巡りてAI
「蓮華さま…」
きゅっと袂を掴まれ、どうしましたと蓮華は首を傾げる。
はにかみ屋の凪を見守る双色の瞳は優しい。
「…あのね…」
緊張しているか、視線が落ち着かない。
はて、何事かと蓮華は考え巡らせる。
しかし、結果としては言い意味での肩透かしを食らって、麗しい少女はくふふと笑った。凪の珍しいおねだりは、いつもささやかで可愛らしい。そんな所が愛おしくなるのだ、この妹同然の少女は。
「蓮華さまと、お出かけしたいの…」
こう言われて、どうして駄目と言えるだろう?
旬を迎えた秋鮭のスモークサーモンときのこと山菜とで軽く十人前はある押し寿司を作り、海老と蓮根の挟み揚げと茄子田楽、お吸い物を温めるだけと準備万端お昼の用意をして。
「それでは行ってきますね」
微笑んだ蓮華に、千種とバジルは頷いた。
少し後ろで拗ねてブー垂れる犬の頭を、ランチアがクシャリ撫でる。
ほら、挨拶はしておけ―――と、兄を通り越して父親代わりの感すらある青年に促されて、しぶしぶと犬は言った。
「いっれらっしゃい、蓮華しゃん…凪も…」
「くふふ、行ってきますね、犬。お土産も買ってきますからね?」
小首を傾げて言う蓮華に、そんなのより凪だけずるいと犬は訴えたい。でも、きっと困らせてしまうと解っているから言えない。
悔しくてねたましくて、でも嬉しそうに微笑みながらも、少し申し訳無さそうにちらと犬を見る凪の隻眼に文句も言えなくて。結局犬は口を噤む。
「…ナミモリーヌのゼリー食べたいれす。あと、晩御飯は肉をいっぱい食べたいれす…」
代りにせめてもの我が儘を言う犬が可愛くて、はいと頷いて蓮華はその褪せた金髪をほわほわ撫でた。
折角ですから二人で御着物デートです♪―――と蓮華が茶目っ気を発揮して、自分だけでなく凪にも色とりどりで可愛らしい紅葉の柄の着物を着せた。
自身は一寸風変わりなトランプ柄のもの。黒地でちょっとキッチュなそれに、チェックの帯をあわせる。
手を繋いで歩く二人は、雰囲気にどこか共通点がある上、親愛と信頼がある為か多少の造作の違いは何のその、姉妹にしか見えない。
それも飛び切りの美人姉妹だ。
老若男女、道行く人の目を惹きつけて止まないが、それが日常な蓮華は大部分をシャットアウトすることもまた、身に着いてしまっている。
和服は自分で縫うし、民族衣装系の服も細かに採寸さえすればネットで注文できるので、蓮華はウインドウショッピングすらようようしない。
出かけると言えば食材を買いに商店街だのスーパーだのに行く程度と、年齢相応の少女らしくないのである。
こればかりはイタリア時代に染み付いてしまった癖だ。
外を歩くとナンパをされるので、結果として蓮華は必要最低限にしか出歩かなくなった。はっきり言えば出不精であり、引篭もりの気すらある。
そんな自分をおねだりという名目で連れ出してくれた妹分の、少し零れた解れ毛を蓮華は撫でつけた。
優しい手付きに、きゅうっと凪の胸は締め付けられる。
血の繋がった、母であった筈の人にすら、こんな風に触れられたことも接してもらった事も無い凪の中から、戸惑いは中々消えない。けれど、その心地良さに少し慣れて、噛み締めるように凪はそっと目を伏せる。
はにかむ少女に、蓮華の中でチクチクと罪悪感が首を擡げた。
『筋』を知る蓮華は、無論凪の事も、彼女が事故により右目の視力を、内臓の多くを失う可能性も―――…親によって精神的にネグレクトされていることも知っていた。
その上でも、マフィアの世界に女の子である彼女を関わらせるのが嫌で、接触を持たないようにしていた。
関わらないで居られるならそれが望ましいと。
けれど、『骸』が女であるというイレギュラーや、復讐者に囚われる事がないという『筋』の違いはあれど、結局凪は『骸』の来日と時期を同じくして事故に遭った。『それ』を補う為だけの彼女の存在ではない―――とでも言うように。
黄泉路を辿りかけた彼女の手を、取らずには居られなかった。繋ぎとめてしまった。
どうせこうなるなら、早くにとしておけばよかったと思う自分のエゴに、嫌気がさす。
掬う手段があるのに娘の命を放棄した母親と、自分はそう変わらないのかもしれないと、蓮華は自嘲する。
寂しい思いをしているだろう彼女を知っていても、怖くて手を伸ばせなかった。
自分の様に傷つく事があるのではないかと、怖くてたまらなかったのだ。
その贖いの様に、彼女に優しくしたい自分の醜さを知らない少女の無垢な微笑みに、蓮華の胸は痛む。
「凪…」
「はい、蓮華さま」
ごめんなさいと告げる年上の美しい女性に、凪は首を傾げた。
「私は、『あの時』出会う前から貴女を知っていたの…けれど、怖くて会えなかった…」
きゅっと繋いだ手に篭る力が増して。
「寂しかっただろう貴女を知っていたのに、怖くて会えなかった…それでも、会わない方が良いのかも知れないと、どこかで思っていたの…」
犬や千種の言葉から、彼らが如何云う子供時代を送ってきたか、薄っすらとはいえ知っている。それだけでも巻き込むことを恐れた気持ちは凪にも理解できた。
「…凪は、それでも嬉しいです…」
確かに、寂しかったと今なら思うあの頃がもう少し短かったらと思わなくはないが。
「夢の中で蓮華さまが手を繋いでくれた時も、本当に…現実で蓮華さまが迎えに来てくれた時も、凪はとても嬉しかったです…。一緒にいられて、とても嬉しいの…」
こんな風に、一緒にお出かけできるのも、一緒にお菓子を食べたりするのも。
蓮華が微笑みかけ、名前を呼んでくれる、それだけで幸せなのだと思える今が、凪には大切だった。
「…わたし、蓮華さまや犬や千種やランチアさんや、ボス達に会えて良かった」
一人ぼっちだと思っていた自分に、今日から家族ですと微笑んでくれた優しい『姉』。
出会って数ヶ月なのに、母や養父よりも、確かに桐野家の皆は家族だ。
そして、友達と呼べる少女たちが出来た。
今は幸せだと、楽しいと、凪は思うことが出来た。
生きているのだと、蓮華に導かれ、幻術で失った内臓を作っている仮初めの生の中で、思えるようになった。
「わたし、蓮華さまの側で生きているって思えるようになりました。今、幸せです。だから…」
謝ったりなんてしないで下さい―――微笑む少女に、蓮華の方が泣きそうになる。
「…大好きです、私の可愛い凪…」
「はい…わたしも蓮華さまが大好きです」
互いに少しだけ涙ぐみつつ、微笑み合い、手を繋いで。
『家族』としてこれからも一緒に時を過ごしていく。
おまけ?
「はひ〜!凪ちゃ〜ん、蓮華さ〜んっ!」
知った声に呼ばれて、犬のリクエストに応えるべくナミモリーヌに寄った二人は少し驚いた。
蓮華はおっとりと首を傾げ、凪はぱちぱちと隻眼で瞬く。
「まあ…」
「…あ…えと…」
恥かしそうに蓮華の背に心持ち隠れた凪に、「はひ〜今日は凪ちゃんも御着物です〜、可愛いです〜〜〜〜っ」とハルはほっぺたをピンクに染めてハイテンションに誉めた。
その横で、ぽわわんと微笑む京子も花も相槌を打つ。
「くふふ…今日和、ハルちゃん、京子さん、花さん」
穏やかに微笑み蓮華はマイペースに挨拶を欠かさない。
花は兎も角、ハルと京子のコンビにナミモリーヌと来て、今日の日付はと思い浮かべる程度には、蓮華はこの『物語』の愛読者だった。
「なるほど、噂の『感謝デー』ですね♪」
「はっ、はひ〜〜〜っどこからその極秘情報を…!!」
ぎょぎょっといい反応をする少女に、人差し指を口元に当てて、蓮華は悪戯っぽく内緒ですと返す。
「くふふふ…良いところで出会えましたし、此処はご一緒していただけませんか?皆でお茶と美味しいドルチェを頂くのも楽しいと思いますの」
ね、凪?―――と小首を傾げ問いかけてくる蓮華に、凪も否やは無い。むしろ、蓮華だけでなく友達とも過ごせる時間に、驚きつつも嬉しいと凪は思えるようになった。
「皆でって賑やかで楽しそうですよね」
エンジェルスマイルを見せる京子。
「そうですよね!」
とニコニコ頷くハルに、肩を軽く竦めてみつつも花も微笑む。
それではと徐に言った少女に、中学生女子達はぶっ飛んだ。
「勿論お嬢さん達は年長者に恥をかかせはしませんよね?此処は私が出しますので―――」
と断るというより決定してしまい、蓮華はショーケース越しに店員に言った。
「とりあえず全種類一つずつお願いします。あ、イートンで」
一度やってみたかったんです―――と微笑む麗しいお姉さんに、逆らう事が出来なかったと後日少女たちはその上司に語ったという。
おしまい
絶賛日参中な携帯サイト
雪月花
の雨里様からキリリクでいただきました。「恋物語(『雪月花』で連載中D骸♀連載)で女の子同士のショッピング(凪あたりが言い出した)」(リクのときはもうちょっとシチュエーション設定をさせていただきました)というリクエストでした。可愛い・・・!超可愛い・・・!ほのぼの大好きです・・・!
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