T.(あと、23時間)





「陛下!!殺して!ーっ早く!」



それで、終幕。










とあるゾンビ少女の災難
 T(あと、23時間)











「レイフォンっレイフォン!」


外界から閉ざされた暗闇の世界にたゆたっていた意識が、大切な人の声に反応して浮上する。
耳慣れた、幼なじみ兼護衛対象兼義姉の声。
その声は迷子の子どものようにか細く、心細さを伝え、名を呼ばれるレイフォンは早く起きようと努めた。

ーけれど、なんだか体が重い。

なにかがレイフォンに目覚めを拒ませている。


「レイフォン、レイフォンってば、また天剣が盗られちゃったのよ。
ねぇ、レイフォン。私自身の意識がはっきりしているということは、レイフォンも大丈夫なはずでしょう?
お願いだから、早く起きて」

「ん……り、…リン?」

泥の中から、手足を沈めんと引きずり込まれようとしているかのように、意識が浮上しきれなかったレイフォンは、幼なじみの言葉に薄く目を開いた。

辺りは薄暗い。
黴の臭いが鼻につく。
手が動くことを確認して、レイフォンはそぉうと横たわっていた身体を起こした。
その横にいる幼なじみを視界に納める。
本当に、よく寝た気がした。


「おはよー…リーリン」

「おはよう、レイフォン。
視力とか…大丈夫?身体に異常はない?」

言われて、確認してみる。
視力、聴力、感覚、握力、諸々のこと 異常なし。
そのことを伝えれば、姉は安心したように微笑んだ。

昔からレイフォンを励まし、支えてくれた、姉だけが自分が真っ当な人間であると言ってくれた。
その笑みだけでレイフォンは安心できた。

落ち着いて、周りを見回す。
ここは、自分たちが死んだ場所だ。

…グレンダンを襲った名付きレベルの汚染獣に、自分たちは取り憑かれたのだ。
当時、最年少天剣授受者であり、その中でも高い水準でバランスのとれた能力を持ったレイフォンを、グレンダンの人々は抑えることが出来なかった。
自我と汚染獣の本能が内部で暴れまわり、大量虐殺を引き起こしたのだ。

最初はまだ天剣がなくとも大丈夫だった。しかし段々と自我を保つことが出来なくなり…最終的には天剣がなければ、保つことが出来なくなった。
そして、…なによりも、命を投げ出しても護ろうとした姉が傷付けられたら、自我が本能に負ける。

姉が傷付けられそうになったことで引き起こした大量虐殺に王族は責任を取らねばならなかった。

時の王は、彼の娘と、可愛がっていた天剣を封じる手に出た。
寸前で自我を取り戻したレイフォンが既に気を失った姉の身体を支えながら、“殺して”と言うのを聞きながら、王は彼女らを封印した。
二度と目覚めることなどないように。

傷付き続けた不憫な娘子らがせめて安らかに眠れるように。


そう配慮したのだろう。
淡く光る、封の陣の中心に2人は手を握りしめあって、まるで日溜まりの中で昼寝に興じているかのように、安心して眠っていた。


「……眠りについたとこから、移動はしてないみたいだね。
…にしても、こないだ起きてから、どれくらい時間が経ったのかなぁ?」

「さぁ?…でも……おかしいわよね。…前と、違う」

「前、天剣が盗られた時?…あー確かに、僕…取り憑いてるのの意志で動いてたもんね」

「…………うん、あの時は、……天剣 取り返して、元に戻って、…私達、またここで眠ったはずでしょう?」

「うん」


「それなのに、今、私達の意志で動いているわ」

「うん」

「…………なんでかしら」

「さぁ…あ、リーリン、眼帯、とれかけてるよ」
思案するリーリンの右目を覆う眼帯を指差してレイフォンは言った。
それに反応してレイフォンを見た、リーリンは一瞬 固まり、口を開く。

「…レイフォンは指がおかしな方向に曲がってるわよ」

「…う?…あ、本当だ」

「痛覚がないのって、ある意味 不便よね」

「ま、ったく、です。…よっと」


指を指摘されて、レイフォンは苦い顔で本来ならば有り得ない方向に曲がった指を持ち、方向を正そうとする。

が、


「「あ!」」


ボト……、と乾いた音がした。
指を治すつもりが、手首からもげた。
力の加減を間違えたのだ。

人間ならば、赤い血が噴き出すところだが、レイフォンはうっすらと埃の積もった床を汚すことはなかった。
出るものがないのだから 当たり前だ。


自分から離れて 床に落ちた手にレイフォンは眉を寄せる。
片手でそれを拾いながらため息。

「あー そっか…こないだ、天剣の人に斬られたんだっけ…急いで繋いだから脆くなってたのかな」

「もー…ああちょっと待って。
縫うから、…」
「うん、ごめん。ありがとう」

「いえいえ」


どこからか取り出した針と糸を手に、リーリンがそっともげた手を受け取る。

傷口(といっていいのか不明だが)とあわせて、器用に縫い始めた。


「ふう……あ、まだ仮縫いだから、じっとしててよ」

「はーい」

元気に返事をした妹にリーリンは微笑む。


「ね、レイフォン、私 思うんだけど、今ってお盆なんじゃないかしら」

「お盆…あーだから人間の魂主体で僕らに活動権があるってこと?」

「そう、だから、それなら少し時間はあるんじゃないのかと思うのよね。長ければ5日くらい、…まぁ2日3日はあるんじゃないかな。
だから、これ、縫い終わったら、天剣を取り戻しに行きましょう」

「ん、わかった」

「……まぁもう一つ 最悪の可能性もあるけど」


「?リーリン?」

「ううん、なんでもない」

「えー、なんでもないと言われると気になるよー」


はいはい、とリーリンが軽く諫める仕草をし、なにかを言いかけたその時だった。

「そこで何をしている?!ここは禁域だぞ!」


「「はい?」」


野太い男の声が響いた。
2人が声の方向を見れば、レイフォンの記憶とは多少 違うが、それでもそう大差はない、衛視服らしきものに身を包んだ男が1人。

リーリンがちょうどいいわ、と囁いた。
なにが?と首を傾げるレイフォンにリーリンはにっこりと人畜無害、天真爛漫、純真無垢な笑みを浮かべる。


「守衛さん。突然ですみませんが、本日は何月何日なのかしら?」

「?10月31日だが?それよりも君たち。ここは危険だから早く離れなさ……ひっ!!」


ちょうど その時、姉が盛大な舌打ちをしたところだったので、レイフォンはなに?この人、ビビり?と失礼なことを思ったが、違った。
悲鳴を上げ、尻餅をついた男が注視しているのは、レイフォンの腕。
リーリンによって、チクチクと縫われている最中な場面なのだ。
そりゃ、驚くのも無理もない。
「ひ、いあああ!!ば、ばけもっ化け物!!」

生前も生後も散々 言われた言葉にレイフォンの胸にチクリとした痛みが走った。


(…おかしいな…痛覚ないのに)


そんなことを思いながら、レイフォンは男を見る。
完全にパニックに陥っている彼は、レイフォンと目が合うやいなや、固まり、次の瞬間、脱兎の如く走り出した。


「あ!!レイフォン!情報源よ!逃がさないで!」


「え、あ、うん!ちょ、待って!!」


姉の言葉にレイフォンが立ち上がる。
そして無造作に手を持ち上げ、追いかけようと足に力をいれ…


ずでん!


……自分の足に躓いて転けた。


「わぁ!!」


痛くはないが、驚いた。
転んだ自分に一番 自分が驚いた。
そして、あ、情報源!と男のことを思い出して 立ち上がる。

パタパタと死ぬ寸前に着ていた修練服の汚れをはらおうとし、そして青ざめた。


「手、また取れた」

辺りを見渡すが、自分の手が見当たらない。


「ど、どうしよ、」


「……レイフォン、レイフォン」


オロオロしだしたレイフォンを姉が呼び、男が逃げた方角が指差された。
不思議な顔をしたレイフォンに姉はやれやれ と呟いて、幼子のように手を引いて、扉の向こうを歩いていく。


「あ、あった」

「うん、はぁ…せっかくの情報源…死んじゃったね」

「う、ご、ごめん…」

「いいよ。レイフォンを化け物呼ばわりしたんだもん。
捕まえても 私、楽にはさせなかっただろうから」


それはどういう意味?とレイフォンは思うが まぁ考えても仕方ないと思考を閉ざした。

自分の手を拾い上げる。

自分のモノではない 生暖かい赤がドロドロと零れ落ちる。
それに眉をひそめて、手の下にいる人物に頭を下げる。


「ごめんなさい」


「…仕方ないわ。事故だもの」

「…………うん」


下にあったのは先程の逃げた男だった。
奇しくもレイフォンが転けたことにより、その反動で豪速球のような勢いを持った手が背に辺り、脊椎を砕き、一部の肉を露呈させたのだ。
誰がどう見ても、即死。
破裂し、血だまりを作った男は、苦しむでもなく、呆然とした表情で死んでいた。

レイフォンはうつ伏せになっている男をひっくり返し、彼の瞼を閉じさせる。



「……………………」


膝をついて、瞑目する妹を見下ろして、リーリンは目を細める。
妹が彼女なりに落ち着くのを待つ。


「……リーリン、……」

「ん?」

「なんで僕ら、目覚めちゃったのかな…」


前に目覚めた時の最期、眠りにつく前にも同じことを言った。
もうずっと眠っていよう。僕らが必要とされる地獄まで、…そう言ったのに。

察するに、まだ地獄とやらではない。


「……仕方ないわ」


「………そう、だね」


なにが仕方ないの?…そういう疑問は出なかった。
怒りはない。そういう風になってしまったんだと思うほかない。

レイフォンは唇を噛んで、ゆっくりと立ち上がった。
姉の隣に行く。

そして姉の手にあるものを覗きこんだ。
まだ温かい骸のポケットに、入っていたもので、手帳らしい。


「……寝ていたのは50年くらいみたいよ」


彼の手帳の年号を見つめ、姉が言った。
50年…


「ということは、僕らが死んで200年?」


思ったことを言ったレイフォンに姉は軽く睨んだ。

「…死んだとか、言うの禁止!」


ばこん。と可愛らしい音をたてて、叩かれた。

「ごめんなさい」

「よろしい」

丁重に謝ったレイフォンにリーリンは満足げに微笑し、しかし それはすぐに引き締められた。


「そう、…それでね、この人、今日は10月31日だと言ったでしょ?」

「うん、お盆じゃないね」

「…うん。10月31日はハロウィンよ」

「ハロ…?なにそれ?」


首を傾げるレイフォンに姉は困ったように笑った。


「他都市の風習で そんなのがあるのよ。
ま、短いお盆みたいなもんよ」

「ああ、なるほど!……って それって…ヤバくない?」


納得して、ぱっと瞳を輝かせたレイフォンは 次の瞬間 青ざめた。リーリンも頷く。


「つまり、あと…23時間で天剣を取り返さないと、二の舞になるってこと」


「あーー……い、急ご!リーリン!!」


「そうね」
でも その前に、今度はちゃんと手を縫わないとね。



付け加えられた その言葉に、レイフォンは走り出そうとしていた足を止め、うん、と素直に頷いた。



生前であれ、今であれ、やっぱり姉には頭が上がらないなぁ。


そんなことを思いながら、レイフォンは手を差し出した。










(あ、そういえば、なんで23時間ってわかるの?)
(うん?これ、あの人から拝借した時計よ)


(……王族が、死体漁り…)


(…なにか言った?レイフォン)


(なんでもないです!!)






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