愛しさ余って

「昌浩、もう時間だぞ?準備は終わったのか?」
のんびりとパンに噛り付いたままテレビを見てる昌浩に、晴明が声をかける。
声を掛けられた昌浩は、一瞬体を揺らせた…と思えば、ギギギと音をたてるように時計を見た。
「わぁぁぁぁっ!!!」
よく見れば、家を出なければいけない時間の僅か前。
準備…と言われても着替えをしただけで、鞄の準備はしていない。
「またか昌浩。全く…世話が焼けるな。俺が乗せてってやるから、早くしろ」
ソファーで寝そべってそれを眺めていた紅蓮は、いそいそと着替えを始めた。
「ん、ありがと紅蓮!ちょっと待ってて、すぐ終わらせるから!」
そう言いながら自室へ駆け込み、凄い物音を立てながら準備をした。
数分後、紅蓮の運転するバイクの後ろに乗せてもらい、何とか始業の前に学校へ到着出来た。

「おはよー」
ガラッと扉を開くと同時にクラスメイトに声をかける昌浩。
「昌浩、おはよう」
真っ先に挨拶を返したのは、玄武だった。
ずっと変わらない。
その後に、いろんな人から挨拶の声が掛けられる。
「危なかったな、昌浩」
「うん、のんびりしてたらさ、ギリギリで。また紅蓮に乗せてきてもらっちゃったよ」
助かっちゃった、とのんきに笑ってる昌浩を見て、玄武の隣にいた太陰が痛恨の一言を放ってきた。
「何言ってるのよ。どうせ騰蛇に乗せてもらえばいいってのんびにしてたんでしょ?」
ぎく。
太陰の一言に、昌浩は表情を固めて乾いた笑いを漏らした。
「た…太陰…あの、それは…」
もごもご。
必死に言い訳を考えているらしいが、思い浮かばないらしく、手をパタパタさせながら視線は泳ぎ、肝心の言葉が出てこない。
そうしてるうちに始業ベルが鳴り、会話は強制終了となった。
「あ、そうだ。今日の帰り家に寄っていってよ」
丁度隣の席の玄武にそれを言うと、少しだけ考えてからわかった、と頷いてくれた。
というのも、昨日から家を出た長男と次男が帰ってきているから、今日は騒ぎたいと思ったから。
「じゃぁ、放課後一緒に帰ろうね。あ、太陰にも伝えてくれる?」
と、玄武の隣に座っている太陰に伝言を頼んだ。
すぐに返事は返ってきて、今度は帰りに紅蓮の通う大学に行き、みんなを誘おうと考えた。

放課後、昌浩は玄武と太陰をつれて大学の門をくぐった。
どうやら制服を着ている昌浩はかっこよさよりも可愛らしさを発揮するらしく、通りすがりの大学生たちの目の保養となる存在になっていた。
最初は注意をしようとした大学の講師も、今となっては一緒に癒しを求めるように昌浩を見た。
両脇を歩く玄武と太陰も同じように可愛らしさを放つ為、そろってあるけば一種のアイドルグループとなる。
「危ない!!」
突然放たれた言葉。
何が危ないのか、誰が危ないのか理解する間も与えられなかった。
「昌浩!!」
バシッ!
何が危ないのか最初に気づいた玄武の慌てた声。
それと同時に聞こえたのは、何かを受け止める音。
「大丈夫か」
やや不機嫌な声が頭上から降ってくると、そこにいたのは青い髪の青年だった。
「青龍!ありがと。もしかして、庇ってくれた?手、大丈夫?凄い音したけど…見せてよ」
背中に隠そうとした腕を掴み、目の前に持ってくる。
怪我、とまではいかないが、衝撃を受けたせいか掌全体が赤くなっていた。
「う…痛そう」
「バカが。これくらい大丈夫だ。ところで、何故こんな所にいる」
注目の的になってしまった彼らをその場から離れさせる為に、青龍はついてくる様に行った。
が、最初に向かったのはすぐ近くにあるベンチ。
そこに投げ放たれた本を拾い、今度は建物へと向かった。
「ね、青龍。今から俺んち来てよ。成親兄と昌親兄が帰ってくるんだ」
キラキラと目を輝かせる昌浩に、青龍が断れるはずもなく、あっさりと頷きOKを返した。
やったー♪と喜ぶ昌浩は何だか更に幼い印象を持たせる。
「昌浩?どうした?」
青龍に案内されて大学の喫茶コーナーへ行くと、そこには紅蓮たちがいた。
やはり、と言うべきか、紅蓮は真っ先に気づく。
「紅蓮!ほら、成親兄たちが帰ってきたじゃん?だから今日はみんなで、って思って。どう?」
紅蓮と一緒にテーブルを囲んでいる朱雀、天一、太裳、天后に聞くと、太裳と天后は即答でOKを出した。
朱雀と天一は既に恋仲にあり、天一にどうするか聞いていた。
彼らの自宅は、安倍家を更に超えた場所にある。
最寄り駅は同じだが、少し遠いとも言えた。
「あの、無理しなくてもいいよ?」
おどおどとした声で昌浩が言うと、天一は首を振り、行きます、と答えた。
いいの、と天一を見つめたらおっとりとした、けれど強い頷きが返ってきた。
途端に花が咲いたように笑う昌浩に、一同は顔を赤くした。
見慣れた紅蓮でさえ、免疫力がついていない。
紅蓮、青龍は乗ってきたバイクで安倍家へ向かい、その他は電車に乗ってから徒歩で向かう。
バイク陣は先に到着して、青龍は既に自宅にバイクを置いてきたらしい。
昌浩の家に一番近いのは、青龍だ。
どうやら紅蓮にライバル意識を燃やしているらしく、高校も大学も同じ場所を選んだ。
「お待たせ。入って入って。ただいまー!」
昌浩を先頭にぞろぞろと安倍家に足を踏み入れていく。
それを優しく迎える安倍家は、いつの間にか彼らの憩いの場となっていた。

わいわいと騒いでいると、突然電話が鳴り響いた。
やはりというべきか、最初に気づいたのは昌浩だ。
些細な物音でも敏感に反応するくせに、何処か抜けているあたり、正直納得できないと誰もが言う。
「ねぇ、成親兄、電話鳴ってるよ」
青龍に抱えられた昌浩が、入り口の近くに座る成親に電話が鳴っていると教えた。
「昌浩、お前が出ればいいだろう」
「えー…」
行きたくない、とまるで小さな子供のように体を捩じらせて青龍にしがみついた。
ぎゅっとしがみつかれた青龍の表情は、僅かに嬉しそうで、それを見た紅蓮は手にしていた缶をぺきょ、と握りつぶしていた。
「仕方がないな」
と言いながらも、何故か嬉しそうな成親。
廊下から、少し驚くような声が聞こえてきた。
話が盛り上がるのか、喋る成親の声はやや大きめ。
「成親兄、電話誰だった?」
青龍の首にまわした腕はそのままで、顔だけを向けてくる昌浩の姿に、青龍が羨ましく感じる。
「六合と勾陣だ。ちょうどこちらに帰省するそうだから、行ってもいいか、という事だ」
「六合と勾が来るのか!?久しぶりだな。よし、何か追加して作ろう」
いそいそと主婦じみた行動をする紅蓮に、一同は笑いを堪えた。
ここで笑ってしまえば、紅蓮はこうして料理を振舞うのをやめてしまいそうだ。
六合が近くに住んでいた時はよく食べさせてもらったが、紅蓮も実はかなりうまい方だ。
「昌浩、そいつのところばっかじゃなくて、俺と天貴の所にも来いよ」
「あ、うん」
朱雀の言葉に昌浩は頷き、小声で、青龍にだけ聞こえる声で、ちょっとだけね、と呟いた。
小さい頃は苦手だったのに、こんなに懐くようになったのはいつからだろう。
朱雀と天一は弟のように昌浩、玄武、太陰を構った。
そうしてるうちに、太陰が玄武に突っかかるようになり、小さな諍いが起こっていた。
ピンポーン、とチャイムが鳴る。
電話の時は人を使ったのに、昌親が出ようとすると、昌浩が先に玄関に駆け出していた。
「いらっしゃい!六合、勾陣!」
早く早く!と彼らの手を引っ張り、それなりの規模を誇る自宅の廊下を足早に歩く。
「六合に勾陣、到着〜」
部屋を見回し、座れる場所を探す。
すると、昌親が先に場所を作ってくれたらしく、丁度2人分のスペースがあった。
「よく来たな、六合、勾」
「久しぶりだな、騰蛇。相変わらず、晴明がつけてくれたあだ名は昌浩だけか?」
そういう勾陣も晴明にあだ名をつけてもらった一人だが、実は晴明と本人以外知らない。
人が増えたせいか、何故かそこらで睨み合ってる人が増えたのは気のせいだろうか。
その中心にいる昌浩は、無意識のうちに首を傾げていた。
「どうした」
「えっ、あ…。何か、みんな睨み合ってるような、気が…」
最後まで言えず、途中で言葉を呑みこんだ。
紅蓮を筆頭に、みんなの視線が昌浩に、否、青龍に注がれている。
それも、チクチクとした視線が。
「………?」
おそるおそる、といった風に視線を泳がす昌浩に、思わず頬を緩めてしまう。
が、昌浩にまわされている腕を見ると、すぐに青龍を睨みつけてしまう。
一方の青龍は、余裕でその視線を受け流していた。
「ふん」
勝ち誇った表情。
「せい、りゅ…」
みんな怖いんだけど…と視線で訴えてみた。
普段は絶対に見せない、特に昌浩と2人きりの時にしか見せない表情で、何でもない、と言う。
「昌浩、兄たちの所には来てくれないのか?」
計算だとわかっているのに、成親と昌親の少し寂しそうな表情を見ると、うっ…となってしまう。
そろり、と動こうとすると、青龍の腕の束縛が強まる。
昌浩が動くのをやめると、やわらいだ。
「何じゃ、騒がしいと思ったら揃っとったか。ん?どうかしたか?」
飄々と現れた晴明に視線が注がれる。
晴明を見た後に送られる視線の先の光景を見て、にんまりと笑う。
「昌浩、後で俺の家に来るか?」
昌浩の耳元に口を近づけ、いつもより低めな声で囁いた。
声を出す度に当たる吐息に、背筋にぞわりとしたものが走る。
囁く時の青龍の指先が、脇腹をあやしく触る。
昌浩なりに、青龍の言葉の意味を感じとり、小さく頷いた。
その小さな頷きと表情でどんな会話をしたのか悟った一同。
こぞって今度は青龍の家で騒ごうと言い出した。
「ちょっと青龍!昌浩に変なコトしないでよね!?」
「昌浩、勝手について行くなと何度も教えただろう」
「え、紅蓮、でもそれ知らない人じゃ…」
「こんな獣について行く方が危ない」
という紅蓮の発言に、一同が頷く。
ただ、2人だけ頷かなかった者がいる。
晴明と勾陣だ。
曰く、「お前たちみんな獣だろう」
曰く、「昌浩がいいならいいだろう」
それでもその場が収まりきらないと判断したのか、青龍は昌浩を連れて行こうとした。
「待ってよ、青龍。明日休みなんだし、もうちょっとゆっくりしていこう?」
「よくぞ言った!!」
ガバッ、と抱きつく長兄。しかも昌浩の頭を自分の胸に押し付けている。
「ところで昌浩や。お前、誰の事を気に入ってるんじゃ?」
晴明の一言に、昌浩は一同を見回し、悩んだ。
みんな気に入っている。みんな大切な人たち。
でも考えると気に入っているの意味が違うような気がする。
落ち着くと感じるのは誰だろう、そう思った時、視線の先にいたのは―。
「せいりゅう…」
淡い色をした唇が、小さく青龍の名を呟いた。
それが、答え。
「行くか、昌浩。今日はもう騒げんだろう」
まさしく自己完結。
青龍は昌浩の手を掴み、自宅へ引き連れていく。
バタン、と閉まる扉の音に、こぞって悔しがったんだとか。

暗転

日参している携帯サイトDARKNESSの朝霧蒼衣様の40万ヒット記念企画で「昌浩総受け青龍オチ現代パロ」です!あーもう昌浩が可愛い・・・!
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