Io ho un incudo

「取り敢えず着替えろ」
 言って差し出されたのは、夏休みとこの間の誕生日リボーンがくれた洋服に、母お手製のカーディガン。
 何の強制イベントなのだろうと思いながら、逆らうのも止めておけと感が訴えるので、言う通りにしてみた。
 席を外した紳士な先生に首を捻りながら、綱吉はふりふりのワンピースにスカートを重ねて着る。
 着替え終わってとことこと階段下りてリビングに行くと、「まああ」と嬉しそうに顔を輝かせる母と、リボーンが待ち構えていた。
「りぼーん?」
 首を傾げて小さな家庭教師様を見ると、その手にはウィッグが。
 どうやら本格的に女装(いや、一応性別は女だからちょっと違うが)しなければならないらしい。
 日本人としてはかなり色素の薄い地毛と同じような色の、ふんわりカールした長い鬘をやたらと機嫌の良い母に付けられた。
 ほらと渡されたトートバッグの中を覗くと、服と同じブランドのロゴが胸に入った花柄プリントのエプロンが入っている。
 首を捻り続ける綱吉に、今度は奈々が色々入れられたエコバッグをはいと渡してきた。中を覗くと林檎やら大根やら蜂蜜やら何だか色々入っている。
「じゃあ、頑張ってね、つーちゃん」
「って、何を?」
 疑問符だらけの綱吉に答えは示されず、小さな先生に引っ張られて綱吉は家から連れ出された。


家の前にタクシーが止まっていて、綱吉は大きな琥珀の双眸をぱちくりさせる。
 軽やかに開いたドアから乗車なされた先生は、早くしろと言って綱吉を手招く。
 本当に何なんだろうと考え込む綱吉の疑問は丸ッと無視して、リボーン先生は運転手に発車を促した。どうやら行き先は既に告げているらしく、綱吉には秘密のままだ。
 取り敢えずいや〜な予感はしないから、大丈夫かなと思うことにする。
 十分ほどで辿り付いた場所に、綱吉は只でさえ大きな双眸を円くした。
「…りぼーん」
 此処って―――聞いて来る小さな弟子に、にやっとリボーンは笑う。一度だけとはいえ来た事のある其処に、綱吉はぽかんとする。
 立つはそれは立派なお屋敷の前。
「とっとと来い」
 云いながら止める間も無くリボーンはチャイムを鳴らしてしまう。
「なーっ、なーっ」
 言葉にならない綱吉は、口をパクパク開け閉めした。何しちゃってんのー―――と言いたかった様だ。
 ぴょこんと綱吉の肩に乗って、先生は彼女の抗議なんて聞く耳持たず、勝手にインターフォンに答えてしまう。
 どうぞと云われて、気後れする程大きな御宅の敷地に綱吉は恐る恐る踏み込んだ。
 最初はそうやってビビる余裕も無く引きずり込まれたので、余計にだ。
 とことことことこ、服に合わせた可愛らしい靴を、綱吉はせっせと動かした。普段スニーカーばっかりなので、俯き見る足元までもなんだかこそばゆい。
 なんで先生は綱吉より大分短いコンパスなのに、こんなに足が速いのだろうかとか考えていると。
「まああああ、ツナちゃん!」
 奈々並のハイテンションで呼ばれ、綱吉はびくーっと蚤の心臓を跳ねさせた。
 着物姿だというのに軽やかに駆けてくる美貌の女性に、ほわんと頬が染まる。
 忘れな草色の小紋を纏った彼女は、雲雀 恭弥と驚くほど酷似した美貌の持ち主だった。
「こ、こんにちは、小母さん」
 ぺこんと頭を下げる小動物の如き少女に、息子より遥かに喜怒哀楽を出す彼女はほんわ〜と表情を和ませた。
「リボーンちゃんっ、ナイスっナイスよ!」
 ビバ・ピンハ、ツナちゃんにぴったし!!―――ぐっと親指立てて見せたりと、顔が似ていなければ雲雀との血縁を疑うだろうキャラクターである。可愛いもの大好きな辺りは見事息子に受け継がれているが。
「もーーーーっ、可愛いーーーーーっ」
 同姓の強みで、ほきゅっと小さな少女を抱きしめ、実年齢より遥かに若い見目を持つ麗人は、殆ど絶叫した。




「それがねー、恭弥ったらまーた風邪引いて拗らせたのよ〜」
 ばっかよね〜―――なかなかに辛口のコメントをなされ、雲雀 蓉子はコロコロ笑った。
「というわけでだ」
 きらーんとリボーン先生の漆黒の瞳が煌いた。
「雲雀に恩売っとけ」
 悪魔だ。
 真っ黒な見た目のまんま、リボーン先生は悪魔だ。
 そのドス黒い気配と笑顔に、綱吉はぴるぴる震えながら、蓉子サンの後ろに隠れる。
 そんな様子もまた可愛いと、雲雀母は息子の嫁(勝手に認定)を抱きしめ、頬擦りした。


「きょーやー、生きてるー?死んでるー?」
 母のムカツクテンションに、恭弥の頭痛は増した。
「あんたを殺したい…」
 掠れた声でぼそり恭弥はコメントした。
 可っ愛くな〜い―――いい年してんな云い方してんじゃないと、イラっとする恭弥は、次に続く言葉にガバッっと起き上がった。体調が悪いのに急に動いたので、思わず眩暈がした。
「あんな可愛くない子放っといて、小母さんとお茶でもしましょーツナちゃん♪」
「っ綱吉!!」
 たーんと襖を跳ね飛ばす勢いで開けた恭弥は、硬直した。
「ひっひばりさんっ」
 母に人形の如く抱きしめられている少女は、いつの間に伸びたかふんわりした髪を肩に掛け、ヒラヒラのとっても女の子らしい恰好をしていた。
 ちょこっとだぶ付く袖からちょこんと出た手も可愛らしい。
 無言で恭弥は綱吉の姿を網膜に焼き付けた。
 カメラ…いや、携帯何処に置いたっけと彼は思考を巡らせていた。
 写メは勿論撮るが、カメラを捜索するより、草壁呼び出してパカチョンカメラ(使い捨てカメラ)を買ってこさせようと、熱に茹った頭でゴーイングマイウェイ・並盛の支配者は考える。
「あーちゃんのお土産で、虎やの羊羹と花園饅頭とパステルのプリンがあるのー、ツナちゃん好き?」
 似ているが故に逆にそのテンションが許せぬ馬鹿母(親馬鹿に非ず)の言葉に、目に見えて瞳をキラキラさせた綱吉に、雲雀はむぅぅっと顔を顰めた。
「綱吉、僕よりお菓子なの?」
「えっ…あのだって、虎やの羊羹と花園饅頭にパステルのプリンですよ?」
 思わず素直に言ってしまった言葉に、委員長が軽く凹んだことなんて、甘党綱吉は気付かないのである。


「おーツナちゃーん」
 久っさしぶりー―――と更なるハイテンションキャラクターの登場に、恭弥は青筋を立てる。
「…まだ居たの」
「ご挨拶だねぇ、恭ちゃん」
 三時間前に帰ってきたばっかりなのにーっ叔父さん悲しいよーと泣き真似してみせる派手な美貌の青年に、雲雀はトンファートンファーと自室に引き返した。
「恭ちゃーん、叔父さん平和主義だから!ラブ&ピース希望ですから!!」
 何言っていやがる元ヤンめ―――恭弥は射殺しそうな目線で百九十を超える無駄に長身な優い美貌の男を睨み上げた。
 人好きのする懐こい笑顔を、いっそ整いすぎた美貌に湛える彼は雲雀 章久。
 恭弥としては非っ常ーに不本意ながら、父方の叔父である。
「あっきーっ、カメラっカメラ回してーーーーー、もう今日のツナちゃん可愛すぎでしょーーー?!!」
「うんうん、可愛い可愛い♪せっかくだから、着物も着せちゃおうよ、蓉子義姉さん」
「きゃーっ、あっきーナーイスー!!!」
 いそいそと本当に動き出しかねない三十路コンビに、恭弥は頭痛が酷くなるばかりの頭を抱え、綱吉は助けを求めてオロオロする。
「こらこら、蓉子さんも章久も、悪ふざけが過ぎるよ」
 くすくす笑いながら現れた長身痩躯の美丈夫に、恭弥はホッとした。
 現れた父・孝弥は祖父と並び雲雀家の理性と言って過言では無いのである。
 弟の帰省故か、はたまた恭弥が体調を崩したからか、早々に帰宅してくれたらしい。
 雲雀さんの目元はお父さん似なのか―――とぽややんと思う綱吉に視線を落とし、彼は穏やかに微笑んだ。
「貴女が綱吉嬢ですか。初めまして、雲雀 孝弥です。やんちゃの過ぎる愚息を始め、愚弟と奥さんまでお世話を掛けているようですね」
「そっそんなことないですっ、お…わっわたしこそ雲雀さんにはお世話になってます……あの、はっはじめましてっ、さ沢田 綱吉ですっ」
 緊張にどもりながら、顔を真っ赤にしながらも、綱吉は出来る精一杯で相手に礼を尽くして頭を下げた。
 そんな様子を可愛いと思う人間しか、現状居ない。
 ほんわかと、ちっちゃな少女を雲雀の名を冠する四人は愛でるが如く見守った。


父が阿呆コンビを回収していってくれたものの、熱の増した恭弥はへばった。
 どうにか自分で布団に横たわったものの、ぐったりしている。
 氷水で冷やしたタオルを額に乗せ、お台所を借りて蜂蜜大根だの作ってみたりして。
 摩り下ろした大根に蜂蜜を掛けたそれは、お粥より食べやすいし喉が楽になったと微笑してくれた雲雀に、綱吉はほにゃっと笑った。
 うさちゃんに切った林檎に、意外と可愛いもの好きな委員長は目を和ませる。
 薬を飲んで眠った彼に、何度もこまめにタオルを冷やしては乗せて。首に噴出した汗を、そっと拭う。
 次に起きたら着替えてもらおうと思いながら、綱吉は穏やかな寝顔を見守る。
 眠る彼はあどけなく可愛らしくて、綱吉の中に眠る母性本能という奴は擽られた。
「早く元気になって下さいね?」
 眠る彼には届かないけれど、言って綱吉は微笑んだ。

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「青天(『雪月花』で連載中ヒバツナ♀連載)設定で風邪をひいてぶっ倒れた雲雀さんをリボ様の命令で看病するツナ」というリクエストでした。ぐっじょぶすぎます・・・!看病云々もそうですがなんと言うか雲雀家の人々が!(笑)。いろんなサイト様で雲雀さんのご両親(オリキャラ)を拝見いたしますが、此処まで闇猫のツボにはまった方々はいらっしゃいませんでしたよ・・・!!大好きです!!

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