を上げた。
その様子を予測した上で、面白がってその恰好で出て来る男は、「ぶはっ」と笑って備え付けのクロゼットへ向う。
「ほら」と投げて寄越されるのは、パジャマの上。
下のズボンは彼が履く。
何時もながらになんともベタで恥かしいと、少女の頬はピンク色からまた色を濃くする。
でも此処で抗議するのも薮蛇なので、都奈はそれを持ってバスルームへ行った。
…前に恥かしいからヤダと言ったら、「なんならバスタオル一枚で上がってくるか」とからかわれた事があるのである。
もっと恥かしいわっ!
あんまり長風呂していると、それこそまた乱入されそうな気がして、都奈は気忙しくシャワーを浴びた。
洗って乾かしたての髪をふわふわさせながら、出てきた彼女は、ザンザスがキャビネットに向かいこちらに背を向けていたので小首を傾げた。
低い話し声に、電話中らしいと察した彼女は、出来るだけ音をさせないよう、そろそろとソファーに戻った。
革張りのソファーの前のローテーブルには酒の仕度をしていたかグラスやら氷やらが置いてある。
そして、汗を掻いている銅製のマグとその側のジンジャーエールの瓶を見て、『ザンザスさんでもジュースなんて飲むんだなー』と思ってほにゃっと顔を綻ばせた。
なんだか可愛いかもーと思った彼女は、勿論マグの中身に酒が入っているなんて予想もしていない。
喉渇いたし、ちょっと貰っちゃえ―――と氷の冷たさを伝導させた金属製のマグを都奈は手に取り、口をつけた。
電話を終えたザンザスはソファーに戻り、其処にちょこなんと座る都奈が両手で持っているのが金属製のマグだと気付き、凍りついた。
「…都奈」
掛けられた声に顔を上げた少女は、ほにゃっと笑った。
「あ〜、じゃんじゃすしゃ〜ん」
舌ったらずで、既に呂律があやしい。
色白の頬は甘やかなピンク。
「…飲んだのか」
というよりは、飲んでしまったのかと言うべきか。
男の溜め息混じりの声に、「あい」と頷き、小さな頃の様に都奈は返事をしてきた。
「じゅーしゅ頂らきましたー」
えへへ〜と、何が楽しいか笑う。
ジンジャーエールで飲みやすかったのだろうが、マグの中身が氷とライムだけという事は、酔っ払っているのは最早確定事実だ。
銅製のマグに入っていたのは、ザンザスが目分量で作ったモスコミュール。
氷もゴロゴロ入っていたが、ウォッカとジンジャーエールをほぼ同量で作った物なのでアルコール度数はかなりのものだったのである。
少なくともビールやワインよりは高い。
強い酒を好むザンザスなら兎も角、酒に免疫のない都奈が酔っ払っても仕方が無かった。
「…気分は、…悪くはないようだな」
「美味ひかったれすよ〜?」
こてっと首を傾げる少女に、なら良いとザンザスは言って、ぽふぽふ小さな頭を撫でた。
「もっと欲しーれすー」
言いながらコロコロ笑う酔っ払いの少女はザンザスに抱きついてくる。
何時にない都奈の行動に、ザンザスは流石に少し驚いた。
小さい頃なら兎も角、お年頃のせいかこうしたスキンシップを彼女は普段しないので、ザンザスは驚いた。
「じゅーしゅ飲むー」
おねだりはまったく子供じみたものだったが、ザンザスの首に腕を回して抱きついてくるのは、それなりにお年頃に成長してきている奥様で。
さて如何しようかと彼は軽く天井を仰いだ。
流石に酔っ払いに手を出すのはと思いつつも、胸板に無防備にくにゅっと押し付けられる柔らかさ。
薄手の布一枚越しの膨らみの感触に、ザンザスがここは据え膳喰うべきかと葛藤する事、暫し―――
そもそもそういう心積もりであったから、今年に入ってからなかなか順調に育ってきている膨らみに、彼は手を這わせて相手の様子を窺う。
「んにゃ…っ…、も〜じゃんじゃすさんのエッチ〜」
言いながらも何時もと違いきゃっきゃと何故か楽しそう。
此れはいけるかと、小さな後ろ頭を掬って唇を重ねると、やはりイイ反応を返して来る。
「ん〜」
と小さく上がる声も、心なしか気持ちよさそう。
「…ふぁ…ん〜…ちゅーもっかい〜」
唇を離そうとするとそう甘ったれた声でおねだりして来る幼な妻を、ザンザスは抱き上げた。
「ちゅうぅ〜…」
もう一回とおねだりしたのに聞いてくれないザンザスに拗ねたように唇を尖らせた都奈は、抱き上げられて浮いた足をジタバタさせた。
「…うー…いーもん、じゃあ、ちゅなからちゅうしちゃう〜」
言うや、実際そうしてきた少女に、ベッドルームへと向う男は軽く目を見張った。
自分からするどころか普段はおずおずとしか応えてこない都奈が、拙いながらに自ら仕掛けて来たのだから無理も無かろう。
これはもう、据え膳喰うしかないだろうと、ザンザスは妻をベッドに下ろして組み敷いた。
暗転
目覚めは気だるく訪れた。
「んん〜」
きゅっと眉間に皺を寄せた少女は、うつ伏せの状態でもぞもぞ寝返りを打とうとする。
が、どうにも上手くいかない何故だろうと思ったら、がっちりと腰をホールドされているから。
それを自覚した都奈は、自分が何も着ていないことだとか、触れ合う相手もそうだとかを自覚して、一気に目がさめた。
「ふにゃあああーーーーーっ」
真っ赤になって、若奥様はジタバタ暴れた。
自分が枕にしていたのが旦那さまの胸板だとか、相手にモロにささやかな乳房を押し付けていただとか、なんだか脚からませてたとか―――兎に角全てに都奈はパニックを起こした。
所謂そういう意味でも夫婦となって数ヶ月経つが、こうまで露骨な朝はまだ数える程もなかったので。
起きていたらしい―――少なくとも寝ぼけている風ではない―――旦那さまは、都奈の様子を見てくつくつ笑いながら「よぉ」と言って、彼女の寝乱れた栗色の髪を掻き揚げた。
ちょっと珍しい位に機嫌の良さそうな表情と声だった。
挨拶も出来ずにあたふたと身体を離して、とりあえずリネンを纏う都奈を、伸び上がるようにして頬にキスしながら、ザンザスは更に赤面させる事を耳朶に吹き込んだ。
―――ああ、やっぱりそうですか
はい、判ってましたけどね
薄っすら覚えてなくもないし
色々感触とかで―――
真っ赤になって、少女は朝っぱらから黄昏た。
「ザンザスさんのばかぁ、エロエロ〜っ」
足腰立たなくされた少女は涙ぐんで旦那さまを睨んだ。
なんだかんだで云ラウンド目まで致されたお陰で都奈はくたくたの上腰が抜けているのに、自分はすっきりした顔をしているのだから、此れが睨まずにはいられようか。
「あれは煽り捲くったお前が悪りぃだろうが」
言ってニヤリ笑う顔は、とっても上機嫌。
鮫の綽名で呼ばれる側近さんが見れば、今日はボコられなくて済みそうだと胸を撫で下ろしそうだ。
「リボーンには言っといてやるから、今日はのんびりしてろ」
甘やかす声で言って、ザンザスは円い頬に接吻を落とす。
ふんわり頬を染める都奈に、更に「復習は早めがいいからな。今晩楽しみにしてるぜ?」―――言って、彼女を茹蛸にした。
取り合えず、またいつでも飲んで良いぞと言われたけど、断固拒否の方向で。
酔っ払った自分の所業に頭を抱えた都奈は、お酒なんてもう飲まないと誓った。