U.(あと、17時間)





コロ…コロコロ……ゴロリ……



荊の十字を印された、眼球が散った。









とあるゾンビ少女の災難
 U(あと、17時間)









「陛下!!何故、封を解いた!」


敬意もくそもありゃしない、怒りや焦燥を露わにした声が執務室に響いた。
声を発したのは天剣の古株、怒鳴られた人物の祖父ーティグリスで、それに怒鳴られた方は寝不足気味な目を気も漫ろに向けた。


「なぁに?ティグ爺。
新しい天剣授受者になりそうなのがいたから、ヴォルフシュテインを取りにいかせたけど、そんなことで何を怒っているわけ?」


「そんなこと?!ああ、そんなことだとも!」


普段は温和な老人はしかし今回ばかりは孫兼主の行動に黙っているわけにはいかなかった。
何故なら、彼は約50年前、かの2人の封が解かれ、彼女ら…いや、実質は“彼女”だが…が暴れまわった時、天剣として最前線に送られたのだ。
孫が信じていない、彼女らについての伝承が真実であるとわかっているし、もう本当に自分たちが必要とされるまで起こさないで、と件の彼女から頼まれている。
だから孫にも、来るべき地獄が訪れるまで、封は解くなと言ってきた。


だが、孫は解いてしまった。
知らせをきき、封印の間を訪れれば、普段はそこで眠りの中にいるはずの少女らはおらず、廊下には血だまりと男の死体。


幸い天剣は11人おり、汚染獣と一体になった彼女らが敵となっても再び封じることも可能だろう。


だが、



『出きることならば……もう僕に…人を殺させないでくださいね』


そう言って泣いた少女を思い返し、胸がつまった。


「アルシェイラ、あれほど私が、っ 言ってきていただろう!?」


「あー、運命の子と小さな天剣授受者を目覚めさせてはならない、って?
だけど結局はその子らって汚染獣に取り憑かれてんでしょ?
確かに運命の子の出現を待つよりも、保存しておくほうが効率 いいかもしんないけどさ、取り憑かれてるなら殺してあげた方がいいんじゃないの?」


じとり、と睨まれるがティグリスは退かなかった。


「殺せるものか!
あの子らは、…死ねないんだ。
だから せめてもと眠らせていたのだ。

……大体、既に死人も出ているのだぞ」


祖父の言葉に女王はげんなりとして、頷いた。


「ま、それも問題なのよねぇ。
憲兵が1人、スプラッタで、投入したはずの憲兵…15人くらい?行方不明…というか、まさかの運命の子に殺られちゃったみたいなのよね。
骨も残さず、眼球よ。かわいそーに。


仕方ないから、ヴォルフシュテインをあげる予定のヤツと天剣を召集中。
殺せないなら もっかい封印だけど、……でもティグ爺が言っていたほどの虐殺はまだないわよ?
50年前は向かってくるの全員 元天剣の子が殺しちゃったんでしょ?
今の現状で元天剣被害は1人だけよ」


「それはなにより」


らしくなく、皮肉ぶる祖父に女王はため息。
軽く睨まれて、肩を竦めた。


「…デルボネ」


『はい、なんでしょう』


「特に、リーリン様を傷付けないよう天剣に注意を促しておいてくれ」


50年前、共に戦地を舞った念意端子にそう頼み、彼女も意図を汲み取ったのだろう、そうですね と返された。


『レイフォン様の意識が乗っ取られていようといまいと、リーリン様次第でどうとでも変化いたしますものね』


「そうだな…」


暗い影が落ちたその声は疲労がたっぷり詰まっていた。








その会話を影で聞くものが2人。
渦中の復活してしまった少女らである。


「…リーリン、眼帯はちゃんとしとかないといけないでしょ」

「ごめん。なんかバタバタしていて、弛んでいたのを忘れてたのよ」

「も、うっかり殺人なんて…」

「……それ、レイフォンには言われたくないわ…種も仕掛けもないロケットパンチを繰り出したくせに」

「うっ!だって、取れちゃったんだもん!」



ひそひそと2人は言い合う。
ちなみに場所は通気道。

盗られた天剣を取り戻すべく、人目に付かない移動手段として、埃っぽい道なき道をほふく前進中である。
そうしていると、いつの間にか、話の内容からして現在の王の尊顔を盗み見ることができ、盗み聞きもできた。

昔の上司と同じ顔で、性別だけすげ替えたような容貌に、おぉ、ダリウス様(200年前の王族でなにかとレイフォンが世話になった人だ)遺伝子、強い…と姉に聞かれぬよう呟いてみたりする。
というのも、何故か姉はあの上司を敵視…よりは度合いが低いが、邪険にしていたから。
…………にしても、これは面倒くさいことになった。
レイフォンのものであった天剣を誰かに与えるつもり(もしくは既に贈与済みか)で、しかもその人物はこちらに向かっている。


あぁ、なんと面倒くさい。


ティグリスのおかげで最も大切な姉は傷付くことはないだろうが、これは面倒くさい。


封の要たる天剣を他に与えられる。
となると自分たちはどうなる?

昔の二の舞である。


だが、新たな天剣の持ち主が事情を知ったとしても天剣を譲ることはしないだろう。
レイフォンの記憶から価値観が変わっていなければ、天剣授受者はグレンダンにおける最強の称号であり、これ以上ない 名誉職。

それを死人たる自分たちに明け渡すなど考えられない。



「……うー……やだな、もう わけわかんない」


「レイフォン?」


腹ばいで進む状態がきついのだろう、姉は汗ばんだ額を拭い、ここから出ようと合図した。


頭を抱え、若干 涙目になりながら、レイフォンは姉に従い、人の気配のない廊下に飛び降りた。



***




「聞いた?」


「うん、…聞いた」


「どうしよ」


「そうね…困ったわ」


「うん、それは僕でもわかる」


廊下をしずしずと進みながら、レイフォンは唸った。


「…まず、もう既に次の天剣候補がいる、ということが問題ね。
私たちが取り戻して、再び眠りについても同じように盗られたら意味ないでしょ?」

「うん…というか きっと汚染獣が殺しちゃう」

「…よね」


レイフォンの意見に姉は目を細め、ため息。


暫くの間、沈黙だけが続いた。







「………………逃げちゃおうか?」


重苦しい沈黙の末、姉があるだけの明るさをもって、言った。


「天剣を奪って、私たちの責務を放り出して、…気ままにさすらってみるのもいいんじゃない?」


軽く、歌でも唄うように、姉がらしくないことを言う。
微笑む彼女は人間に対する疲れと諦めが滲んでいた。
本気と冗談が混ざったその言葉を、レイフォンは読み取って苦笑した。


「そうだね。最後の手段で それもいいかもね。
生きてた時は、僕ら、旅行とか行ったことなかったし」


「もー、生きてた時、とか、言うの禁止!」


ぱこん!


「ごめんなさい」



最早 型になりつつある会話を繰り返し、2人は苦笑しあう。

端から見たら、仲の良い友人通しに見えるだろう。
ボロボロになった衣服以外に、彼女らの時の経過を知らしめるものなどないから。








しかし、そんなに呑気に話している場合でもなかった。



「見つけた!ちょっと あんたたち!観念しなさい!」

「…大人しくして?ね?」

「はっ 200年前の死体っつーからボロクソだと思ってたぜ」

「だな。普通にわかんねぇな。…つーか……可愛くないか?」

「…………ボケが。
汚染獣なんだろ、こいつら、ぶっ潰せばいいだろうが」

「城の中でやるなよ。壊れる」

「なに硬いこと言ってるんですか!
不死身の相手に闘えるなんて…ゾクゾクするじゃないですか」

「…………時間の無駄だ」



黒ずくめの男がぼそりと言った。
ーー…瞬間に、キタ。


レイフォンの目が情報を伝達するよりも先に、戦闘の空気が干からびた身体を動かした。

1、2、3……全部で8人。
感覚からして、相当の手練れ。

それに目を細めて、自分たちが殺した人間から奪った武器を引き抜いた。





ーー赤い血が、舞った。




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