ボンボヤージュ!!








白銀の髪の青年はその綺麗な顔を複雑に歪めて、その地に降り立った。


手には、何度となく読み返したのだろう。
片隅が擦り切れた、手紙が一通。


銀の瞳を細めて、青年は辺りを見渡す。
錆びた、荒廃の臭いに、そぐわぬ熱気。
最も武芸が盛んな都市ーグレンダン。


学生都市で6年という時を過ごした彼には居心地が悪いほどの、闘志の塊をあちらこちらから感じる。

青年は深く息をはく。
それはこの都市の空気に対する、武芸者としての充実さを感じ取ったからではない。


過去に対する、感嘆と少しの寂寥を滲ませた溜め息だった。



「……これが、レイフォンの……」


その後に、言葉は続かなかった。


ふわりふわりと蝶型の念意端子が、彼を歓迎するかのように周囲を舞ったからである。



『ようこそ、グレンダンに。
貴方の決意に、感謝いたしますわ。フェリ・ロスさん』

穏やかに、そう言葉を発した老婆の声に、青年は一度、瞑目した後、小さく頷いた。






ボンボヤージュ!!









ナルキ・ゲルニは目の前で、拗ねた顔で紅茶をすする女性の話に、眉間にしわを寄せた。
武芸科の最高学年で、小隊入隊以来、武芸関係の授業でだけは毎回、当然のように過去の先輩方の記録を叩き潰し、誰もが抜こうとさえ思えない記録に塗り変えていく その女性はナルキの様子にこてんと首を傾げた。
21のはずだが、その仕草は妙に愛らしい。
鳶色の肩ほどまでの髪が揺れ、大きな藍色の瞳にナルキが写る。

「ナッキ?ちょっと怖い顔になってるよ」

こんな顔にさせた友に言われ、ナルキは言いよどみつつも口を開いた。


「…さっきの話し………それで、音信不通なのか?
それはちょっと…フェリ先輩、酷くないか?」

先輩に対するナルキの言葉に友はかなり困った顔をした。

「う…ん、……あ、でも先輩にも、なにか事情があるかもしれないし」

「いや、もし何かしらの事情があるのだとしても!惚れた女を残して、行方不明とは、男の風上にもおけないぞ!」

「ほ、ほれ、ちょっナッキ?いつも言うけど僕とフェリはそういう関係じゃないってば!
てか声、大きいよ!」

ガタンと音を立てて、友が立ち上がる。
初々しい少女のような反応に、ナルキは思いっきり溜め息を吐きたくなる。
というか、レイとんのが声が大きいよ、と小声でつっこむ。

周りの人々が一斉にレイフォンを見る。
安いファミレスの端の席。女性にしては長身で、しかもツェルニでは大の有名人だ。目立たないわけがない。
主張のために思わず立ち上がったため武芸科の制服が一瞬 派手に捲れ上がったのに色めく者もいたりする。
ただひっそりと相談することを望んでいたレイフォンは、その視線には気付かず、目立っていることには気付いて、頬を赤く染めて着席した。
やれやれ、と目の前の菓子に手を伸ばしながら、ナルキは頬をかく。

「ふーん?惚れた腫れた射れたな関係でないのに、卒業したら一緒にサントブルグに住もうだとか言うもんか?」

「い、言うよ!現に言ったし!」

「私も大概、男心というもんがわからない方だがな、レイとんほどではないと前々から思っていたよ」

「ちょっと、もう!なに勝手に言ってるのさ」

「はぁ…その純朴さに何人の男がオチたのか、言ってやりたい気分だよ」

「おーーい、ナルキ・ゲルニさーん。溜め息 つかないでくれますか」


これでは話が平行線だ、とナルキは重い重い溜め息をつく。


「……そりゃ、うん…僕だってさ、フェリ……先輩みたいな、綺麗な人と、こ、…恋仲とかになれたら、素敵だろうなーくらいは思ったけどさ、思っただけだし、先輩に失礼だよ、もう」

寧ろ失礼なのはレイとんの方だ、と主張したいが私は間違っているのだろうか?
わかっていない友相手にナルキはおざなりに頷いた。

「そうかそうか」

「そうだよ」

拗ねた表情で、友が頷く。
むっと唇を引き結んで、眉を寄せた友は、上目遣いでナルキを見た。


「……それで、さ…うん、だから僕は卒業したらサントブルグに移住しようと思ってたんだけど…フェリが、武芸関係でも以外でも、探せるって言うから…でも、ダメになっちゃったでしょ?」

「……そうだな」

「あー……本当…コネでもなけりゃ、僕なんかが武芸以外で生きていけるわけないし……結局、カリアンさんが卒業しても一般教養科に戻れなかったし!」

思い出したかのように友が拳を握る。わなわなと震えるそれにはぶつけどころのない怒りがこめられていた。

ーーそう、彼女は、望んでいた転科を果たせなかった。
彼女の戦力なくして、ツェルニが戦争で勝利を納める可能性が低かったからだ。
武芸科に残るよう懇願されたのか、脅されたのか、ナルキは知らないがきっと後者な気がする。

武芸が嫌でなくなったこともあり、彼女は武芸者であり続けたのだ。

一般教養科でなにか将来の礎となる資格を習得して、卒業して、故郷以外のとこで働こう。そう決めていた彼女だが、状況がそれを許さなかった。


「あーーー……もう、仕方ないけどさ…」

呪詛のように、友がぼそりと言葉を吐く。


「それより、さ……ナッキ…本当に相談したい、のは、こっちなんだけど……」

友が学生鞄をごそごそと弄り、端の折れた手紙が取り出される。
んん?またラブレターかファンレターか?
そう考えるが、ならば自分だけが彼女に呼ばれた意味がわからない。
その様な案件ならば、いつもの昼食メンバーでいいはずである。

「あの、ね。ナッキは…卒業したら、故郷に、帰るんだよね」

「あぁ」

「…武芸者と、して?」

「あぁ……まさか、レイとん」

意図のわからなかった問いだったが、やがてそれに気付き、目を見開いた。

「帰るのか?グレンダンに?」

しかも武芸者として?
あれほど嫌がっていたというのに?

「……うん。帰ることに、…なった」

「………………何故?」


驚きにそれ以外に言葉が出ない。
その様子に友は複雑な表情で唇を噛む。
手にあった封のきられた手紙を、そっと開く。
それをナルキに渡し、友は俯いた。


「……許可じゃなくて、命令、なんだよね」

小さな、困惑気味の声を聞きながら、ナルキは手紙に目を落とす。


ーーレイフォン・アルセイフの都市外追放の解除、及び、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフの帰還を命ず。

その文に眉がぐっと寄る。
彼女の意志など関係なく、武力として彼女を召し抱えようというのだ。
勝手すぎる。

「従う理由など、ないだろう」

「うん…でも、どうしたら、いいのか」
わかんなくて…

掠れた声に、友がかなり悩んでいるのがわかる。
故郷には、彼女にとって家族がいる。大切な幼なじみがいる。会いたいけど、帰りたくない。そういう気持ちもあるのだろう。
彼女が、故郷を去る前、下手したら暴動が起こりかねないほどだったという。
それが6年でどうにかなるものなのか。
ナルキとしては友にいらぬ心労を与えかねない帰還には賛成できない。
けれど、都市の王からの、命令ならば無視することができないのも事実だ。
そして、都市を出ているため、このまま逃亡してしまうことも可能なのだ。

「……家族には、会いたい、けど、怖い…し、武芸者でいるのも、いていいのか、わかんない、し、……フェリは、僕が武芸者として、生きて、……怒らないかな…」

「……………………先輩?」

「それに、グレンダンで、天剣に戻ったら…出れないから、…会えなくなっちゃう」

「…………」

「まぁ、そもそも…行方不明なんだけどね」

へな、とした笑みを浮かべて、友が言う。
ほんっとに、どこ行っちゃったんだろ、と吐息に混ぜた言葉にナルキはあれ?と首を傾げる。


「…あんたを待ってる人がいるよ…?」


手紙の最後に書かれた、走り書きだ。事務的な内容に固い筆跡から一転、付け加えられた一文だ。


「うん、…リーリンのことかな?
……あのね、だからナッキ。その、…ヨルテムは放浪バスが集中するでしょ?
フェリは故郷に帰っていないみたいだし、もし見かけから報せをくれないかな」

「……それは了解した。
だが、……レイフォン、本当に…帰るのか?」


入学時から呼んでいたあだ名を改め、真剣に彼女の名を呼ぶ。
彼女はなかなか胸の内を明かしてくれない不器用な子だ。けれどナルキにとっては大切な友なのだ。
心配しないはずもないし、無理はしてほしくもない。
それが伝わったのだろう。
友は目尻を下げて、やんわりと微笑んだ。

「ありがと、ナッキ。僕は、…大丈夫。
……卒業したら、帰るよ」

へなへなしたいつもの笑みに、ナルキも肩の力を抜く。

「…そうか。…わかった。
あ、それで、もしフェリ先輩に会ったら何か伝えておくことがあるか?」

その問いにレイフォンは、少し悩んだ素振りを見せた後、拳を握った。


「とりあえず、また会う日がきたら、一発 殴らせてください、って伝えといて」

可愛らしい笑顔に、その発言は……かなり怖かった。



***



荒野を駆け抜けた放浪バスが停車し、下車する。
トランクを持ち、6年間、不在にしていた故郷に、レイフォンは降り立った。



着いてしまった。

……帰ってきて、しまった。


懐かしい空気、懐かしい景色に、感慨深いものを感じる。


停車駅に、5年ぶりな幼なじみの姿を発見して、かちこちに固まっていた頬を緩めた。
目がちかちかする。
なにかを契機に、涙腺が破裂するかもしれない。

そのことに苦笑して、やはりここは自分の故郷なのだと再認識した。


「…リーり……」

幼なじみの名を呼ぼうとして、一旦 息をつめる。
感じた気配に首を傾げる。


(念意繰者が、…変わった?)

故郷を覆う、天剣授受者の念意端子の数が減り、その減少した数を他の念意が代行している。
それに気付き、そして その剄が5年間、自分のそばにあったものと酷似していることにレイフォンは困惑した。


(……いや、まさかね)


『…おかえりなさい、フォンフォン』

それを否定した瞬間に、声をかけられ、びくりとする。

見覚えのありすぎる、花の花弁のような形の念意端子がひらりひらりと浮遊する。
けれど、それはすぐに形を失い、レイフォンにはぐにゃぐにゃした何かにしか見えなくなった。


『…泣くほど嬉しいですか?』

「な、にを、へ なこと言ってんですか!
こ れは、驚いた、から」


ぽろぽろボロボロと涙腺は制御不能の事態になり、レイフォンは目を覆う。
レイフォンの応えに念意端子は淡々としていた。


『そうですか。
わたしは、嬉しいですよ』

「っ…僕、だって、嬉しく ないわけ じゃ、ないです」

『……相変わらず、素直じゃないですね』

「…な ですか、それ。
てか、…とにかく一発 殴らせてください」

『……………………あぁ陛下から伝言です。今日はデルクさんのところで休み、明日、王宮に来なさい。だそうです』

長い沈黙の後、誤魔化すように伝えられたことに頷き、口を開く。誤魔化せられると思うなよ、と目に力をこめる。

「……殴りますからね。あと色々 説明してもらいますから」

『…………そうですね。わたしも、フォンフォンに話さなければならないことが多々 あります』

観念したような声音で念意端子が言う。


『それでも、……わたしはレイフォンと生きていけて、嬉しいですよ』


重い言葉に、一瞬 レイフォンは目を見開いて、やがて細めた。


「……それは、僕もですよ」



小さく、柔らかく、自らの口からもれ出た肯定は念意端子に届いたのか、答えは翌日、知ることになるだろう。









「久しぶりです。レイフォン」

「まったくです。フェリ先輩」


顔は勘弁してあげますから、とりあえず、歯ぁ食いしばれ。



再会を果たし、男よりも男前にそう女性が言い、いつも基本的に無表情な青年が青ざめるのを、女王と天剣たちは微笑ましく見ていたとかいなかったとか。



end

日参している携帯サイトぽつり。のゆく様からキリ番リクエストでいただいたレギオス小説!「フェリがデルボネの弟子にならないかとスカウトされ、グレンダンに行き、そのことをレイフォンは知らなかった」おはなし。これリクエストしてから原作のほうでマジでスカウトされててマジめにびびりました(笑)。リクエストしたときはアニメのOPだけで降りてきたネタだったんで(苦笑)。とにもかくにも素敵なものをいただいてしまいまして・・・!いつも本当、画面の前でにやけっぱなしですv

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