う゛ぁんぷ!

指先の凍える感覚に、ツナはヤバイと思う。けれど紙一重で気付くのは遅かった。
 自覚症状を持った時にはもう、その体は凍えている。
 震える事も出来ず、ツナの小さな身体は崩折れ―――かけて、抱きとめられた。
「…ツナは体調が悪いようだ。保健室に連れて行く」
 許可を得るでもなく、決定事項として、ツナと良く似た―――けれど見紛うことは無いだろうクールな美貌の少年は言った。
 春の陽だまりの如き妹とは好対照の冴えた美貌に、無表情を貼り付けたジョットは、小柄で華奢な双子の片割れをひょいと抱き上げ教室を出た。
 教師すらも、いつもの事ながら暫し見惚れ…少し間を置いて、応えを返す。
 うっとりとした女子の溜息をバックに、ジョットはツナを抱いて教室を後にする。
 双子である彼と彼女が特例として同じクラスに在籍するのは、ひとえに虚弱体質の妹から片時も目を放すつもりの無いジョットのごり押しと、沢田家が学園にした多額の寄付が物を言った超法規的処置に拠った。



「……ごめ……ジョ…」
 只でさえ細い声は掠れて、いっそ儚い。
 搾り出す様に言葉を紡ぐツナの髪を撫で、ジョットは「無理をするな」と宥める。
 血の気を失った少女の顔に、ジョットはらしくもなく焦り、運ぶ足を速めた。
 早足に彼が辿り着いたのは、屋上。
 平行して並ぶもう一つの校舎からも死角になる側に移動しながら、ジョットは片手で自分のタイを解いて手早く釦を外した。
「ツナ」
 ほらと薄い背中を軽く叩いて、首筋の皮膚の薄い部分に小さな顔を近づけさせる。
 朦朧としながらも、半ば本能でツナは動いた。
 冷たい唇が触れ、ピリっと皮膚の裂ける感触が続く。
 甘い痺れを帯びるのは、蛇の捕食方法と似て、牙が麻酔効果のある物質を出す為らしい。生物としての生き残る為の進化の一側面だと、いつだか一族の一人であるヴェルデは言っていた。同じ様に、傷の治りを促進する成分も自分達の唾液には多く見られるらしい。
 吸われる感覚は、一種の快楽だ。
 ツナの細い喉がコクコクと動く分だけ、ジョットの体は冷える。
 けれどツナの様に凍える様な事は無い。
 虚弱に生まれつき過ぎた彼女と違い、元来ジョットも従兄達も『補給』無しでも自分一人ならどうにかなる程度に強い血を持っている。
 ただ、特異体質のツナを養う為に、現状どうしても必要にはなっているが。
 幸いか見目麗しく産まれているから、言い寄って来る女達に献血して頂きつつ、彼等はどうにかツナを生かしていた。

「…は…」
 満足気な吐息が、小さな唇を吐いた。
 はふと零れる溜息は甘く、温かく、首筋を擽る。
 どうにか戻った体温と共に血が廻りだしたツナは、子猫がミルクを舐める様に、噛み跡から垂れる血を舐めた。
 血の気を取り戻して、寧ろ薔薇色を帯びた柔らかい頬をジョットは撫で、微笑んだ。
「…馬鹿ツナ。もっと早くに言え?」
「……ごめん…」
 言って、ツナはきゅっと兄に抱きついた。
 抱きしめ返してくれる腕は、痩せっぽちのツナよりずっと確りしていて、温かくて力強い。
 双子として産まれたのに、正常に成長しているジョットは、もう、ちびなツナを見下ろすくらいに大きい。
 男女の差というにも、自分の発育不良さを見せ付けられ、ツナは切ない。
 出来そこないな自分を思い知り、ツナはしょんぼりしながらジョットの腕の中で淡く午睡む。
 そうして、分けてもらった血が全身を巡るまで、湯たんぽ代わりをして貰うのも、いつもの事。

ツナを早退させる為、リボーンかザンザスを呼び出そうと、ジョットが携帯を取り出した時だった。
「…君たち何?不純異性交遊中?」
 掛かる声に、ジョットは身構えた。
 この平和ボケ日本で、気配を消せるというだけで只者ではない。という事は、相手が気配を消せる程度の手達であるということ。
 警戒も無理はあるまい。
 睨み上げるジョットに首を傾げて見せる眼差しに含まれるのは好奇心だ。
 下世話なそれではない。
 窺う眼差しは、ジョットの首筋と、ツナの唇に注がれていた。
 見られた―――ジョットはザッと殺気立つ。嘗て魔女狩りに合ったという祖先から、人間には知られるべからずと硬く教えを受けているので。
 そんな殺気をもろともせず、切れ長の眦の艶やかな東洋美人な彼は、まだ半ば夢現でぼんやりするツナの小さな唇に触れた。ついと桜色を開かせ、真珠に似た小さな歯並びを検分する。
「犬歯にしては尖ってるね…」
 口に残る血の味故にまだ牙が納まっていなかったツナ故に、ジョットは思わず舌打する。
 つッと柔らかな花弁のような唇を撫でて―――少年は徐に自身の唇を重ねた。
「…んっ…」
 口腔をなぞられ、ツナは震えた。
 そうして、漸く少女は状況に気付く。
「んっ…ん〜〜〜〜…」
「…うん…血の味…するね」
 ぺろり自分の唇を舐め、少年は呟く様に言った。屈んだ彼は、ちらりジョットを上目遣いに見上げる。
 ねえ…君たち、何なの?―――問いに、ジョットは目まぐるしく如何対処するかを脳裏で考え続けた。

携帯で取り合えずリボーンを迎えに呼び出し。
 学園を仕切る最強にして最恐の風紀委員長である雲雀 恭弥が入学以来占拠している応接室で、ジョットは溜息交じりに語り始める。
 最悪リボーンにでもその記憶を消させようと頭の片隅で思いながらも、内なる直感がこの男なら話しても大丈夫だと告げていた。
 長の系譜が宿す直感は、身に宿る炎と共に一族を支えてきた絶対のもの。確信がどこかであった。それはこの時も勿論例外ではなかった。
 『群れるな』が口癖の一匹狼である雲雀は、風紀委員会に君臨していても、持って生まれた性質が孤高―――単独行動を好み、誰かと連むを良しとしないし、必然お喋りでも口が軽くもない。
 ただ、自身の中の好奇心に火がついているだけだ。
 そして、その知的欲求を満たしてやれば、自己の中で完結するタイプでもある。
「厳密にはヴァンパイアというやつとは違うと思うがな」
 日光も大蒜も十字架も聖水も全く平気だし―――とジョットは言う。
「旧約聖書を読んだことは?」
 徐なジョットの問いに、雲雀は頷いた。
「宗教には興味ないけど、一応一般教養として読んだ事くらいあるよ」
 ならまあ話は早い方かとジョットは微笑する。
「あの中に、長寿の者達が出てくるだろう」
 それがどう関係するのかと思いながらも、雲雀は脳裏に概要を思い浮かべる。
「『ノアの方舟』の時ノアは六百歳だったとか、九百年以上生きたとか…他にも人間の何倍もの寿命を持つ人物が出てきていたね」
「たぶん俺達はそれに近い。彼等は血を神に捧げる神聖なものとしていたしな。まあ、俺達は捧げるのではなく頂くんだが」
 話が早いと頷き、ジョットはそう続けた。
「俺達はたまに外から血を補給はしなくてはいけないが、普通に食事もするし、生殖方法も人間と変わらない。あと、伝染もしないな。同族に出来るのは一人につき一人だし、かなりの大仕事だ」
 その辺りが映画だのに出てくるヴァンパイアとの違うなと言うジョットの言葉に、雲雀は成る程と相槌を打って、先を促す。
「そして俺達の寿命も長い。最長老は確か五百を越えている筈だ。なんだかテロメアがやたらと長いとかヴェルデ…同族の科学者が言っていた」
 その言葉を冗談とするでもなく、雲雀はふぅんと淡々と答える。座り心地のいいソファーで、ジョットの膝枕でツナはとろとろまどろみながら会話を聞いていた。
 変わった人だなぁ―――と、ツナでさえぼんやり思う。

「因みに俺とツナは一族では三番目に若いがな、それでもお前の親より多分年上だ」
 それには少し驚いた様で、雲雀は切れ長の双眸でツナを眺めて、瞬く。
「…これで?」
 高校通いつつも、精々十歳前後にしか見えないロリロリの少女なのに、実体は…―――いやいや、寿命が違うから、肉体年齢は違うだろうとか思いながらも、並ぶジョットは自分と同世代に見えるとか、雲雀にしてはかなりの葛藤をした。
「ああ、これでだ」
 同意するジョットに、ツナはプクっと頬を膨らませる。
「わたしだって好きでちっちゃいんじゃない…!!」
 がばっと起き上がり抗議して―――くらりきた貧血に、ツナは元通りジョットの膝に戻った。
「…馬鹿ツナ」
 やれやれと溜息吐きながら、ジョットは妹の自分より一段濃い琥珀の髪を撫でる。


「こいつは本当に虚弱体質なんだ。ウチの一族は元来病気にはならないんだが、こいつは生まれつき血がやたらに薄くてな。自分で血を作ることも殆ど出来ないし」
 その分成長も遅い様なのだ―――とジョットはフォローしてやる。
 そして外から補給するにしても、ツナの体には人間の血では薄すぎる。
 同族の体を経ての言わば濾過された濃度の濃い血を飲ませて、どうにかここまで生かし大きくしたのである。
 リボーンやザンザスがしているのを見て育ったのもあってジョットはそれを当たり前としているが、それはここ百年余り一族を悩ませている問題でもあった。
 ジョットやザンザスは長の系譜だった事もあり、近来生まれた子供の中では先祖帰りで濃い血を持って生まれたのでどうにか生き延びたが、それ以外産まれた六人の子供達は何れも死んでしまった。自分で殆ど血を作れないことに気付いてやれなかったからだと、大人達は今も悔やんでいる。
 長の家系に生まれた子供だったから、次次代の長たるジョットの守り役として付いたリボーンが、その片割れの異常に気付くことが出来たのが数十年前の事。
 そうしてツナはどうにか命拾いしたのである。

「沢田 ツナ」
「ほえ?」
「はひ?」
 掛けられた声に、ツナは一緒に購買に向っていたハル共々妙な声を上げてきょとんと瞬いた。
「はひ〜っ、ヒットラーさん…じゃなくて雲雀さんっ」
「…なにそれ…人に妙な綽名つけないでくれる?」
 雲雀は切れ長の双眸を眇める。
 本人にそのつもりはそうは無くとも、十分な威嚇効果があった。かなり天然で多少図太いとはいえ、普通の女子高生でしかないハルは恐怖に涙ぐむ。
 中学時代からの恐怖伝説を数々勲章の如く連ねる最強にして最凶の風紀委員長を前に、ニコニコとしていられるド天然に加えて諸々の耐性のあるツナとは違うのである。
「あ、こんにちは、…えっと…雲雀さん?」
 発条仕掛けの人形の様にぺこんと頭を下げたミニマムな少女に、うんと頷き雲雀は柔らかなキャラメル色の髪をぽふぽふ撫でた。
 校則違反でないから放置はしているものの、頭を染めた連中を多少不愉快に思いはしても、イタリア系ハーフでありかの国が母国であるツナやジョットの天然色だ。まさかそれを黒く染めろと云う程雲雀は理屈の通らぬ男ではない。
「これ、ナミモリーヌのシュークリームと苺のタルトとチョコレートケーキ」
 箱を持っていた左手を徐に掲げ示した雲雀の言葉に、ツナの双眸はキラキラ輝く。
 小柄で痩せっぽちなのに、この少女は甘い物に目が無いのである。
「デザート、食べるかい?」
 ちょっとビックリする程の全開の笑顔が逆に胡散臭さを駆り立てる雲雀に、けれど大好きなパティスリーのケーキに目の眩んだ危険察知能力の低い少女は頷いた。
「はい!!」
 こっくんと大きく頷いたツナは、「ハルちゃん、ちょっと行ってくるね?」と言って、雲雀の校内私室と化して久しい応接室へと連れて行かれてしまう。
 二人の姿が見えなくなって、はたとこれって誘拐だと気付いたハルは、「はひ〜〜〜〜」と悲鳴を上げながら、ツナの保護者たるジョットの元へと駆け戻った。

ザンザスにぃ並に大柄なリーゼントのお兄さんが、見た目にそぐわぬ繊細な手付きで入れてくれたダージリンは茶道楽の気のあるツナも思わず唸る程美味しかった。
 相乗効果はばっちりで、ツナはホクホク顔でケーキをぱくつく。
 敬愛する委員長の趣味に密かに驚愕しつつ、それを面には出さず草壁が去ると、タルトの苺をぱっくんと小さな口を大きく開けて食べたツナをまったり見守っていた雲雀は、徐に口を開いた。
「ねえ君、僕の血、飲んでみない?」
「ふみゅ?」
 艶掛けをまとった苺でマシュマロのような頬を膨らませたツナは、こてっとツインテールに髪を結われた頭を傾けた。
 因みにぶきっちょな彼女が自分で結った訳ではない。器用かつフェミニストかつ完璧主義者な兄の教育係り様のお手掛かりだ。
 もごもごもごこっくん―――と苺を飲み込んだツナは、ぱちぱちと大粒の琥珀の双眸を瞬かせる。
「…雲雀さん、まぞひすとさんなんですか?」
「…誰がだよ」
 誰がどうみてもドSだろう少年に果敢に問い掛けた少女に、雲雀は溜息吐きながら返した。
「言うなれば好奇心だね。流石に僕が血を飲む事は出来ないけど、吸われる方は出来るだろう?」
「はあ」
 誰がどうみてもドSだろう少年に果敢に問い掛けた少女に、雲雀は溜息吐きながら返した。
「言うなれば好奇心だね。流石に僕が血を飲む事は出来ないけど、吸われる方は出来るだろう?」
「はあ」
 判るような解らないような理屈に、ぽややんとした少女はまたケーキをつつきだす。
 「え〜と、じゃあジョットでも良いんじゃないですか?」
 素朴な疑問に、雲雀は目に見えて顔を顰めた。
 バニラビーンズとベリー系の洋酒が仄かに香るカスタードとタルト生地を咀嚼するツナに、雲雀は言う。
「男に首に吸い付かれる趣味はないよ」
「そういうものですか」
「うん」
 だからと自分に白羽の矢が立ったらしいと小さな頭で思ったツナは、ケーキを食べつつしばし考えて、ふむと頷いた。
「じゃあ、ご馳走になります。」
 タルトを食べ終え紅茶で口直ししてから、ツナは徐にぺこり頭を下げた。
「いただきます。」
 言って、不器用なツナはもたもた雲雀のシャツの釦を外そうとする。結局、軽くイラッとした雲雀が自分でやった。
 軽く頭を傾け、晒された首筋に、ツナは少しおずおずと唇を寄せる。
 小さな頃にリボーンが引っ掛けた女の人の血をためしに飲んだことはあったが、男の人は同族意外初めてだったので。
 ぷつり皮膚に牙が穿たれた痛みは、しかし直ぐに麻痺する。代りに得られるのはじわじわした快さ。
 ちゅっと小さな唇に吸い付かれ、思わず背筋が泡立つ。
 こくこくと細い喉が動いて―――はふと吐息が首筋を擽った。
 ぺろり小さな舌で舐められ、くすぐったさに雲雀は小さく肩を揺らす。
「えと…ごちそうさまでした」
 ほにゃっと笑い、吸血の生き物にしては無垢で無邪気な笑顔を、ツナは見せる。
「うん」
 と短く応えて。
「悪くないね。…寧ろ、何か気持ちいい」
「そーなんですか?」
 首を傾げる少女に、うんと雲雀は頷く。
「君は?やっぱり美味しくないの?」
 体に合わないというのならと問い掛ける雲雀の言葉に、ツナはふるふる首を振った。
「美味しかったです。なんていうかー、濃縮還元ジュースと、果汁分20%位の違いみたいな」
 微妙だが、成る程的確な例えだと、雲雀はくつくつ笑う。
「そう、じゃあ週一位で飲みにおいでよ」
 言葉に、ツナはきょとんとする。
 そんな彼女に雲雀は一気に距離を縮め、ちゅっと接吻た。
 やっぱり血の味がしたが、柔らかい唇のせいか不愉快ではない。
「コレで僕の血、提供してあげる。」
 言ってまだ碌に膨らんでも居ない薄い胸元を手が這い―――バァァン…ッ!!と開いた扉に、呆然とソファーに押し倒された少女は瞬く。
「あ、ジョット」
 あっという間にブラウスの釦を五個も外され、かなりの危うい状況である筈だが以前ぽややんとしたツナは、甘い美貌を般若のそれにした双子の兄にほにゃっと笑いかけた。
「…どういうつもりだ、雲雀」
「ん?なんか、美味しそうだったから?」
「ほえ?雲雀さんも同族なんですか?」
 天然少女の言葉に、一触即発の空気はガラガラと音を立てて崩れ去った。
 いや、ちゃうちゃうと、金茶髪と緑の黒髪の青少年は、揃って首を振った。




えんど

絶賛日参中な携帯サイト雪月花の雨里様からキリリクでいただきました。「ヒバツナ吸血鬼パロ」というリクエストでした。・・・アニメにやられた闇猫のあほなリクエストをこんなすばらしく調理していただけるなんて・・・!ぐっじょぶ過ぎます・・・!!

← 戻る