Time out

放課後と言えば学校の一日の終わり。
その後は部活に励む者、そのまま帰路に着く者、または友人と遊びに寄る者もいる。
うん。それが普通だ。
だが、
「僕は何時になったら帰れるんだ‥‥?」


誰も居なくなった静寂な教室。
夕日に照らされ教室全体が橙に染まるそんな中、カリカリ‥と忙しくペンが動く音だけが響く。
「あと、もう少し‥っ」
窓際の席に着き、必死に用紙に目を通す鳶色の少年は切羽詰まったように呟いた。少年の目の前には用紙が山のように積まれている。
一体何時間掛けてこの半端ない用紙を書き上げたのだろう?
少年は遠い目でその山を見つめると、手からシャーペンを離す。
指が痛い。それに疲れてきた。
少しぐらい休憩してもいいだろうかと、ぐっと背筋を伸ばし天井を見上げる。
ぼぅっとする意識の中、一時でも用紙から意識を放すと、今度は今まで奥底に鎮めていた思いが沸々と湧いてくる。
そう、今まさにこの状況になった原因をだ。
「(元はといえば、あの人達のせいじゃないか!)」
心の中で強く叫んだ。本当は口に出して叫びたかった。誰も居ない教室だから叫んでも迷惑にはならない。ならないが‥。
虚しい気分になるだろう。
少年は小さく溜め息を零すと、今日の一日を回想しだした。




「え?今日、小テストだっけ?」
朝。学校に着くと、おはようの挨拶ではなく、小テストの勉強したかと問い掛けられた。鳶色の少年は目をぱちくりした後、首をこてりと傾げる。
ああ、なんて平凡なんだろコイツ(心の中ではさっきの仕草が可愛いなぁと思ったり)。
問い掛けた側の少年は、片手で額を押さえた。
「お前なぁ〜‥。昨日ミュンファが、明日数学の小テストがあるって言ってたさ。覚えてない?」
「‥‥‥‥‥‥いつ?」
「LHRの終わりさ」
「・・・・・寝てた」
鳶色の少年は顔をさっと青褪め、冷や汗を流す。
大袈裟だな‥‥とは思わない。逆に正しい反応だと思う。
なんだって数学の教師は―‥‥。


ガラリと教室の扉が開く。


ざわついていた教室が水を打ったようにしん‥‥‥と静まり返った。一斉に自分の席へとぱばっと戻ると、教室に入ってきた深緑の乱雑頭の男性―担任を見つめる。
担任は教壇に着くと、無愛想に口を開く。
「朝のSHRを始めるその前に、今日何の日か覚えているか?」
その言葉に、生徒全員が反応する。
「一限目の数学に小テストをする。五十点中二十点以下だったら‥‥‥わかるな?」

先生。若干脅しのように聞こえます。

鳶色の少年は心の中で突っ込んだ。いや、クラスの仲間も突っ込んでいるに違いない。
それから担任は不吉な言葉を残しSHRを終わらしていった。
担任が教室から出て行った途端、教室はまたざわつく。‥‥朝のようなざわつきではないけれど。
鳶色の少年は、くるりと自分の席の後ろ―先程の少年に向き合う。引き攣った笑みを浮かべながら。
「ハイア、頼むから」
「‥‥諦めるさレイフォン」

「頼むから数学教えて!!」

このままじゃ、リンテンス先生の餌食になる!
いや、忘れてたお前が悪いんじゃ‥‥と内心思いながらもハイアは教科書を取り出すとぱらりと捲る。
一限目が始まるまで、後十分。


「頑張った方と思うさ」
「・・・・・」
「結果が十八点‥‥だけどさ」
一限の終了後。数学の授業が始まって直ぐに小テストをし、先程返された。
返された途端、今目の前で沈んでいるレイフォンは引き攣った短い悲鳴を上げたのだ。
返されたテストには、『昼休みに問題用紙を取りに職員室まで来ること。期限は放課後ギリギリまで』と点数の横にでかでかと赤ペンで書かれていた(放課後ギリギリって‥)。
十八点。二点足りず。
「ほら!元気だすさぁ、レイフォン」
「‥‥‥ハイアはいいよな。四十六点だったんだから」
低い低い唸った声でレイフォンは拗ねたように言う。ハイアは困ったように顔を歪ませたが、何か思い付いたのかにんまりと笑う。
「だいじょーぶ。放課後にオレっちが手伝ってやるさ!」
「え、本当!?」
ハイアの救いの言葉にがばりと起き上がったレイフォンは、目を輝かせている。
心無しか目が潤んでいるのは気のせいではないだろう。
そんなレイフォンの反応を満足げに見た後、ただしと付け加え、中指をレイフォンの目の前に突き出す。
「交換条件として、昼の弁当交換さ!」
「ぅえ?」
レイフォンは間抜けな声を出した。突拍子もない交換条件だ。というか安すぎると思うが。相手の見返りが。
「弁当?」
「うん」
「今日寝坊したから、ちゃんとしたものは作って来れなかったけど、いいのか?」
「うん!いいって!オレなんてコンビニ弁当だしさ」
「ハイアがいいなら、いいけど」
レイフォンの交換条件成立の応えに、ハイアは内心ガッツポーズをした。
レイフォンの手料理が食べれる!
なんて一人でテンションを上げていたが、

「‥‥‥ん?そういえば今日放課後に生徒会があるんじゃなかったけ?しかも、一度昼休みに集まるような事を朝のSHRにリンテンス先生が言ってたよーな‥‥。ハイア、会長だろ?行かなくていいのか?」

長い説明ありがとう。レイフォン君。
上がった高ぶりは一気に急降下。
冷めた。もの凄く冷めた。
そして初めて自分の立ち位地を恨めしく思った。
「そうだったさ‥。わりぃ、レイフォン。手伝えねぇさ」
午後からは移動教室で見事にばらばら。
勉強を教えてあげられない=交換条件はなしになる。
せっかくのチャンスだったのに、と愕然するハイアを見て何を思ったのか、レイフォンは困ったように笑う。
「せめて昼は一緒に食べよう」
それでもいいか。一緒に食べれるだけでも幸せだし。



昼食を済ました後、レイフォンは職員室に向かっていた。
ハイアはミュンファ(副会長)と生徒会室に行ったので、今はレイフォン一人。
そう、一人なのである。
本人は無自覚たが、一人になると人と出会うのが多くなる。いや、向こうから接近してくる。

それも個性的な人達ばかり。

数学の問題用紙の事をうんうんと考えながら廊下の門を曲がったときだ。
「レイフォ〜ン☆」

がばり!

「わ、わわわわわ!!???」
不意打ちを喰らった。
背後―からではなく前から抱きつかれ、目の前には何故か胸が。
そしてその胸の谷間に顔を押さえつけられるようにぎゅうぎゅう抱き込まれれば、男としては本望。だが初なレイフォンは顔をこれでもか!と真っ赤にしながら悲鳴を上げた。
誰だ?いや、誰かはわかっている。
こんなオープンな事をする人は!
「アルシェイラ校長!は、はは離してくださいっ!!!」
じたばたもがくレイフォンに、美貌を纏いし校長―アルシェイラはえぇ〜?と艶のある声を漏らすだけで離してくれない。

誰だよ。この人を校長にした人は?!
これ、逆セクハラじゃないのか!??
段々息が苦しくなってきたのか(胸の谷間に顔を埋められ息が出来ない)意識が朦朧としている中、凛とした気高い声が通る。
「校長。彼が窒息して死にそうですよ」
「え?あらら‥。ごめん、レイフォン」
押さえ込んでいた手が緩められると、レイフォンは勢い良く離れた。瞬間移動並だ。
まだ日照る顔を左右に振り冷まそうとするが、中々冷めない。顔が焼けそうな程に熱い。
そんなレイフォンをアルシェイラは今にも飛びつきたい衝動を抑えて、にやにや笑って見つめていた。
「やっぱレイフォンは可愛いわね!初で!」
「校長。そろそろ訴えますよ?」
「やぁーねぇ、カナリス。顔怖い怖い」
そんなアルシェイラを冷ややかに見つめる黒髪の女性―カナリスはアルシェイラの側近である。副校長ではない。副校長はデルボネという優しいお婆さんだ。
レイフォンは何とか心臓の鼓動を抑え、カナリスに向き合う。
「ありがとうございました。副校長」
お礼を言うとカナリスは、無事で何よりですと呟き、すっと伸ばした右手でアルシェイラの襟をがしりと掴んだ。
「部屋にお戻りください。書類が溜まってます」
「え〜?今お昼休みじゃないの。休憩休憩〜」
「日に日に溜めた人が何を言いますか。戻りますよ」
そのままカナリスはアルシェイラを校長室まで引き摺って行った。
アルシェイラはレイフォンに向かって元気よく手を振っていたが、次第に見えなくなり、

「何時も思うけど、何だったんだろう?」
嵐が過ぎたように廊下は静かだった。


アルシェイラとの接触で、八分ロスしたレイフォンは早歩きで廊下を抜けていた。
後十二分で昼休みが終わる!
だがここはまだ四階。職員室は二階にある(五階建ての校舎)。
何だってこの高校は面積が広いのだろうと悔やんだ。
取りあえず、誰にも会いませんように!
「やぁ、レイフォン」

だが望みは杞憂に終わった。

ギギギ‥‥とそんな軋んだ効果音が付きそうに首を斜めに向ける。
目に映るのは濁りのない銀色。
どこか掴めない笑み(そこが女生徒に人気がある)で、片手を軽く上げ自分に挨拶をしている長身の男性が壁に背を凭れさせていた。
今会ったら困るベスト2に入っている人物だ。‥‥ついでにベスト1は校長である。
「こ、んにちは。サヴァリス先生」
ぎこちない笑顔でぎこちない挨拶をする。
目の前の銀色長髪の男性―サヴァリスは体育の教師で柔道、空手、言わば体術専門である。レイフォンも何度か相手をさせてもらっているし、彼の授業は楽しいと思う。
だから、ぎこちなくなる理由はないのだが―‥。
「そうそう、今日放課後空いてます?」

何故か頭の中で危険信号が鳴り響く。

「今日は‥、すいません。空いてないです」
「そう。それなら明日は?」
「は?」
「今日“は”って言ったじゃないか」

貴方教師なのに暇なんですか?!
食い下がらないサヴァリスにレイフォンは叫んだ。心の中で。‥‥いやいや、もしかしたら大切な用事、かもしれない?きっとそうだろう。
聞いてみよう。
「あの、何か用事、ですか?」
「用事?」
「はい」
「‥‥‥ああ。デートっていう用事かな?」

それはそれは爽やかに笑って言ってのける。
あ、女性が魅入られそうな綺麗な笑みだなぁ―……‥って違う違う違う!!!
前言撤回。この人暇だ!!
ていうか、何故男の自分に誘うのだろうか。女生徒を誘えばいいだろうに。
それもそれでテレビに訴えられるが。

「あの、サヴァリス先生。僕急いでるんですけど……………手、放してください」
サヴァリスの茶番(レイフォンはそう思っている)に付き合ってられないレイフォンはこの場から逃げたかったが、がっちりと左手を相手に捕まれており、逃げたいのに逃げれなかった。
放してほしいと懇願するレイフォンに、サヴァリスは顔に笑みを貼ったままだ。
「デートしてくれるなら、放しますよ」
「いや、だからですね、そういうのは女性に」
してください。という言葉は呑み込んだ。
何故か?
それはサヴァリスの顔が間近に迫っていたからだ。
何時の間にか自分は壁に体を固定されている。

何ですか?この状況?

ぐるぐる思考に没頭するレイフォンに構わず、サヴァリスは徐々に顔を近付ける。

息が触れ合いそうな数センチ。




「レイフォンに何してるんだ!?この筋肉馬鹿が!!」
ガッコーンッッッ!!!
横からもの凄い勢いで飛んできたバケツがサヴァリスの頭にクリーンヒットした。
サヴァリスは横に吹っ飛ぶ。
レイフォンは驚きで目を見開き、小さい悲鳴を漏らす。
唖然とする中、独特なファッションをしている女性が廊下からぱたぱたと駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?レイフォン!」
「バ、バーメリン先生!?」
女性―バーメリンはレイフォンが何もされてないとわかると、ふぅと小さく息を吐いた。
バーメリンは理科の教師で科学が専門だ。
…独特なファッションもとい魔女のようなファッションなので、生徒からは科学ではなく魔学と呼ばれている。
レイフォンは床に沈んだサヴァリスを見てあわあわと慌てふためいている。
無理もない。一歩間違えれば殺人現場だ。
「サヴァリス先生は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろ。こいつは筋肉馬鹿だ」
どんな理屈!??
そう叫び突っ込もうとしたが、バーメリンはポケットから携帯を取り出すと、カチカチと操作する。きっとメールを打っているのだろう。
誰に?
「一応トロイアットに連絡しておいた」
レイフォンの表情で何となくわかったのだろう。素っ気なく答えた。
トロイアット―保険の教師であり保険医でもある。陽気な先生なので生徒から人気があるが、女タラシらしい。
よく女生徒に目の敵にされているみたいだ。
バーメリンの何気ない優しさに感動していた(バケツを突然投げつけるデンジャラスは置いといて)レイフォンだったが、バーメリンの後ろ越しの壁に掛けてある時計を見た瞬間、サァーッと血の気が引いていった。

時計の針が
昼休みの終わりを告げる二分前に指し掛かっている。

「バーメリン先生っ!助けていただいて申し訳ないですけど、僕急いでいるので先に失礼しますっっ!!」
「え、あ、ああ」
切羽詰まったレイフォンの気迫に押されたのか、バーメリンは驚いた顔をしながら道を開けた。
レイフォンはお辞儀をすると、廊下を走っていく。それも速い。オリンピックに行けそうな程に。
完全に姿が見えなくなる直前レイフォンはこちらを振り向いた。
「お礼と言ってなんですけど、明日クッキー焼いてきますので」
だから明日待っていてくださいと言葉を残し、今度こそ完全にレイフォンの姿が見えなくなった。
「クッキーか‥‥」
誰も居なくなった廊下でぽそりとバーメリンは呟いた。
クッキーを焼く=手作り。
つまりレイフォンの手作りお菓子。
「今日は得したな」
犠牲者は出たけれど。
バーメリンは薄く笑った。

少しはサヴァリスに感謝。




レイフォンは廊下を走っていた。
擦れ違った生徒が驚いて自ら道を開けるまでに、血相を変えて走り抜いていた。
廊下を走らない!
そんな校則今は関係ない!
あともう少し!
職員室の扉が見えてきた途端、レイフォンはほっと安心した。
やっと着いたと気持ちが緩くなり、スピードが若干落ちてしまった事に気がつかない。
扉の前に立ち、息を整えた後開けようとドアノブを回すが、


キーンコーンカーンコーン
キンコンカンコーン♪

チャイムが鳴った。しかも、鳴った事にショックを受け鳴り止むまでレイフォンはフリーズしてしまった。




その後は職員室から出てきたリンテンスが、フリーズしているレイフォンを揺すり起こし、昼休みまでに来なかったレイフォンに罰として三十枚の問題用紙を押し付けた。



そして、文頭に至る。

この学校は何かが変だ!!!

誰も居ない教室で虚しく叫んでみた。




(Time out。)
(何時になったら終わるのかなぁ…。)(ハイア、助けて〜。)

日参している携帯サイトSky Windowの砂座様からキリバンでいただいたレギオス小説!「レイフォン総受け学パロ」というリクエストでした!リンテンスさんは絶対数学教師だと思う!と主張してみたらこんなすばらしいものを・・・!ありがとうございました・・・!!

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