夏の終わりに

いよいよ八月最後の土曜日。

「ぼちぼち夏休みも終わりだねー」
 シロップを食べきろう作戦の為、練乳掛けの苺カキ氷を食べつつ、ほにゃにゃんと綱吉は言った。
 今年はバテもせず、近年稀に見る充実した夏休みだったと彼女は思い返して微笑む。家庭教師様の指導の下、宿題も早々に終わらせているので、暢気なものである。
「そうですねぇ」
 同じように苺ミルクを食べるハルも、朗らかに微笑む。
「そうだ!」
 忘れてましたと、ハルはゴソゴソと自分の鞄を漁り出した。
 何事かとカキ氷食べながらそれを見守る二人と家庭教師様に、ハルはじゃじゃ〜んと紙を見せた。
 それはプリントアウトされたウェブ広告と思しきもので。
「明日はばたき市でフリマがあるらしいんです!ツナさん、獄寺さん、一緒に遊びに行きませんか!?」
 これが事の発端だった。



 隣の県に遠征するのだし、知り合いとか学校関係者に会う確率も低いだろう―――リボーン先生の予想に、思いのほかビアンキと奈々が張り切り出した。
 娘を産んだにも関わらず、夫の家系にまつわる諸々で男として育てざるをえなくなった鬱憤だのが意外と溜まっている奈々は勿論の事、折角(中性的だが)美少女と産まれたのに男の形ばかりする妹が不満だったビアンキである。
 二人して、朝から娘と早々リボーンに呼び出して貰った妹を着飾らせた。



「はひ〜〜〜〜!!!」
 女装させられた綱吉と獄寺を見て、ハルは頬を薔薇色に上気させ、そう声を上げた。
「つっ、ツナさ〜ん!」
「は、はひ…」
 思わずそう返す綱吉に、ハルはぽふんと抱きついた。
「もうっ、ベリーベリーキュートですっッ、超っ絶っラブリーですぅ〜〜〜〜〜っッ!!」
 ほきゅうぅと少しだけ背の高いハルに、綱吉は抱き締められた。
 パフスリーブな半袖ブラウスに、揃いのスカートという出で立ちの綱吉は、某乙女系ブランドのモデルに是非とも推薦したいくらいの愛くるしさだ。ウイッグで足された髪は肩を越している事もあり、何時もとは随分と印象が違う。
 変装としては十分に機能しているが、綱吉ラブな彼女の眼はそうは誤魔化されなかったらしい。
 リボーン先生もちょっと関心した。
 途中経過を見ていても、随分と印象が違うとリボーンですら思うのに、ハルに躊躇いは寸暇も無かったので。



「ふふふふ〜美少女二人、両手にフラワーなのですよ!」
 綱吉と獄寺を左右で腕組み、真ん中のハルはご満悦だった。
「…ったく、アホ…」
 前髪を上げてポンパドールにされ、カーキのシャツワンピースにベンハーサンダルと、二人よりお姉さん目にコーディネートされた獄寺は、溜息交じりに言いつつも、その手を振り払いはしない。
 こう云う所が獄寺君の可愛い所だよなぁ―――と思う綱吉の方はといえば、某乙女系有名ブランドの上下にコサージュ、足元はビーズがアクセントになった花刺繍が愛らしいサボとロマ可愛系。
 そして、赤地に白いハイビスカス柄のキャミソールにフリルデザインなデニムのミニスカート、キラキララインストーンが可愛いミュールを履いた、いかにも今時の女子中学生であるハル。
 そんなファッションはバラバラだが何れも標準よりかなり上を行く可愛らしくも中睦まじい少女三人に、物憂げな美貌のイタリアーナ・ビアンキと、見るからに謎な赤ん坊リボーン…―――これで目立たない筈がない。
 向う電車内でも視線を集めつつ、彼女達は目的地へ向かう。

辿り付いたは新興都市はばたき市。海あり山ありの上、此処十年で発展を始めた土地だけに、スタイリッシュな建物が多いだけでなく緑地の確保にも力を入れるなど環境が良い。
 一日遊び倒すつもり満々で、朝も早から出てきたので、最寄である新はばたき駅に到着したのは九時半を少し回った頃の事。
 ホームに、近代的な駅に吐き出されて、東口はいずこかとときょろきょろする。
 きゃいきゃい言いながら見つけて。そこでリボーン先生がおいと声を掛ける。
「どうしました、リボーンちゃん」
 にこにこ話し掛けたハルに、リボーンはにやっと笑って答える。
「オレとビアンキは湾岸エリアの珊瑚礁という喫茶店で待つ。お前達はお前達で愉しんで来い」
「ふふ…リボーンと二人きりなんて久しぶりだわ…」
 心配だの色々な意味での口を挟む隙間もなくビアンキの紡いだ一言に、「ああ、そうですね」と納得させられてしまう。
「りぼーん…」
 少し不安気に呼んだ綱吉に、小さな彼は大丈夫だと告げて、頬をそっと撫でてやる。
 珊瑚礁の場所だと地図を渡され。
「この街は治安が良い様だかからな。ほら、レオンも貸してやる。だから安心して愉しんで来い」
 芸達者に、レオンはリボーンの言葉と共にポシェットを飾るアクセサリーに変化して、綱吉に付き従う体勢を整えた。
「レオンはオレの相棒だ。何かあったらオレに判るように出来ている。だから安心しろ?」
 優しく言われて、綱吉はうんと頷いた。

フリーマーケットの広告は駅にも張り出されている上、駅前広場の大通りから少し歩く物の道沿いで。これで迷う方が無理という位置にあった。
「はひ〜広くて気持ちよさそうな公園です〜」
 横目に眺めてニコニコ微笑み言うハルに、獄寺は「そーか?」と返す。
 嘗ての自宅である育った城に、もっと広い芝生の庭と庭園のあった人間の言葉なので、あくまで感覚が違うのであるが。
「何と言うかこう…芝生で寝転がってごろごろ〜っとしたくなりますよね!?」
「うん、そうだね」
 ハルの言葉に答えた綱吉に、そう言うものかと納得がいったらしく、獄寺は先程とは一転、コクコク頷いている。


「…うっぜ…」
 人の多さに、獄寺はうんざりと吐き捨てた。
「もう、獄寺さんったら!そう思わずポジティブに行きましょう。人がいっぱいいて楽し気じゃあありませんか!」
 表裏一体な見解に、綱吉はたははと笑った。
 フリーマーケット会場は、人も多いが店も沢山で、扱う品物も様々だった。
 入口付近と奥まった辺りには飲み物やら軽食やらを扱う店があり、他にも古着を売る店、骨董店の出店らしき店、或いは専門学校やら美大の生徒らしき若者の服や帽子やアクセサリーなどの小物やら、陶器やら絵画やらの店もある。
「あっ、あのペアグラスプリティーです!お母さんのバースディがもう直ぐですので、プレゼントに良いかも知れません!」
 目敏いハルが、手作りの硝子を置いていると言う店を見つけたり。
「わ…手作りの縫い包みだって…」
 ぶちゃいく可愛い縫い包みが並べられた店を綱吉が見つけたり。
 海が近いこともあり、シーコームクラフトの店があったりと、色々誘惑は多い。
 そんな店々に立ち寄って、きゃいのきゃいの言って、時々購入したりして。
 以外や以外、値切り交渉は獄寺が上手かった。端数切捨てだの、無理の無い程度に相手を妥協させるのである。
「…イタリア時代はたまに市場などでしましたし…」
 少し恥かしそうに言う美貌の少女に、綱吉もハルも朗らかに笑う。
「流石獄寺さんです!」
 キラキラした瞳で素直に言うから、ハルの言葉は信じられた。そして、それに頷く綱吉になんだか嬉しくなるのである。

「…」
 その店はどこかぽつねんとした印象だった。位置は悪くないのに、客が足を止めない所為だ。
 何故だろうと思ったら、店主らしい青年が呼び込みだのを一切していないから。
 何の店かと思うとシルバーのアクセサリーが並んでいて―――割と良い感じなのにと、並ぶ品々に獄寺は思った。
 髑髏系が無いのが獄寺としては残念だったが、女性も好むだろう繊細なフォルムとデザインの指輪も充実しているし、花モチーフのペンダントトップやブローチやブレスレットなどもあり、結構品揃えも多い。
 しかも厭味の無いデザインは品がいい。
 なんでこの店がこんなに暇そうかと、獄寺は首を捻る。提示された価格も割と安めだし此れは買いだと思うのに。
「獄寺君?」
 傾げた小首にさらっと栗色のウイッグを揺らして綱吉に聞かれて、獄寺ははっとする。
「な、何でもありません、じゅ…つ…ツナさんっ」
 変装でもあるから今日は十代目呼びは禁止―――と姉とリボーンに言われ、綱吉も奈々もコクコク頷いていたので、ハルのようで恥かしかったがどうにかそう呼んだ獄寺に、綱吉はほにゃっと笑う。
 ちゃんと本来の性別に相応しく似合う恰好をしているせいか、飛び切りに愛らしい綱吉に、獄寺の胸はほわほわと暖かくなる。
「シルバーアクセサリーのお店だね。寄って行こ?」
 獄寺君好きだよね―――小さな手で自分のそれを引く綱吉に、獄寺が逆らえよう筈も無い。

「こんにちはー」
 どう声を掛けるか迷って言った綱吉に代わり、いつも朗らかなハルが口火を切ってくれた。
 青年は文庫本から顔を上げる。
「……いらっしゃいませ…」
 どこか棒読みに言った彼の瞳は淡い緑。
 日本人離れとまではいかないが、獄寺並にハーフな顔立ちである。
 ランボの瞳とよく似た色だな〜―――と、青年のどこか草食的な雰囲気と相まって一気に綱吉は和んだ。
「ちょっとお品物見させて貰いますね?」
「…ああ、どうぞ…」
 ハルの言葉に割と素っ気無く答えた彼は、商売っ気が無いとかというよりは、口下手とか人見知りの部類だろうなと、感のいい綱吉は思う。
「あっペンダントとかもあるのですね!可愛いです〜!!ほら、これとかツナさんに似合いそうですよ」
 きゃっきゃと朗らかに言うハルに、青年は柔らかに目を細める。きっと優しい人だと、綱吉の家で時に彼女を苦しめながらも守ってきてくれた感は教えてくれた。
「指輪とかもカッコいいですね!どうです?獄寺さん?」
「ああ、この辺とか、良いな」
 割とゴツ目のデザインを指差す獄寺に、ハルも綱吉もらしいなとくすくす笑いさざめいた。



 ああでもないだのこうでもないとか、獄寺とハルが言い合いつつ絞り込まれていく。
 何をって、どれが綱吉に似合うかという論争がである。
 何でいつのまにかおれのの話になったかな?―――と綱吉は首を捻るばかりなのだが、綱吉大好きな二人なので言わずもがなであろう。本人の知らない所で『ツナさんを護り隊』なんて勝手に組織している二人であるのだから。

お揃いでと、四葉のクローバーのストラップと、獄寺が指輪を数点とネックレスとブレスレットを購入しようという段だった。
「あれ!?葉月君!」
「え?葉月君?」
 柔らかなメゾソプラノとおっとりとした声に、青年はそちらを見る。
「…香純と…紺野」
 柔らかに緩められる表情に、何だか見ている方がくすぐったくなる。視線を追うと、陽だまりを思わせる朗らかな笑顔を浮かべる少女と、大人しやかで控えめに笑む少女が居た。綱吉たちよりは年上―――恐らくは高校生だろうお姉さん達だ。
「…お前、どうした…?」
「ん、えと、奈っちゃんがお店開いてて、珠ちゃんとその応援とかに来たんだよ」
 後で店番変わってあげる約束なんだー―――朗らかに言う彼女に、青年―――葉月はそうかと頷く。
「葉月くんは…あ、シルバーアクセのお店なんだ!わ…可愛い!これ葉月君が作ったんでしょ!?凄ーい」
「え…?葉月君が?」
「うん、アクセサリー作り趣味なんだって」
「はひっ、そうだったのですか!?素晴らしいです!」
 割と能動的なハルは、言ってしまってから他人様(しかも見ず知らず)の会話に割って入ってしまったと焦った。
 このアホと獄寺は顔を歪めたし、綱吉もオロオロとする。しかし。
「ふふ、そうだね」
 小柄な方のお姉さんはおっとりと微笑み、もう一方もにっこり笑んで「うん。こういう特技とか趣味があるって凄いよね!」と相槌を打ってくれる。
「は、はひ、そうですね!」
 優しい対応に嬉しくなって、ハルは頬をピンクに上気させ、ニコニコいつものご機嫌の笑顔になる。
 そうなると綱吉も嬉しくてほわほわ笑むし、綱吉が笑うと獄寺も機嫌を良くして微笑した。

「いらっしゃいませ」
 艶のあるテノールの声で迎えてくれた店員らしき少年に待っているだろう連れのことを告げると、ああと頷かれ、愛想良い微笑みと共に案内される。
 奥まった窓辺の席で、ビアンキはゆったりと詩集を読み、リボーンはノートパソコンを叩いていた。
 九代目に向けての報告書か、ひょっとしたら新しい著作なのかもしれない。かの『マフィアのすべて』とやらも彼の筆であるくらいだし。
「りぼーん!」
 声を掛けると、漆黒の双眸を上げた小さな彼は、綱吉を見てニッと笑む。
「おう、ツナ」
、どうだ、楽しかったか?―――確信しているだろうに問い掛けてくる彼に、綱吉はこくっと頷く。
 戦利品両手に抱え、それは愉しんだのだろうと一目で判る、表情をいきいきと輝かせた少女達に、リボーンは円らな双眸を細め「そーか、よかったな」と微笑んだ。

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「青天(『雪月花』で連載中ヒバツナ♀連載)で女の子同士のショッピング(たまにはそういうことをさせてあげようというリボ様の途轍もなく珍しい心遣い+ビアンキがツナを着飾らせたかった)」etcというリクエストでした。もう、超可愛い・・・!!めちゃくちゃテンションあがる・・・!!

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