夢と魔法と追復曲

小さな師からの依頼は正に渡りに船で、ディーノは少々複雑ながら首を縦に振った。



「というわけでだ」
 出し抜けなリボーンの言葉に、蓮華は首を傾げた。
「……何がどうして“というわけ”なのですか、アルコバレーノ」
 夕食の後片付け途中の急な来訪に、蓮華以下桐野家の住人たちは皆興味津々だ。
 夜分だしと出されたのはミルクたっぷりふわふわに泡立てたカプチーノ。それを啜り、リボーン先生はニヤリ笑む。
「蓮華、お前にプレゼントだ」
 すっと出されたのは封筒で、首を傾げつつ受け取った彼女は閉じられてはいない封を拓いて中身を確かめた。
 きょとんと双色の瞳を瞠ると、優艶な美貌が年齢相応に見えるようになる。
「どうしてもこの業界野郎が多いからな。お前にはその男嫌いをどうにか克服して貰わねぇとな」
 幼い声で紡がれたのは正しく事実で、言葉はぐっさりと蓮華の胸に刺さった。
「…というわけでだ」
 ああ、そういう繋がりなのですね―――クフ…クフ…とちょっぴり黄昏笑いながら蓮華は思う。
「明後日ディーノとデートして来い」
 ちっちゃな人指し指をぴんと立て、黒衣の家庭教師さまは仰られたのである。



「まあ確かに有効な手段でしょうね」
 憂いがちな美貌の、姉のような母のような女性は少し困った様に笑った。
「蓮華しゃん、嫌なら行く事ねぇびょんっ」
 犬の言葉に凪もこくこく頷く。
 二人の頭を優しい手で撫で、蓮華はくふふと笑った。
「…嫌ではありませんよ?ただ少しアルコバレーノに欠点を言い当てられて悔しいだけなのです」
 トラウマは普段は姿を隠しているが、蓮華の心に身体に根深く巣を張って、時として顔を覗かせては彼女を苦しめる。
 それは確かにこれから歩むべき道において決定的な急所、弱点となりえるものだから、克服しておくに越した事は無い。そう納得もいったし、相手がディーノであるというのもまあ妥当だろうと思えたので。
「大丈夫、跳ね馬は紳士でいらっしゃいますから」
 確信を持って言われる言葉に、温厚なランチアの眉が少し険しくなった。先だっての外泊事件に桐野家のお父さんたる彼は、まだまだ結構ピリピリしているのである。
 しかし当の蓮華といえば。
「そうそう、皆お土産は何が良いですか?」
 ニッコリ言った辺り、デートというより行楽に行く気満々だったので、少し青年の肩から強張りが解けた。



AM6:30並盛駅前
 黒衣の小さな家庭教師様に集合を申し渡されたボンゴレ一行は、宵っ張りの獄寺が三分の遅刻をしたりしつつもどうにか皆揃い、用意されていたマイクロバスに乗り込んだ。
 果たして何事なのかと首を捻る面々に、尖がり帽子を被りずるずるのローブを纏ったリボーンは、今回のイベントが如何云う趣旨かを説明し始めた。
「ボンゴレ的遠足&デート見ぶ…もとい観察だぞ」
 ぜってー後者がメインだろうという家庭教師様の発言に、そのターゲットである兄弟子が綱吉はちょっぴり可哀想になった。もう一方の観察対象である蓮華には後でこってりお説教されそうで…正直怖い。
 行き先は某夢と魔法の国との事。
 なるほど、それゆえのリボーンのこの恰好かと、綱吉は思う。多分『魔法使いの弟子』がモチーフなのだ。
 先に星のついた杖と成ったレオンをピコピコ振る様子が、何時になくうきうきと楽しそうだった。



「うぅ〜、酷いですリボーンちゃんっ、ねずみーランドに行くって解ってたら、ハル貯金下ろしてきましたのに〜〜〜」
 お財布の中身がいつも通りでは心もとないと、非常に残念そうな女の子陣。
 なるほど、お土産に限らず軽食やらなんやらとあのテーマパークは非常に誘惑が多いので無理もあるまい。
「そこは安心しろ。撮影したデート映像を渡すのを交換条件で、九代目がポケットマネーでお小遣いをくれたぞ」
 きら〜んと漆黒の瞳を輝かせ、リボーンは言う。
 おおおっ!と少年少女から上がる喜びの声。
 因みにこのバスのレンタル費用も全員分のチケット料金も、その特別会計から出ているらしい。
 支給された福沢 諭吉さん故に、綱吉は初めて遠縁のおじいちゃまに感謝いう名の好感情を覚えた。



AM6:54
 五分前行動とはいかにも確り者の彼女らしく、蓮華が現れた。
 駅前広場の一寸離れた所から、オペラグラスやら人並外れた良い視力やらでそれを認めた並盛少年少女は、更なるディーノの訪れを待つ。
 なんだかウキウキドキドキだ。
 人のデートを追っかけ覗き見るなんて、いけないこととは解っているが、どうにも好奇心はうずうずしてしまう。相手が身内の年長男女となれば尚の事気になってしまうと言う辺り、人間と好奇心というのは性質悪く結ばれているのかも知れない。



 蓮華は動き易さを考慮してなのか、民族衣装系等とコスプレ気味ないつもとは一風違う恰好だった。
 いつぞや学校前に来たときと似たようなブラウスだな〜と思った綱吉の感性は実は正解。同じブランドの物だ。
 紺色とも黒ともつかないコットンに、フリルとピンタックが丹念に施されている。セーラーっぽい襟は後ろがフード状になっており、矢張りその縁にも四段重ねの細かいフリルがある。
 腰の辺りでサッシュっぽくリボンを結ぶデザインで、それで寄った襞が、ゆったりとしているものの、その布地の余り具合からウエストの細さを窺わせた。着丈は長めで、大人しく立っていればヒップラインを隠している。
 蓮華にしては軽快な恰好だと思ったのは、彼女が履いているのがロング丈のスカートでもたっぷりとしたパンツでもなかったから。
 ほっそりとしているものの女性らしいラインを描く脚線にぴったりとした、七分丈のスキニージーンズを彼女は履いていた。
 艶やかな長い髪もアトラクションを考慮してか、綺麗に編まれてきっちりアップにしている。足元は歩き易さを考慮して踵の低い靴。バッグも動き易さを優先しているのか、斜め掛けの物だ。
 しかしそれが胸の隆起をくっきりと際立たせている。
 リボーン指定の待ち合わせ場所である駅前広場中央の時計台前にディーノが駆けつけたのは七時三分の事。
「悪ィ蓮華っ!」
 駆けてきて、遅れてすまんと彼は日本風に顔の前で両の掌を合わせた。
「いいえ、構いませんよ」
 くふふと笑って彼女は言う。

助手席のドアを開けられ、『デートですしね』と思って素直に乗り込む。
 チラッと見上げたディーノは、ほっとしたように笑う。
 ディーノも運転席に乗り込んで、エンジンを掛ける。
 思わず聞いてしまったのは、ちょっと不安だったから。
「………跳ね馬、お一人なのですか?」
「決まってんだろ?」
 だってデートだぜ―――当たり前だろという彼に、もうちょっと自覚を持って欲しいと思った。
「…いっそ私が運転した方が…」
 とも。
 が、現世での免許が無い上ATの日本車しか運転したことがないので彼女は悩んだ。
 蓮華自身の人生への未練は希薄だが、周りを巻き込むのはいただけ無いと眉を寄せたのだ。車は時として凶器になる。部下が居ないとどじっ子のディーノに、ハンドルを握らせるのは危険なのではと、彼女は顔を顰めたのである。
「そこんとこは大丈夫だ!」
 止め様とした彼女の言葉に、自信満々にディーノは胸を張った。
 指を指して示され、なるほどと蓮華も頷く。
 フロント硝子やらハンドルの中央やらにぺとぺと何枚か張られたシール。
 一時期大流行したシールタイプの写真だ。
 そこに映るのは厳つい黒服の男達―――ディーノの部下である。
 真っ赤なフェラーリの中になんともファンシーだと、気の抜けた蓮華はくすくす笑った。



 自分の家庭教師は鬼悪魔だと綱吉は確信した。
 何がって、車の中には盗聴器が仕掛けられ、二人の会話はバスの中で公開されていたのである。
 ディーノが車に乗り込むと共に、何処からとも無くそっと現れバスに乗り込んできたロマーリオさんの仕業らしい。
 いざという時、究極のボス体質の青年を助ける為同行するのだそうだ。
「ついでに今日の運転手だ」
 なるほどと頷く。運転席に誰も居ないから一体誰が運転するのかと思っていたので。
 そんなこんなをやり取りしていると、最後のメンバーがバスに乗り込んできた。
「すまんボンゴレ、遅くなった」
「…ボス、みんな…おはよう…」
 言う二人の後ろに更に桐野さん家の少年二人も居る。むすっとした犬に、ぺこっと会釈してくる千種に、綱吉はとりあえずおはようと言っておく。
「おはようございます、沢田殿、皆さん」
 最後に乗り込んで折り目正しくバジルは挨拶してくる。
 蓮華と距離をとりつつ来て、彼女の目に入らないよう待機していたので最後と相成ったらしい。
 そんなこんなで。
 ディーノのフェラーリから遅れる事二分、一行の乗ったマイクロバスも走り出した。



 並盛駅前から車を走らせること一時間と少し。
 高速も間に挟んでたどり着いた舞浜、目的のテーマパークの駐車場に辿り付いた。スタッフに導かれ車を留める。
 車のドアが開かれ、「どうぞお姫さま」とウインクと共に差し出された腕。
 そのちょっぴりおどけた言い様に蓮華はくふふと笑いながら、素直に腕に手を添える。
 開園まで今少しあるからと入場ゲートに向ってのんびり向った。


 バスなので留める場所が普通車であるディーノと蓮華とは結構離れた。
 どうにか目視できる位置に来て、綱吉以下ボンゴレ関係者一行は胸を撫で下ろした。
 尾行するカップルから少し距離を取りながら、彼らも入場する。
 綱吉以下、メンバーはリボーン、獄寺に山本、ハルにイーピンとランボ、フゥ太にビアンキ、笹川兄妹に桐野家一同+ロマーリオ―――と、子供達を入れても総勢十七名、ちょっとした団体様だった。


開園よりも少し前から入場ゲートに並んだので、チェックされがてらの入園は割とスムーズで、そう待たされもしなかった。
 共に渡されていたケースにチケットを入れた蓮華は、最悪破壊しかねないのでディーノのもしてやった。
 多分尾行されていることは気配で察していたが、一応念には念を入れてである。使うときは使うが、無駄金使う気は蓮華には無い。もう一回購入なんて、たとえそれがディーノのお財布からでも腹が立ちそうだったので。
 アヒルをモチーフにした水兵ルックのキャラクターをあしらったホルダーケースを首から下げ、ディーノはヘラっと笑う。
 リスの兄弟キャラのホルダーを同じように下げた蓮華は、美形台無しだけど可愛いともいえなくない顔に笑みを返した。



「跳ね馬、朝食は済ませてこられましたか?」
 小首を傾げての質問に、ディーノは一応と答えた。
 欧米では基本的に朝は軽くで昼と夜を確り取る。リボーンに渡されたガイドブックを読み込んだ結果、買い食いもこのテーマパークの醍醐味のようだったので、眠気覚ましの珈琲の他には何時もよりも軽くフルーツと牛乳を飲んだだけだと答える彼に、蓮華は微笑む。
 その笑顔に幸せな気持ちになる辺り、自分もいい加減嵌っちまったなぁと思う。
「じゃあ」
 心なしか、嬉しそうな声は何時もよりもはしゃぎ気味だった。その白い手がディーノの腕を取って歩き出す。

 『あれ、よく考えると俺もこういうデートって初めてじゃないか?』とディーノが思ったのは、先ずはと彼女が購入してきたストロベリーサンデーを渡されてだった。
 キャバッローネ十代目を継ぐ前は見た目は良くてもへなちょこすぎ(実際言われた)て女の子と付き合ったことは無かった。頼り無さ過ぎると言われたが見た目が可愛いと弟的に可愛がられはしたが。
 継いだ後となると、恋人というより愛人ばかりで、つまりはそういうお付き合いばかりだった。ビジネスライクというか大人のお付き合いになってしまったというか。
 デートといってもショッピングという名の高級ブティック巡りだったり、劇場やパーティの随伴などで。
 二十二にもなって初デートかよと、思ったディーノの頬が紅潮する。
「ん〜美味しいです」
 そんなのお構い無しで、蓮華はカップに盛られたチョコレートアイスクリームを幸せそうに食べていた。



 先ずはと向ったのは人気アトラクションの優先パスの入手。
 未来がテーマのエリアで入場券を発券器に入れる。
 出てきたチケットが実際に使用できるのは昼頃、次回の発券可能もその辺りという事で、一先ず違うエリアに行こうと二人の意見は一致した。発券の為に山本と獄寺(なぜならこの二人ならそれが終わった直後迅速に動く事が出来る)を残し、一行は追う。



 ジャングル探検がテーマの船に乗る事にした二人は、テーマパーク中央の城を右手に移動した。
 一船に三十人から乗れる上に十数船から回されるため、開園間もない現在なら待たされることもなかった。
 案内役の口上は此処の個性を生かしているそうで、何度乗ってもそれなりに楽しめるらしい。
 先に船に足をかけ、美少女に手を貸して乗らせる金髪美青年は、もちろん注目を集めていた。
 このアトラクション、ノリの悪い客が揃うと案内人が可哀想だと言われるが、少なくともディーノと蓮華、そしてボンゴレ一行の乗った二船のガイドはそうではなかった。
 先の船ではノリのいい兄ちゃんであるディーノが絶妙に合いの手だのをいれつつ周りを巻き込み笑いが耐えなかったし、後者ではランボにイーピン、フゥ太のお子様組に加えて犬が大層食いついて盛り上がったので。


蓮華の脚はふらふらと引き寄せられるように目的地とは少し違う方向へと向う。
「蓮華?」
 首を傾げたディーノは、ふと鼻腔を擽る甘い香りに納得した。それは、蓮華の大好きなチョコレートの匂いだった。
 呼ばれてはっとした美少女は、ちょっと恥かしそうに頬をピンクにする。
 ディーノはニッと笑った。
「買ってこーぜ?ポップコーンだろ」
 まさにこのテーマパークで買い食いするお菓子ナンバーワンであろう。
 ディーノは自分手にすっぽり治まる少女の手を取って小走りに向った。


 二人がすわ何処に向うかと思えば、近くのスタンドでポップコーンを購入していた。
 ストラップつきのバケツケースでチョコレート味のお菓子を買って貰った蓮華はホクホク顔だ。ちょっと中々見られない程の良い笑顔である。
 勿論子供達―――特にランボが騒ぎ出した。
 此ればかりは予測していたので、綱吉もキャラクターの絵入りのケース入りで買ってやった。お土産として持ち帰ったらちょっとしたお道具入れになるのでまあ良いかと。
 特別会計様々だ。
 ストラップでポシェットのように斜め掛けしたランボに、ちゃんと皆で分けっこすることを約束させる。
 園内に色々な味もあることだし、フゥ太とイーピンにも後でなと約束すると、ランボよりは格段に聞き分けのいい子な二人は嬉しそうに笑って頷いた。


「…思ったより甘くないです…」
 何口かポップコーンを食べた蓮華は、少ししょんぼり言った。
 確かに屋台でしていた匂い程甘くない。ディーノ的には丁度いい甘さだったが、超の付く甘党の蓮華からしたら物足りないだろう。
 他にも蜂蜜だのキャラメルだのクリームソーダだののフレーバーがあるからと慰めたら、直ぐに浮上したが。



 映画化されもした海賊アトラクションも経て、出口から程近いワゴンでロングドーナツと飲み物を購入して、二人は次の目的地に向った。
 マップを手放せない綱吉とは違い、二人の頭の中にはとうに書き込まれているようだ。入口で受け取ったそれをディーノは折りたたんでデニムのポケットに突っ込んでいるし、蓮華も鞄の中に仕舞ったままだった。
 すげーなーと思う綱吉は、直ぐに現実に連れ戻される。
「ランボさんもあれ食べたい〜〜〜!!」
 ランボが騒ぎ出したのだ。
 さっきアイス食べたしポップコーンもあるだろう―――と言った所で我が儘幼児は納得しない。
「僕もっ」
 フゥ太も目をキラキラさせて言い出すし、横のイーピンも多分それらしき事を言っているのだろう。
「拙者が買っていきますので、先に行っていて下さい」
 ニッコリ笑ってバジルは言ってくれた。ある程度皆でシェアすると言っても量が量だからと、千種もいつもどおり「めんどい」と言いながらも残った。



 震える携帯に、ランチアは目を瞠った。
 何だろうと首を傾げる彼は、開いたメールボックスを見て暫し硬直する。
「…どうしたの、ランチアさん」
 首を傾げる凪は、背伸びしてその手元を覗き込んだ。彼女もまたぱちぱちと無言で瞬く。
「……ボンゴレ…」
 酷く複雑そうに、ランチア青年は綱吉少年に呼びかけた。
 携帯画面を見せられ、綱吉も固まった。

『ランチア、これから私達の向かうのは身長制限のあるジェットコースターなので、ランボ君、イーピンちゃん、フゥ太くんは他アトラクションへ連れて行って遊ばせて差し上げてください。次に向うのはファンタジーエリアの予定でいます。れんか』

 ―――尾行しているのもメンバーもバレバレなのだと、思い知らされた。



 ディーノのエスコートに任せて、歩きつつ蓮華は鞄から携帯を取り出し、予め用意してあった文章に少し手を入れてメール送信した。
 二人とも自分の『家族』とかの家庭教師さまに煽動されたボンゴレ十代目一行が付いて来ていることはもとより承知なのだ。

 お隣の西部劇風のエリアに入ると、二人はどのエリアでも人気アトラクションであるジェットコースターへと向った。
 そして珈琲とおやつを愉しんだりしながら一時間程の待ち時間を過ごす。
 半分こにしたドーナツが妙に面映い。
 このテーマパークでは大抵のアトラクションがそうだが、途中からテーマに沿った物語がBGMと共に流れ出し、凝ったセットは見るのも楽しい。時間は意外と早く流れた。


幸い二人ともスピード系の乗り物には強かった。
 鉱山列車タイプのコースターにディーノは喜声を上げ、蓮華もくふくふと楽しそう。
 次は更に隣のエリアのコースターに向おうと言うディーノに、蓮華は悪戯っぽく笑って首を振る。
 すこし内緒話風に告げられた理由に、ディーノは肩を竦めた。
 その眼差しが柔らかに細まる。



 シンデレラの城がモチーフらしい城を中央に据えた、このテーマパークでもっとも『らしい』エリアはなんともディーノに似合いで、蓮華は思わずくふふと笑ってしまう。
「どーした?」
 首を傾げる彼が、そこらのクラブにでも居そうな兄ちゃんのようなそれでなく、ノーブル系の恰好ならもっと嵌る。
 いや、いっそパンフレットに乗ってるシンデレラの王子の恰好でもさせたい。
 きっと似合う。
 天然の蜂蜜色の髪に輝きの強い双眸、モデルの様にバランス良い姿で長身で、甘く整った美貌を持つ彼は王子様像にドンピシャだ。
「いいえ」
 曖昧に笑って誤魔化した。
 言ったら果たしてどんな反応をするかなと一寸思う。
 何時ものようにニカッと笑って「グラッツィ」と言うのか、それとも拗ねるのか。

 知りたいと思った。
 そんな自分が不思議で。

 胸を疼かせた小さな痛みは―――刺の様



 幽霊屋敷の美麗なグラフィックとなかなかの演出に蓮華はくふふと笑い、ディーノはたまに顔を引き攣らせ。
 特に入口の肖像画とナレーション、そして鏡を演出とした出口付近がエグかったと青年は軽く涙ぐんで訴えた。イタリアでホラーというとアメリカ同様スプラッタ系なので、叙情的で精神にじわじわ訴える系な、ある意味非常に日本的だった演出はボディーブローの様に効いたらしい。
「…幽霊連れて帰れって、ありえねぇー…」
 甘い色気を持つ目尻に涙を溜める様子が妙に可愛くて、蓮華はくふくふ笑った。
 その気を晴らそうと、次に向ったのはティーカップ。回転の速いアトラクションなので、矢張り待ち時間はさほど取られなかった。
「わー、蓮華っ目ぇ回るーーーっ」
「くはっ、くふふふふふっ…!」
 割と悪乗りした蓮華が、気晴らしとどんどん回転速度を上げたせいで、終わった時には二人ともちょっと目が回って三半規管がくらついた。
 互いに命の危険が常に頭の片隅から離れない家業だ。
 普段なら間違ってもそんな事はしなかっただろう。
 魔法の国に毒されていたのかも知れない。
 でも、それはとても居心地がよかったのだ。



 側の屋台でこのテーマパークのメインキャラクターの顔を模したパンケーキの菓子を購入して、次は蜂蜜好きな熊のキャラクターのアトラクションに向う。
 またお菓子食べてる―――とは言ってはいけない。蓮華は頭に超の付く甘党なのだ。こんな誘惑の多い場所で我慢するつもりは端から無いのである。
「洋風今川焼きという感じですねぇ」
 中にバナナクリームの入ったお菓子をはむはむ食べながら、蓮華はそう感想を述べた。
「味見どーぞ」
 ディーノはそう、にかっと笑って自身の持っている味違いのそれを差し出す。
 邪気の無い笑顔もあって、彼女は素直に食いついた。それは普段のやんわりとバリアを張っている彼女とは違って無防備で。
「こちらも美味しいですね」
 にこっと子供の様に笑った顔も可愛かった。



 そんな様子を遠目に見ていた綱吉は、ランチアとまだ合流していない事実にホッとした。
「…良かった」
 思わず溜め息を吐く。
 彼を振り回しているだろう我が儘チビ供万歳だ。
 ランチアがこの様子を見ていたら、それこそ一番の得手である肉弾戦で挑みかねない。
「そーだな」
こくっと、綱吉の思考を読心術で読んだに違いない家庭教師様が頷かれた。
 凪は京子とハルと共にその様子をニコニコ見守っていたが、山本に取り押さえられた犬は涙目で突撃しようとしたぐらいなのである。
 反対に千種はクールだった。
 そして一番悟っている。
「…蓮華さまが幸せそだから、ま、いいや」
 いつも通りのぼそっとな声と調子で、彼はのたまったのである。



 原作の絵本をモチーフにしたアトラクションは、ライドがお化け屋敷同様トリッキーな動きをしたが、ほのぼの系で面白かった。
「絶対ぷーさんのグッズを買っていってしまいますっ」
 頬をピンクに染めて言う蓮華は、何時になく年齢相応…イコール少女らしい。
 何気に彼女は可愛い物が大好きなようなのだ。
 こっそり縫い包みでも購入して、後日宅配便で届くよう手配し様かなと、ディーノは思った。


「ツナ〜〜〜」
 ランボの声にぎっくんとした。
 バレバレといえど尾行中なのだからボリューム控えろと、空気の読めないお子様には言いたい。
 駆けてくる子供達。彼等に手を引っ張られながら歩いてくるランチアは、若いのにお父さん状態だ。確かに強面だが、そうして子供達といると、彼の柔らかい空気が押し出されて、そう怖くは無い内面を知らしめる。
「ツナツナ〜、ランボさん悪者倒してきたんだじょ〜」
 とっても上機嫌に言うランボは、城のアトラクションをしてきたらしい。
 穏やかに笑いながら、バジルがそう補足をしてくれた。他にも象のキャラクターのアトラクションだの回転木馬だの、おこちゃま向けの乗り物を愉しんだそうな。
「あれ?」
 いつの間にかイーピンまでバスケットを斜め掛けしていたので綱吉は首を傾げた。
「ああ…カルーセルのところにあったからな」
 ランチアは穏やかに微笑み言う。
 ランチアに買ってもらったのだと唯一広東語を解するリボーンに報告し、イーピンは皆に勧めた。
 おにいちゃん故に年少二人に先を譲ったフゥ太の頭を、綱吉はくしゃっと撫でた。
 そしてこそっと顔を近づけて内緒話風に言う。
「フゥ太はクリームソーダ味のところな?あそこのバケツちょっとカッコいいみいだし」
 パンフレットも乗っているそれは確かに未来をテーマにしたエリアに相応しく、ファンシーテイストが比較的控えめなもので。
 こうしてさり気無くフォローしてくれる綱吉に、フゥ太は「うん、ツナ兄っ」にこっと笑って答えた。



 ぼちぼち昼が近い。
 二人はまた未来エリアに向かい、それを追ってボンゴレ一行+ギャバッローネ一名もぞろぞろ動く。
 此処まで影の薄いロマーリオが何をしているかというと、デジタルビデオカメラをズームにしてボスの初デート(笑)を撮影しているのである。
 因みに九代目に渡す為の完全版のためにリボーンは他にも隠し撮…もとい撮影班(キャバッローネの人間を十名程)を手配していたりする。

閑話休題―――。



 利用可能時間になった優先パスでこのエリアのジェットコースターの発券をし、二人は園内最大規模であるレストランに来た。
「ごめんなさい、我が儘を言って」
 すまなそうに少し苦笑して言う蓮華に、否とディーノは首を振る。
「おれファーストフード結構好きだぜ?流石に後継いでからあんまり食えてねぇし、寧ろ嬉しい。蓮華こそこういうの苦手じゃねぇのか?」
「私も別に嫌いじゃないですよ」
 ただ放置すると犬が偏食するので―――溜め息交じりに言った蓮華に、ディーノは小さく噴出す。冗談交じりだったらしく自身もくすくすと蓮華も笑った。

 ビッグバーガーと照り焼きチキンバーガーにサイドオーダーで揚げ物も注文したディーノに、ニッコリ笑って蓮華はサラダを二人分頼み、自分用にはローストビーフサンドをセレクトする。もちろん食べないなんて許しませんよと無言の笑顔で語る彼女に、ディーノが逆らえよう筈も無い。
 飲み物も選んで、注文した品を受け取った二人は日陰且つ見晴らしのいいテーブルを選び、座った。


 確実に尾行している自分たちの為なのだろうなと、綱吉は蓮華と同じくローストビーフサンドを食べつつ、まったり思う。
 此処なら大人数の綱吉たちも席を確保し易いし品数も多いと色々利点がある。
 豪快に全五種類のバーガー系を制覇する山本と犬とバジル、何気に笹川兄もランチアも二つずつは食べている。
 チビたちも沢田家ではあんまり食べないファーストフードが目新しくて嬉しそう。
 そういやバーガー久々だなぁ―――がぶり大きく一口齧りながら綱吉は思った。
 良く考えると家庭教師さまが来て以来、数えるほどしか食べていなかったので。


 のんびり食べて、ぼちぼち時間になってから、二人は動き出した。
 やっぱり見透かされているなぁと、遠くから綱吉は思う。ランボら子供達もどうにかメインを食べ終えていた頃合だったのだ。


手洗いに寄ってから朝一にファストパスを取った人気アトラクションに二人は向う。
 園内でも新しい方なだけに、人気がある其処は長蛇の列が出来ていた。二人も一行も、パスゆえにその大半をスルー出来る。
 来るアトラクションを楽しみに、二人は時を送る。
 言葉が無くても気まずさが無い相手というのは希少だ。
 凝った造りの施設やナレーションなどと共にその穏やかな空気にディーノと蓮華は愉しむ。
 わりとビビットな色に塗られた壁には宇宙人なのだというモンスターの絵やら人形やら、目を引くものが結構ある。
 前に並んだ親子連れなのだろう幼稚園位の男の子など当初から大興奮だ。その可愛らしさに二人とも目を細める。
 しかし、列も終点に程近くなった頃、男の子はもぞもぞと落ち着かない様子で母親に訴えた。
「ママ…おしっこ…」
「えっ」
 と母親が顔を強張らせたのも無理は無かろう。
 優先パスを使っても三十分は軽く並ぶという列で、ここに来て何という事をと言いたいに違いない。
 しかも無情にも二人連れ、大人が複数居れば一人残って並べも出来ように。
 しかし此処は諦めるしかないのかと肩を落した母親に、蓮華はやんわりと声を掛けた。
「あの、宜しかったら、私がお連れしましょうか」
 首を傾げて蓮華は言った。
 そして屈んで。
「ボク、もうおにいちゃんだからママと一緒でなくとも行けますよね?おねえちゃんと行きましょうか」
 柔らかい声で言う綺麗なおねえさんに、男の子はうんと頷いた。
「本当にいいんですか?」
 母親はほっとした様に言って、頷きええと答える蓮華に礼を言う。
 蓮華は男の子の手を引きながら施設内のトイレに急いだ。
 (デートだろうに)すみませんと言う母親に、ディーノはいやいやと首を振る。実に蓮華らしい事だと、その顔は弛んでいた。



 動くシューティングゲームのごときアトラクションを愉しんだ二人はまた動き出した。
 そこでまたランチアの携帯が震える。
 メッセージを読み、苦笑した彼は、また綱吉に携帯を渡し内容を見せた。綱吉も生温く笑う。

『アルコバレーノは兎も角、そろそろランボ君とイーピンちゃんを少しでもお昼寝させて差し上げた方が良いと思われます。私達はカントリーエリアのジェットコースターに向いますので、ブランケットを購入しどこかで休ませて上げて下さい。れんか』

 相も変わらずソツが無い。
 そして行き当たりばったりな綱吉達の行動だのは完全に読まれている。
「オレは兎も角って、どーいう意味だ」
 唇を尖らせ小さな家庭教師様は仰る。
 そんなの山本の肩だのビアンキに抱っこされてだの、時間が来れば自力で適当に眠るからだ―――と思った綱吉は頬っぺたをぐにーっと引っ張られた。
「いひゃいいひゃいよ、ぃぼーんぅ…」
 縦々横々丸書いてチョンとされた。



 二時間近く並んだが、物語調のナレーションなどで割合暇は潰せた。途中で購入してきたアイスも美味しかったし。
 滝壷に飛び込むというコースターのフィニッシュは撮影されていて、写真を持ち帰ることも出来る。
 嬉々としてツーショット(ディーノ的には。その他も乗っているというのに)写真を購入する彼は知らない。
 自分の側近(ファミリーに見せる用)と家庭教師(九代目に送る用。綱吉たちのも勿論)も購入していることを。



 ぼちぼちおやつの時間も過ぎつつある事にはたと気付いたのか、蓮華は次なる目的地に向かいながらお菓子のワゴン廻りもする。
 ああやって摂取された過剰カロリーは何処に行くのだろうと、綱吉はちょっと思う。賢明にも口にはしなかったが。
「あいつ胸はでけえが、基本的に細すぎるからな。ちったぁ肉ついた方が良いとオレは思うぞ」
 だから心読まないで下さい家庭教師様。
「お前ぇより8センチ背が高けぇのに、体重は軽いなんてありえねェだろ」
 悪かったなチビで。どうせ女子の平均身長だ!!(泣)
「ウエスト52しかねぇのにEカップなんて希少価値ものだけどな」
 なっ、って同意求めないで下さい本当に。
 綱吉は顔を紅くしつつとほほとなる。
 でも健康な中二少年なので、そうなのかーとちょっぴり思った。
 …あくまでちょっぴりです、ディーノさん。
 …それにしてもリボーンは何で蓮華のスリーサイズとかを知っているのだろう。
「オレは目測できるんだぞ」
「…さいですか。」
「でもディーノの好みはもちっとむっちり系だしな」
 奴は実は顔よりボインとむっちりボディを愛する抱き心地重視派だ―――にやっと言う家庭教師様に問いたい。

 お前本当に一体幾つなんだよ!!!――――と。


ワッフルコーンのソフトクリームにくふくふ笑う蓮華はとっても幸せそうだ。蜂蜜味のポップコーンを紙箱で購入してチョコレート風味のそれが少し残るバケツに投入してやると、ニコニコ笑顔は深まる。
 そんな子供っぽい所も可愛いとメロってしまう自分の嵌りっぷりにびっくりだ。
 糖尿病にだけは気をつけろと思うが、まあ普段の食生活はきっちりしていそうなので大丈夫な筈。
 夢と魔法の国の誘惑に今日だけ羽目が外れっぱなしなのだろう。


 メインキャラクター達の住む家と街というコンセプトのエリアは可愛かった。
 尾行しているだろうボンゴレのおちびさん達が喜びそうだと、話して二人は笑う。



 内緒話風に距離を縮めて話す双方ともに見目麗しいカップル―――綱吉は怯える。
 ランチアさんが暴れ出す―――彼は確信していた。
 蓮華を兄の如く父の如く愛し慈しんでいるランチアだ。
 先だっての蓮華の外泊事件に、一週間以上負のオーラを背に負っていたのである。
 目の前で見せ付けられて、ブチ切れない筈がないと綱吉は思ったのだ。
 しかし、意外や意外、そぉおぉっと伺い見た抜きん出て長身の青年は、少し複雑そうな顔をしつつも、穏やかに笑っている。
 苦笑は少しほろ苦いが、怒りの感情は窺えない。こてっと綱吉は首を傾げた。
「ランチアさん…?」
 思わずと問いかけた綱吉に、彼はふっと笑みを深くして、綱吉のまだ薄い肩を軽く叩いた。
 大丈夫だと、見下ろす眼差しが告げる。
「…跳ね馬なら悪くはないと思えるようになったのでな」
 蓮華の彼に対する信頼は此れまでは少し複雑だった。
 蓮華の過去が過去であったから、並の男では更に傷つけられるだけで終わってしまいかねない。
 だが、ディーノが蓮華を見る愛おしげな慈しむ色の眼差し―――彼女を傷ごと包み込める男の器量を、ランチアは見定めていた。
 何より、ランチアにでさえ急には身体を強張らせることのある蓮華が、自然体で彼に接していられる。此れが大きい。
 確かに蓮華の言うように、信頼に値する男かもしれないと思えていた。



 何気に蓮華お気に入りらしい栗鼠の兄弟キャラクターのアトラクションであるミニジェットコースターだの、メインキャラクターの家を見て回り。
 このエリアでも美少女はおやつ屋台廻りをした。
 アイスクリームを食べプレッツェルを食べ、キャラメル味のポップコーンも買う。
 蓮華のポップコーンバケツの中は中々にカオスの様相を呈してきている。
「蓮華ぁ、…晩飯入るかー?」
「うっ」
 ぎくっとなった彼女に、ディーノは噴出した。
「ま、帰り道にファミレスとかあったし、そこで食うんでも俺は良いけどな」
 にかっと笑って言ってくれた青年に、蓮華はごめんなさいと謝った。まるで子供のような真似をしている自分が恥かしくて、彼女は頬を染める。
 白桃の様になった頬が可愛くて、ディーノは『やべぇぇえぇっ、超ヤバイっ、かわいいっ可愛いーッ、可愛過ぎる!!!』と心で絶叫した。
「へなちょこが…」
 ちょっぴり遠くで、小さな師匠がぼそっと言った事を知らないのは幸いであろう。


 はてさて次は何処に行くのかと美男美女な二人を追う。
 まさか早々帰る気なのか、ディーノと蓮華は入口付近の店舗街にやってくる。
「駄目ツナ、お前ぇと違って蓮華―――いや、情報屋『六道 骸』は超インテリマフィアなんだぞ。情報収集なんて完璧にしてきているに決まってる」
 ぐさっと胸に突き刺さる御一言だった。
「…どーせ」
 どうせ駄目ツナだい―――綱吉は黄昏た。
 確かにランボ達を休ませる為の午後のジェットコースター以外、かなり効率よく回っている。行ったり来たりしているようで、意外と待ち時間だのは少なく済ませていた。
「で?」
 それで今の行動がどう関係するのかと、首を傾げた弟子に、リボーン先生はやれやれと呆れた様に溜め息吐いた。
「あっハル多分判りました!」
 はいは〜いと手を上げハルが朗らかに言う。こういうノリの良さが、きっとリボーンと気が合うポイントなのだと綱吉は思っている。
「おし、ハル」
 言ってみろと授業のノリで、彼はぴっと指揮棒に変化させたレオンでハルを指した。
「このバザール街に来るのは、荷物にもなりますし、最後でいいかって思いますよね」
 うんうん確かにそうだ。
「でもみんなそう思うんでしょうね。閉演間際とかにはスッゴク込むんですっ!それこそ碌に見て回れなかったりするんですよ〜。だから、先にお買い物済ませるおつもりなのだと思います!!」
 おお、成る程―――と、綱吉と山本と了平と犬と凪は感心してこくこく頷いた。
「多分それで正解だぞ」
 愛らしい幼児の姿をした家庭教師様はニッと笑って仰られた。


甘党の蓮華だけでなく、ファミリーにも土産をとディーノもあれこれお菓子系の土産を選んだ。
 文字とキャラクターの組み合わさったキーホルダーも、蓮華は選ぶ。選ぶ文字は其々RにNにKにTにL、『家族』のイニシャルを嬉しそうに選ぶ彼女に、少し切なくて、けれど湧き上がるのは影のない微笑み故の愛おしさ。
 こっそり自分の分も購入したのは、彼女には秘密だ。

 一通り買い物をして、それを一回テーマパークから出て入口近くに設置されたコインロッカーに仕舞って。
 蓮華が手洗いに行った隙に、ディーノは素早く行動した。



 分かれた場所に戻るとディーノが居らず、蓮華の顔は引き攣った。
「……やられました…」
 これまで迷子になったりドジっ子スキルを発動していなかったので、油断してしまっていた。
 金色の頭を探して辺りを見回すが、何処にも天然の蜂蜜色は見当たらない。
 双色の瞳を持つ美少女は、泣きたくなった。
 あの大きな迷子は例え放送したところで掴まりそうにも、自力で迷子センターに辿りつけそうにもない。
 ああ、そもそも逸れた時の待ち合わせ場所を決めていなかった時点で、自分も大概ボケていたと、堪らなく情けない気持ちになった。
「おわっ、蓮華?」
 落ち込む蓮華に、「どーした?」と掛かる声。
 低い男のものなのに、柔らかくて優しい響き。
 俯いていた少女は、うっすら涙の滲んだ双眸で声の掛かった方を向いた。
「…はねうま…」
 じわっと目元が熱くなる。
「れ、蓮華?」
 今にも泣きそうな彼女に、蜂蜜色の髪と輝きの強い榛の双眸を持つ青年はおろついた。
「…もうっ、なんで居なくなっているんですか!?迷子になって!!」
「って確定なのかよ!!?」
 しかもこの年になって迷子呼ばわりなのかと、ディーノは講義した。
「当たり前ですっ、しょっちゅうなっているらしいではないですかっ」
 こういう事を喧伝しやがるのはきっとあの赤ん坊姿の家庭教師様だと、ディーノは確信した。超直感なんて無いけど判る。
「迷子防止の紐が必要でしょうか…」
 真剣な顔で言い出す美少女に、ちょっぴり泣きたくなった。
 流石に二十二にもなって、幼児の様に腰に紐を結ばれるのは嫌だ。
 想像してトホホとなった。でもちょっぴりそれっていいかもと思ってしまったあたり、いい加減イカレている。
 彼女に繋がれるのなら悪くない―――なんて、思ってしまった。


 なんだかんだとまた動きだす二人に、一部始終を見守り居っていたリボーンとロマーリオ―――跳ね馬ディーノの側近兼かつての守役は、この日何度目かの小さなガッツポーズをする。
 その肩に乗ったリボーン先生は、親馬鹿めとちょっぴり思う。



 日が暮れるのが早くなったと思う。西の空が茜に染まり出し、一方東は薄ぼんやりとした月が姿を見せ始めている。
 ぼちぼちライティングも始まったテーマパークは、昼間よりさらにメルヘンティック。それは日が沈み、灯りの存在感が増せば尚の事。
 土産物を売っている店を診て回りつつ、二人はゆっくり散策がてら歩く。
 もうアトラクションはぼちぼちで言いかという感じだ。
 トロピカルなライブショーを見て(後方から聞こえた子牛の半ベソ声(ちょっと怖かったらしい)とか、それを必至で宥める一同の声は聞こえなかった事にする。五歳児をドツいてくぴゃっと泣かせた獄寺には、後でがっつり説教してやろうと思った)、梯子してお隣にある機関車に乗って、風景やガイド音声を愉しむ。



 陳列されたカウボーイハットを被って、「似合うか?」と片目瞑って親指と人差し指を立ててピストルの様に構えて見せたディーノに、蓮華はくふくふ笑う。嵌りすぎて逆に面白かった。
 そんな感じで冷やかしがてら回って、小振りな土産物をまた幾つか購入してしまったりしつつ、のんびり歩く。
 三度やって来たメルヒェンなエリア、シンデレラの城が間近にあるだけに、硝子の靴を看板に掲げた店もある。
 ファンシーな店で大き目の縫い包みを手に取り、もふもふその柔らかさを愉しんでいる蓮華は、少女そのものだ。
 大人びた美貌もそうなると形無しである。
 やっぱりこういう風な時が一番可愛いとディーノはにこにこ見守った。



 ピーターパンと白雪姫とピノキオのアトラクションを各々制覇すると、ぼちぼちパレードの時間に近くなっていた。
 パレードは外せないよなと思いつつ、何故だかまた隣のファンシーなエリアに二人は向ってしまうので、それを追うかどうするか葛藤する事しばし。
「追って大丈夫だぞ」
 自信満々に仰る家庭教師様に、綱吉は従ってみることにした。


一度目来た時は混みまくっていたので後回しにした、メインキャラクター達の家を二人は巡った。
 メインターゲットがお子様なせいか、かなり人が減っていて、殆ど待ち時間無しで楽しめる。
「ぼちぼち行くか」
 時計を確認し言う青年に、ええと少女は頷く。



 少しずつ近づいてくるパレードの音。パレードルートを区切る為に張られたポールとロープ付近の混雑も、この辺りは比較的軽い。
 綱吉は、地図だけでなくスケジュールとパレードのルートまで頭に入っているらしい麗しい二人に感心した。
 我が身を振り返って、ちょっぴり凹みもする。
「そーだな、駄目ツナ」
 ぐさっといつも通り酷いお言葉を、ずばっとお言いになる家庭教師様は、だがと連ねる。
「だが、お前位の年までディーノもへなちょこだったんだぞ。今すぐじゃなくても、4、5年後にはああなれるよう目標にしとけ」
 リボーン先生にしては優しく発破をかけた。



 小柄な綱吉も、彼と身長の変わらない少女達でも、苦無くパレードを見ることが出来た。
 フゥ太とランボはちゃっかりランチアに抱っこされたりして、何気に一番の高みの見物である。
 少し気を使っているか、我もと行かなかったイーピンを、千種はひょいと抱え上げて肩車してやっていた。
「…見える?」
 めんどいが口癖の割に、無口でクールな彼は結構面倒見が良い。なんだかんだ言って何時も犬の手綱も握っているし。
「謝々!」
 ほっぺをピンクにして嬉しそうにイーピンは言う。
 一緒に暮らしているのを省いても、シェイシェイとニィハオぐらいは判る。例え自分が駄目ツナだとしても。
 蓮華って、やっぱり良いお母さんになりそうだ―――思った綱吉に、家庭教師様は「そーだな」と頷かれた。



 最後のフロートが扉の奥に消えて、さて次はと言った綱吉は硬直した。
「どうなさいました、十代目?」
「どーしたーツナ?」
 ハルもいつも通りはひときょとんと目を瞠っているし、凪も隻眼でぱちぱち瞬いている。
 きょろきょろきょろきょろ、綱吉は辺りを見回した。
「ら、ららら…らんちあさん…、らんぼは?」
 嫌〜な予感に、綱吉の顔は引き攣っていた。
「…?先程側近どのの所へ行ったが?」
 フゥ太も頷く。ランボさんあっちでも見る〜と、行動力抜群の幼児は動いたらしい。
「ボヴィーノの小坊主なら、確かに来たが、直ぐに戻ったぞ?」
 やっぱあっちが良く見えるんだもんね〜―――とのたまい、チビはまた動いたのだそうな。

 そこで一瞬沈黙が落ちる。

「らっランボ〜〜〜〜っッ!!!」
 どうしよう、もう夜なのに、閉演まで一時間くらいしかないのに、今から迷子の放送して貰わなきゃならないのだろうか!!?―――綱吉は頭を抱えた。
「ランボちゃ〜んっどこですか〜〜〜」
「極限どこなのだー子牛っ!!」
 声量自慢のハルと了平も叫んだ。
 すわ何事かと、集まる注目が恥かしいなんて思う余裕は綱吉から失われていた。


しかし、すぐに空気の読めないお馬鹿な子牛の声がする。
「ツナーっ」
 ばっと全員の注目が集まる先にいたのは、「もう」と細っそりくびれたウエストに両手を当てている麗しの少女と、苦笑しながらランボを抱っこしている青年だった。
「綱吉君もアルコバレーノもランチアも、駄目でしょう?目を離しては」
 こらっとちょっと睨めつけて見せるが、その口元が甘く微笑んでいる。仕方が無いわねという感じで。
「勿論ランボ君も駄目ですよ?お家の近くでは無いのですから、一人で行動してはいけません」
 メッと言って、蓮華はちょんとランボの小さな鼻を摘んだ。
 綱吉とかがやったら反抗するだろうに、まるで奈々にたしなめられた時の様に、ランボは素直に「は〜い、わかったもんね〜」と良い子のお返事をしている。
 ホッとした分、ちょっと腹も立った。
 それは(多分)同様だったらしく、獄寺がいつも通りこのアホ牛がっとぽかっとそのもじゃもじゃ頭を叩いた。
「…年下の子を叩くんじゃありません」
 白い指が獄寺の頬をムニッと摘んで、引っ張った。
「イダダダ…っ」
 思わずと獄寺が声を上げた辺り、かなりの力でやられたようだ。
 にっこり笑顔なのに、蓮華は文句を許さない恐ろしい何かを漂わせていた。
 さらに子牛は家庭教師様に懲罰を受ける。
 それに対しどう対処するのかと、綱吉は見守った。
「…アルコバレーノ?私言いましたよね?」
 優しいが、先程より凄みを増した声が、とっても恐ろしい。
「オレ、アホ牛より年下だもん」
 ぷりっと可愛い子ぶりっ子で言う家庭教師様。
「嘘はいけませんわ。こちらの跳ね馬の家庭教師をしていらしたのですから、少なくともフゥ太君より年上の筈です」
 なんとも筋の通る突っ込みに、綱吉ははっと気付く。
 よく考えると(これまで良く考えてこなかったのが馬鹿だと、ちょっと自覚した)、確かにそうだ。前にディーノは綱吉と同じ年頃にリボーンに教えを受けていたと、言っていたではないか。
 チッと舌打ちして、黙秘を決めたらしい家庭教師さまは、山本の肩にぴょいと飛び移って顔を背けた。
「はは、小僧珍しくやり込められたのなー」
 今までの話を聞いていて尚、そういえる山本ってやっぱり大物だと思った。


こうして何だか合流してしまった。
 ディーノさん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…(以下エンドレスな気分)―――綱吉はしょんぼりしたが、ディーノは結構落ち込むでもなく、チビ達にたっぷり楽しめたか聞いたりしている。
 蓮華は蓮華で、凪に疲れていないか、気分が悪くなってはいないかと声を掛けている。本当に姉兼母という感じだ。
 その後も女の子達と話したり、チビ達に抱っこをせがまれたりと、デートな雰囲気は完璧に壊れている。



 小さな子供達もいるし、出入り口と車も混雑する前にぼちぼち帰るかと言い出したのはディーノで、綱吉は本当に申し訳なくなった。
 もうディーノが蓮華に対して持っている感情は、綱吉どころか天然な山本でも判っている。
 そんな彼女とのデートをぶち壊し、帰ろうと言わせてしまったのが申し訳なかった。
 知ってか知らずか、蓮華は柔らかに微笑んで青年の提案を是とする。
「それが良いと思います」
 と。

「え〜ランボさんまだ遊びたい〜〜〜」
 ジタバタ我が儘を言う幼児を、でも良い子は本当は眠る時間ですよと蓮華は優しく宥める。
「悪い子だと次がないかも知れないですよ?それよりまた今度のお約束をしましょう?」
 これ以上のとどめの一言があるだろうか。
「わかったんだもんね!よいこのランボさんは、れんかとおやくそくするんだもんね!」
 元気に言う子供に、蓮華はくふふと笑う。
 お約束の指きりげんまんをする彼女に、ランボはちゃっかりおねだりもする。
「れんかれんか〜、ランボさん次はれんかも一緒がいい〜」
「ええ、そうですね。今度はみんなで一緒に来ましょう」
 次はお隣の海がテーマの方に来るのも良いですねと頷く彼女に、ランボだけでなくフゥ太もイーピンも僕も私もと纏わりつき指きりをねだった。



 カーナビを起動させて、遅い夕飯を食べていく店をディーノとロマーリオとリボーンは相談して。
 チビ達が寝てしまう危険があったので、とりあえず帰り道沿いにある一番近い和食レストランに寄った。
 セレクトは正解で、大人数に対応できる座敷席があったし、時間が時間だけに軽く済ませたい女の子達もほっとする。
 お腹もくちくなり、ランボとイーピンは食べ終わるや畳にころんと寝転がり、すやすや眠ってしまう。
 目をこすって我慢していたフゥ太も、バスに乗り席に着くや三分と持たず寝息を立てる。
 綱吉達とて一日めい一杯遊んだ為に、似たようなものだった。
 並盛への帰りの小一時間、マイクロバスで起きていたのは運転手であるロマーリオと家庭教師様とその四番目の愛人とランチアだけという有様だった。


 ロマーリオに最も近い席を陣取り、密談ではないが眠る子供達を憚っての小さな声で、リボーン先生は話す。
「ディーノの野郎、本気だな」
 にやりと言う小さな彼に、ロマーリオも莞爾と笑う。
「ああ、リボーンさん」
 此れまでももしやと思っていたが、この日確信になった。
 ロマーリオや他の部下が視界に入っていない時でも、気配が感じられないほどの距離を取っていても、ディーノはドジを踏まなかった。
 この事実の微笑ましさに、かつての守役は顔がにやけている。
 ディーノの中で、蓮華はすでに守るべき存在になっているのだ。
 彼をへなちょこ時代から見守ってきた二人にはそれが判ったので。



「あっちじゃなくて良かったのか?」
 軽く聞くと、美しい少女は少し悪戯っぽく微笑む。
「一応デートなのでしょう」
 面映い言葉が返されて、ディーノは頬を掻いた。胸のむずむず感は、嬉しさゆえ。
「な、蓮華」
 掛けた言葉に、彼女は「はい?」と穏やかに答える。
 優しい柔らかい響きのアルトが、耳に心地良い。
「オレも指きり」
 丁度代わった信号に引っ掛かったので、ニカッと笑ってディーノは小指を出す。大通り様様だ、お陰で次に信号が変るまでちょっと掛かる。
 双色の双眸でぱちぱち瞬き、彼女は首を傾げた。
 くすっと笑って、蓮華は出された小指に自分のそれを絡める。
 胸がくすぐったくなった。
 ディーノは朗らかに歌い始める。
「指きりげんまん嘘ついたらキス千回さ〜せる」
 アレンジされた歌詞に、蓮華はぽかんとする。
 指切ったと指が離れるのと、信号が変るのはほぼ同時だった。
「はっはねうまっ、何ですか、今の替え歌は!」
 助手席でオロオロ顔を真っ赤にして言う彼女に、あえて茶化して青年はだってと言う。
「オレ痛いの嫌いだもん。拷問見るのもヤだし?」
 針千本飲ませるのは、確かにリアルにやれば拷問だ。
 でもそれは裏切らないという約束を言っているだけであってとあたふた蓮華は説明する。
「いいじゃん、蓮華が約束守ってくれれば良いだけだろ?ま、オレはキスでも大歓迎!」
 下手な色気は匂わさず、朗らかに言う所為か、嫌な気分にならない。
 寧ろ恥かしくて、蓮華の頬は熱くなる。
「跳ね馬の馬鹿馬…」
 ぼそっと言ったが、彼はくつくつ笑う。
 大人で子供で、なんてずるいのだと思った。



 明くる月曜、昼過ぎに家のインターフォンが鳴る。
 宅配便に、何事かと蓮華は驚いた。
 届いたのは抱えるほどに大きな何か。
 はて何だろうと、彼女は考え込む。包装はつい先日行って来た夢と魔法の国の物。
 弟妹分達は何か送ったのだろうかと首を捻る彼女は、控えを見て双色の双眸を見開いた。
「どうした?」
 荷物を抱え持ってリビングに来た蓮華に、ランチアが首を傾げた。
 戸惑う顔で包みを開ける少女の頬が、ぽわっと桜色に上気するのに、青年は目を細める。
 出てきたのは、さも抱っこし甲斐の在りそうな大きな熊のキャラクターの縫い包みだった。

 同封されていたメッセージカードには、ただ一言。

『Presente quattro Lei』

 宅配便の宛名書きでバレバレなんだから、名前位入れなさいと、今度会ったら言おうと思った少女の唇は、甘いものを含んだときの様に笑んでいた。

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「恋物語(『雪月花』で連載中D骸♀連載)設定でディーノさんと骸嬢のデート+αギャグ」(リクエストはもうちょっといろいろ言いました)というリクエストでした。ぐっじょぶすぎます・・・!超楽しい・・・!!この順番で夢の国回ってみたいとか思う自分が居る(笑)。

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