Un fragranza dolce

「ひっ雲雀さん」
 その小動物は、一度は必ずどもる。
「こ、こんにちはっ」
 ぴょこんと頭を下げる仕草は、発条(ゼンマイ)仕掛けの人形の様。
 戸口でぴるぴるしながら挨拶してきたその子供は、しかし雲雀が視線を巡らせ「やあ」と言うと、少しだけ肩から力を抜く。
「どうしたんだい」
 と聞くと、ほにゃっと幼い顔が笑みに崩れた。
 只でさえ幼くて甘い顔が、益々蕩ける様は、見ていて面白い。
 綱吉は子供の様に笑う。
 綺麗に見える笑い方なんて、きっと考えても居ないだろう。
 普段、周囲の視線に怯えて俯いてばかりのくせに、笑うときは全開なんてなんとも卑怯だ。

 相も変わらず、どうにもだぼつくセーターをちんまりとした体に纏った少女は、ちょこまかと歩いてきて、雲雀が向うデスクの前に立った。
「あ…あの、リボーンからのお届け物ですっ」
 差し出されるのは、小さめの紙袋。
 何事かと首を捻ると、綱吉も首を傾げる。その様子はぽきっと折れそうで、見ていてちょっと冷や冷やする。
 渡された紙袋に入っていた物とメモを見て、雲雀は切れ長の双眸をちょっと見開いた。

『ちゃおっす雲雀。
この間は呼び出した挙句にフェイクに協力させちまって悪かったな。
コレはオレからの礼だ。
ちなみに今日の綱吉の門限は五時だ。
ちゃんと送って来いよ
R』
―――門限五時って、何処の過保護な父親?
 本当に子供の手かと云う達筆で書された一葉を眺めた雲雀は思ったが、趣旨を理解した彼は顎に手を掛けフムと考える。
 紙袋から取り出したのは、シンプルながら可愛らしくラッピングされた包み。
 それはまだほんのり温かく、バターと砂糖の織り成す甘い良い匂いがしている。

「君、赤ん坊に人身御供にされたみたいだよ」
 ちょっと意地悪して言うと、綱吉は琥珀の瞳を見開いた。
 ぺらりメモを見せると、じわんと双眸は潤む。
「リボーンのあんぽんたーんっ!!」
 感の告げる方に向って、綱吉は叫んだ。
 あえて馬鹿とは言わない。
 馬鹿は手前ぇの方だろうとお仕置きされそうなので。

ぷくっとやわらかそうな頬を膨らませ、綱吉はお茶を煎れた。
 あいにくと日本茶と珈琲しかないよと雲雀が告げたら、許可を取った少女はゴソゴソ戸棚を漁って焙じ茶を発掘した。
 香ばしい匂いに程よいコクのある飲み物は、手製らしい茶菓子に良く合う。
 メイプルのと胡麻のとビスケットです―――包みを開けると少女は説明した。
 ふーんと言ってメイプルクッキーを摘んだ雲雀は、ぱくんと小さめのそれを口に放り込んだ。さっくりしたそれは、程よい甘さで。
「…美味しい」
 思わずと、出た。
 その言葉に、綱吉は薄っすら頬を染めた。
が。
 少女の様子に気付かなかった少年は、「やっぱり君の母親、料理上手いんだね」と言って、少女をがっくりさせた。
 しょんぼり落ちた肩に首を傾げた雲雀は、胡麻クッキーをもぐもぐ咀嚼しながら、少し考える。
 癖なのか、顎のあたりに触れる指が綺麗だと、綱吉は思う。節がそれなりに目立つ繊細とはいえない指だが、端正な作りをしている。

 徐に立ち上がった雲雀の次の行動に、綱吉は唖然とした。
 挟んだローテーブルに手を着いて身を屈めた雲雀は、綱吉に顔を近づけ、くんと匂いを嗅いだ。
 その行動に顔を真っ赤にした綱吉に、至近距離で彼は問う。
「もしかして、これ君の手作りだった?」
頷くべきか、頷かざるべきか―――
 綱吉は小さな頭で葛藤した。
 しかし、妙に鋭く感を働かせた雲雀は、先手を打ってくる。
「嘘、つくんじゃないよ。嘘ついたら咬み殺す」
 綱吉は一瞬で降伏した。
「つ、作らせて頂きましたッ」
 バターと砂糖とメイプルシロップの甘い香りを纏った少女は、ちょっと涙目になりながら、即答した。




 手作りのお菓子は甘ったらしく無くて美味しかった。
 日本茶では確かに負けただろうが、焙じ茶の程よい香ばしさと良い釣り合いだ。
 普段甘いものを余り好んで食べない雲雀でも、美味しく食べる事が出来た。
「君食べないの?」
 と作成者に尋ねると、基本食欲に乏しい少女はきょとんとして、じゃあと一枚ずつ焼き菓子を食べた。
 相変わらずデフォルトで食が細い。
 綱吉が一枚を食べる間に雲雀は二、三枚食べてしまう。
 さくさくクッキーを食べる少女は、キャラメルブラウンの髪と黒目勝ちのやたらとでっかい瞳のせいでハムスターっぽい。
 目にも味覚にも楽しいティータイムだった。

菓子を食べ終えお茶も飲み干すと、雲雀はちらり時計を見て、さてと立ち上がった。
「行くよ、沢田」
 後片付けは草壁に任せるからと鬼の発言をして、雲雀は綱吉の細い手首を掴んで歩き出す。
 痛くは無かったが、びっくりした。
「雲雀さん?」
 首を傾げて聞いてくる少女。
「いいから、黙って付いて来なよ」
 ゴーイング・マイウェイに風紀委員長様は仰る。

 連れていかれたのは駐車場。
 教職員だの来客の為の筈のスペースの一角に、雲雀の愛車たる鋼鉄の馬カタナは在った。
 大型バイクにきょとり目を見開いた綱吉に、収納からヘルメットを取り出した雲雀は「後ろに乗って」と言う。
 綱吉にヘルメットを渡すと、彼はさっさと跨りエンジンを掛ける。
 ぽかんとする綱吉にトロイ子だねと言いた気な視線を向けつつ、雲雀は取り上げたヘルメットを綱吉の頭にズボッっと被せた。
「うひょあ」
 と妙な声を上げる少女を雲雀はシートの後方に座らせる。大型バイクのシートに細身の二人なのでどうにか治まった。
「しっかり掴まってなよ」
 鈍くさそうな子なので念入りに言って、雲雀はアクセルを吹かした。
 並盛の支配者さまはノーヘルなんて何のその、初めから結構かっ飛ばして走り出した。

行きも帰りも結構な時速で走られ、慣れない綱吉は帰るや玄関先にへたり込んだ。
 脚がガクガクになっている。
 そんな少女をひょいっと抱き上げ、雲雀は沢田家のチャイムを鳴らした。
「ひっ雲雀さん…!お…下ろして」
 あたふた綱吉は言っているが、そんなの知ったこっちゃねぇというのが雲雀 恭弥様の性格である。
「はーい」
 朗らかに声を上げて出てきた奈々は、「まあぁぁぁあ」っとテンションの高い声を上げた。
 瞳がキラキラしている。

「…この人…」
「…母です」
「………そう」
 ああ、あまりの童顔とか似てるのとかにビックリしているんだろうなぁと、今までの経験から綱吉は生温く思う。
 自分でもちょっと母のDNA強すぎねぇ?と自覚はしているので。
 でも女と生まれたからにはあのゴツくてマッチョな父親に似るのも確かに嫌だから良いと言えば良いのだが。

 リビングに綱吉を下ろした雲雀は、お茶でも飲んでいってという奈々を礼儀正しく(ちょっと意外だった)かわし、あっさり帰っていった。
 その後の母の「つーちゃんの彼氏なの?彼氏なのね!?」
 というハイテンション乙女モードに気圧され、綱吉はよれよれ壁に寄りかかりつつ部屋へと逃げた。


「…りぼーん」
 母さんが大変だよォと愚痴る綱吉に、ちろんと漆黒の双眸を向けたリボーンは、ニヤリとニヒルに笑う。
「楽しかったようだな」
 でもそうだろう?と聞かれて、ううんとは言えずに綱吉は「うー」と複雑そうな声を上げた。
「バイクでデートか」
 うっわ甘酸っぺぇーとは心の中だけで思ったが。
「うん、雲雀さんね、お菓子のお礼って、海連れてってくれた」
 綺麗だったよーとほにゃっと笑み崩れる顔は純真。
 バイクもちょっと怖かったけどぶわーって気持ちよかった―――リボーンは、報告してくる愛弟子のぽわぽわの栗毛を撫でてやった。
 どうやらこの間泣かせてしまった愛弟子へのご褒美も上手く言ったようだと、家庭教師さまはひとまず胸を撫で下ろした。

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「青天(『雪月花』で連載中ヒバツナ♀連載)設定でツナと雲雀さんのほのぼの応接室お茶会(お茶菓子はツナ手作り)」というリクエストでした。超かわいい・・・!何がって二人ともですよ!(落ち着け)。

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