「サヨナラ」じゃないことを願った
ゆっくりとゆっくりと、頬を無理矢理に緩ませるようにして、少女が微笑した。
それは今まで見てきた中で、一番 痛々しくて、そして一番 美しかった。
「約束、守れそうにありません」
声は、はっきりしていた。
震えてはおらず、寧ろ 穏やかだった。なにかを諦めたような、そんな声だった。
「いつかは、戻ってくるんだろう?」
それにサヴァリスはそう返した。
彼女ほどの武芸者が、グレンダン以外で生きていけるなんて思えなかった。
思いたくもなかった。
当事者よりも、動揺した自分の声に眉を寄せる。
少女に動揺はない。最早 仕方ないことだと片付けてしまったのだろう。
「……帰るつもりはありません。
父さんとも、リーリンとも、みんなとも、お別れです」
明確な感情を示さない瞳が、真っ直ぐにサヴァリスを写した。
乾燥した藍色に吸い込まれる。
見つめ合っているのに、互いが互いを見ているはずなのに見えていない。
そんな感じがする。
「サヴァリスさんとも、もう会うことはないでしょう」
ほわり とまた少女が微笑む。
「ーーーー 」
何事かを呟いた後、少女が軽く腰を折り、ぺこりと頭を下げて、背を向けて去っていく。
桜の花びらがその小さな背を追い立て、隠すように散り、一際 強く吹いた風が薄桃色を舞い上がらせた。
その風景をサヴァリスはただ見ていて、ぽっかり空いた心の穴を前に茫然とした。
それが、自分の唯一愛した ヴォルフシュテインを冠する少女との別れだった。
「サヨナラ」じゃないことを願った
自分の、一応…いちおう、イチオウは、こ、恋人であった あの変人との思い出で、一番 衝撃的だったのは世のいうところの告白とやらをされた時だと思う。
確か、任務帰りだった。
単独戦だったのだけど、何故かサヴァリスさんは観戦に来てた。
まぁ戦場に飛び出してきて、僕の取り分(またの名を汚染獣、そのまたの名を飯の種)を奪わないだけいいのだけれど、すごくいい笑顔で戦場を眺めていて、やっぱりあの人、変な人なんだーと再認識した。ちなみに当時、11歳。
それで任務を終えて、帰るかなという時に自然と一緒になり、会話が途切れた時に言われたのだ。
「レイフォン、付き合ってください」
「いいですよ、どこ「本当かい?好きだよ、愛してる、レイフォン」……は?」
あれ?幻聴?なんかすっごい甘い声でなにか囁かれた気がする。えっと?
頭を ガッツーンと殴られたような精神的な衝撃。
それに気をとられていると、そっと手を握られた。
ひんやりしていた。手が冷たい人は心が暖かいというがあれは普段、水回りで仕事をしている主婦たちのための言葉なんだよ、という どこかの誰かが言っていたことを漠然と思い出し、あ、じゃぁそれ、リーリンのことだね、とこの時に考えなくていいことを呆然と思った。
そして、 チュッ… という可愛らしい、まさしく悪夢のような音と唇に触れる温度と目前に広がる綺麗な顔に、脳内の笑顔なリーリンが消し飛んだ。
未成年搾取?あれ、なんか違う。ロリコン?というか、確か、14歳以下のコドモに手を出したら犯罪なんじゃなかったっけ…?
コドモ扱いなんて嫌だが、この時ばかりはそれに縋りたかった。
そんなことを考えた後、思考は硬直。
しかし体は硬直せず、
ドッ!!バキャ!!
無防備だった変人の腹を、思いっきりど突いていた。
吹っ飛んだ変人が、殴り愛?レイフォンは本当に可愛いのだから、と頭のネジが数十本はずれたことを真顔で言うのを聞き、そして何故か 本当に何故か、お付き合い というのをすることになった。
その時は、まぁ、いいか。くらいの気持ちだった。女王と天剣たちの拒絶反応は凄まじかったが。
レイフォンが望むなら、なんでも買ってあげるよ、と、なんだか援助交際中なオヤジのようなことを平気で言ってくる相手だし、本当に、本当に、僕のことが好きなら手は出さないでくださいよ、僕はコドモですから!とこの時ばかりは年齢を盾にして、貞操は守り、あの戦闘狂もそういう約束は守った。
僕が嫌がらない程度の距離は保ってくれたし、段々 まぁ いいか で始まった交際が、そんな軽々しい気持ちではなくなってしまった。
つまるところ、ミイラ取りがミイラになった?
つまり、僕はあの銀色に、惚れてしまっていたわけだ。いつの間にか。
でも、付き合う前から、あの人を好きになるずっと前から、僕には譲れないものがあったわけで、ずっと悪事を働いていた。
それがバレて、一応はあの人と関係がある者を殺しかけた。というか殺そうとした。
それでお別れだ。
これこそが自業自得で、きっとサヴァリスさんも呆れたんだろう。
勇気を振り絞って、最後だからと自分に踏ん切りをつけさせて、未練を消し去るために会いにいったのに、なんだか あまり話も出来なかった。
***
「…………はぁ」
訓練場の片隅、窓の向こう側に目を向けながら、レイフォン・アルセイフはため息をはいた。
春期と冬期が主な季節な故郷では植物の開花は非常に安定しないが、この学園都市は安定した季節があるらしく、入学したてのこの時期に桜が見頃を迎えている。
それは否が応でも、あの日を思い返させて、なんというか、胸が苦しい。
これから、どうしようかという将来の不安もあるし、剣を握る後ろめたさもある。
けれど、既に終わったことである、あの戦闘狂関連のことばかりが頭を巡る。
「ん、どーした、レイフォン。元気ねぇぞ」
「……シャーニッド先輩……」
ぼう、と顔を上げれば、おちゃらけた自隊の狙撃手がレイフォンの頭をぽんと軽く叩いた。
「悩み事かい?」
可愛い後輩の悩みなら、お兄さん いくらでも聞いてやるよ?
そう微笑む狙撃手にレイフォンは曖昧に笑う。
窓の外の向こう、ひらりひらりと舞う薄桃色に目を向けながら、口を開いた。
「……、ずっと一緒にいる と約束した人を、裏切っちゃったんです」
あぁ、違うか。最初から、その約束のずっと前から裏切りはしていたわけだもの。
「嫌われるのが怖くて、逃げてきちゃったんですけどね」
「それで恋しくなっちまった?」
問いの形なのに、確信をもって発せられた言葉にレイフォンはそちらを向く。
目を見開いて、そうなのだろうか…と自分のことなのにわからなくなる。
「無自覚かー」
首を傾げるレイフォンに先輩はそうかそうかと笑い、またもや ぽんぽんと頭に手をのせる。
「大丈夫。何も死んだわけではないんだろ?
お前さんが忘れなけりゃ、また会えるさ」
「……ですかね」
そんなわけないのは、わかっている。
天剣授受者が都市を出るなんて、有り得ないだろうから。
けれど、それでもストンと楽になった。
そっか、忘れなくてもいいのか。
そう思うと安心できた。
忘れたくないなら、忘れなくていい。
「…そっか」
「ん?」
「いえ、……ありがとう、ございました。先輩」
「あぁ、…よし、元気になったな?
じゃぁあそこで準備体操して準備万端な隊長さんの相手になってきてくれ」
「はい」
「今度は気絶すんなよー」
「…………はい」
実力を隠しているため、かなりイタいところをつかれ、レイフォンはそそくさと移動した。
忘れたくなくて、結局、君に恋していたいんだよ
その途中、そんな一説が頭をよぎり、顔面を茹で蛸状態にしてうずくまったのは その3秒後だった。
***
「……うーん、かなり不安だけど、サヴァリスがツェルニに行くってことで」
「拝命、感謝致しますよ、陛下」
「あーー、…不安!本当に、私のリーちゃんに傷一つつけたら、マジ殺すからね。
……あとレイちゃんも。
連れて帰っちゃ駄目よ」
「わかってますよ」
「……いざとなったらレイちゃんと闘うことになるわよ?」
「わかっていますよ」
「……じゃぁなんでツェルニに行きたいわけ?」
む、と唸る女王に、サヴァリスは笑った。
余裕のフリをした戦闘狂は慈しみを瞳にのせて、目を細める。
そして言うのだ。
「だって、そろそろレイフォンが寂しがっているでしょうから。傍にいてあげないとね」
つまり、あんたが寂しいわけね
そんな女王の言葉を受け流しながら、サヴァリスは女王の下を去ったのだった。
ある意味シャーニッドの予言通りになったのは、その数ヶ月後のことだった。
end
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ぽつり。
のゆく様からキリ番リクエストでいただいたレギオス小説!「CHERYBLOSSOMの『桜ロック』なサヴァレイ」です!素敵ですぐっじょぶですvvにやけっぱなしvv
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