V.(あと、10時間)




白魚の如き手が、無骨な武器を握る。

憲兵に支給される、量産型錬金鋼。
剣を手に、少女が舞う。


ボロボロになった、元は上質であっただろう修練服が、ゆらりと動く。


最早、廃れた流れの刀術の構えだ。


斬り結んだ天剣は眉を潜めた。
理知的な、護るための攻撃だ。

これは本当に汚染獣か?と。



だが、その疑問を発する前に、少女は勢い良く後退した。


奪ったのだろう復元した武器を3本。

剄をのせて投擲される。
目で追うのがやっとの速度。

それが辺りの電灯を割り、周りに埃っぽい臭いが充満する。

ーー目眩ましだ。

天剣がそれに気付いた時、少女が叫んだ。


「っ リーリン!」


逃げる気だ。
きかない視界に苛々しながら、天剣たちが追いの姿勢をとるが、新たに投擲された剣がカルヴァーンの頬を裂いたと共に諦めた。











とあるゾンビ少女の災難
 V(あと、10時間)









よもや、既に死人たる自分が剄を使うとは思わなかったのだろう。
守衛から拝借したお世辞にも上等とはいえない剣を振るうと共に放った剄の余波で向かってきた武芸者を傷付けた。

もう自分にはない赤い血液を散らしたのは3名。
だが深手ではない。浅く傷付いた程度だ。


話の内容からして、今、自分は汚染獣の意志で動いていると思われているらしい、が、まぁそれはいい。どうでもいい。もう他人にどう思われようがレイフォンはかまわなかった。
唯一の友が無事であれば、……もう自分には彼女しかいないのだ。

生前と同じように剄を流し込んで、剣を振るう。が、すぐに剣が剄を支えきれずに破裂してしまう。

それに舌打ちして、使えなくなった武器を投げる。
当たれば人間など只の肉塊に至らしめるが、彼らは当たってくれない。



「………なんで、……」


小さく、声を出しかけて、レイフォンは口を噤んだ。
何故、そっとしておいてくれないんだ。

そんなことを彼らに言って、なにになる。

彼らは命令で動いているのだ。
昔の自分のように。

なら、それを問うても無駄。


あぁ、どうしよう。


拳を握った銀髪の人間が、レイフォンの肩を抉った。
後頭部の一部が、魔女みたいな服装の女性の銃によって、損害し、ちょっぴり焼けている。生焼け。レアだ。

痛みはない。
が、自分の身体が気持ち悪い。
何故、これで生きているのか、甚だ疑問だ。

くるり、と剣を回した。
柄をしっかりと握る。


自分で最後になってしまった武門の技。
身体に馴染んだ武器ではないのが残念だが、別にレイフォンは彼らを殺害したいわけではないから、本領でなくともかまわないか と思う。



内力剄活剄ー水鏡渡り。
狙いは、褐色の女性。
高速で女性に向かいながら、レイフォンは居合いの準備をする。
サイハーデン刀争術ー焔切り。

だが、居合い抜きの斬撃と衝剄による攻撃が彼女に打ち込まれるその前に、騎士の如き小柄な男が立ちふさがる。

ただレイフォンとしては、防がれることも計算に入れていたため落胆はない。

次いで、焔重ね。
彼の盾が、軋み、ずず…と足踏みさせた。剄のぶつかり合いに瞬間的に炎がむわりと生じる。


しかしレイフォンは深追いはせず、間合いをとった。
が、その腕に目に見えないほどの細い糸が巻き付いた。


「…げっ」

その糸が、自分の腕を切り裂くよりも早く、レイフォンは腕を捨てた。
引きちぎったのだ。

それには彼らも頬をひきつらせたが、レイフォンにとっては当然の処置だ。
手の形さえしていれば、後で縫い付ければ 事足りる。
しかし形なく只の干からびた肉となれば直すことはできない。

引きちぎった腕をもう片方の手で拾い、姉に柔らかく曲線を描いて投げる。


「ちょっと持ってて!」


姉が頷き、大切そうに腕を抱えた。

それを確認して、武器を投げ捨てる。
電灯を破壊し、辺りに埃と闇が覆うのを確認するよりも早く、レイフォンは踵を返した。



逃げるためだ。




***




「っ れ、レイフォン!ちょ、そんな走らないで、くる しい」


「え?あ、ごめ、…」


駆け足で、姉の手を握って逃亡したレイフォンは息のあがった姉に睨まれて、はっと手を離した。
が、隻腕になってしまったためバランスがとりにくく、フラリとよろける。

それに気付いた姉がそっと支えてくれて、2人は息をついて、ゆっくりと歩き出した。



「ねぇ、さっきの人たち…なんで私たちの場所がわかったのかな」


ふと、姉が首を傾げ、それにレイフォンは最も有力な説を出した。


「多分、念意端子に見つかってたんだよ。
こないだも…あぁ50年 経ってたっけ…うん、前の時の…えーと…ボルネオ?デルデオ?ホネブト?あれ…名前 思い出せない……」


「デルボネさん?」

「そう、その人、かなり優秀だったし、まだ生きているなら その人に見つかってたんじゃないかなぁ」

「えー…じゃあ ほふく前進の意味は…」

「ないね」


肩を落とすリーリンにレイフォンは肩をすくめた。


「それにしても……天剣が8人…に念意繰者にあのお爺さん…で10人…もしかしたら11人 いたりしてね」

そう息をはいたレイフォンにリーリンは ティグリスさんね、と呟いてから不思議そうな顔をした。


「さっきの人たち、天剣授受者なの?」


「多分ね。剄の量とか錬金鋼とか…それにあの人たち、立場が対等っぽかったから」

「ふーん。…にしては連携とか、しなかったわね。とりあえず逃げれたし」


当然とも言える言葉にレイフォンは苦笑した。
昔を少し思い出して、口を開く。


「天剣は連携とかめったにしないよ。
個々人で最強な非常識軍団だもの。

だから…ほら、僕らが取り憑かれたときだって、一応 天剣4人 総出動だったけど、連携なんてしてなかったっしょ?」

「そっか…。にしてもお父様は4人集めるのが精々だったのに、今回はすごいわね」

「ね。まぁ運だよ。
でも、…うん、なる程、確かに それだけ集まって、尚且つ ヴォルフシュテイン候補までいるなんて、すごいよね。
リーリンは兎も角、…僕は用済みっぽい」


思ったことを吐き出せば、リーリンが睨んできて、レイフォンはびくりとした。


「な、なに?」

「レイフォンって、…前から思ってたけど、どうも自虐的なのよね。
まぁいじめぬかれて来ちゃったから、わからなくもないけど。

……あのね、私はレイフォンと一緒に生きているつもりなの。
誰がなんと言おうと、レイフォンは私の大切な人よ。
だから…ね、用済みとか…死んでるとか…言わないで?」

「………………うん、…ごめん」


あぁ、こういうことを言っちゃうのか。と思った。
頬に熱が集まるのがわかる。
泣きたいわけでもないのに(そもそも目から出るのは涙ではなく、空気中の水分を吸収して、排出されるなにかだが)、瞳が潤むし、それに伴う胸の痛みが切ない。

こんな身体になっても、…しかも今は身体のあちこちが損傷…というか喪失しているし、生焼けだし、燻製みたいな匂いがするような気がするのに、姉は生きている と、そう言ってくれるのだ。

嬉しくて、悲しい。


堪らなくなって、レイフォンは俯いた。




***




「あれら には自我があるように見えた」


そう言った天剣最強にアルシェイラは目を細めた。

あれ には 痛覚がないようだった。
剄を使うようだ。
共にいた少女を庇護対象と見ているようだ。
後継者不足でグレンダンでは廃れたサイハーデンの技を使うようだ。


そんな報告の最後。

ーー200年前の天剣授受者の意識が残っているようだ。


「どうしよっか」


アルシェイラは眉を寄せた。
斜め後ろに控えるカナリスも同じように眉をひそめる。

憲兵の指揮をしていたカナリスは他の天剣が遭遇した死人を知らない。
アルシェイラ自身も、生まれる前から封の間は禁域とされ、入ったこともなかった。

その処遇を決めるにしても、古株な彼女の祖父はおかんむりであるから意見も仰げない。


「……封印し直す……のがベスト…なんだろうね」


むう、と唸りながら、言ってみる。
が、渋顔だ。

封印するということは、天剣と共に、ということである。
それでは、困る。

地獄が訪れたとき、彼女は自分の知らぬ天剣に事を任せる気がない。


「…ティグ爺は殺せないって言ってたけど、…あんたからの報告を聞けば、死なないけど、治らない って感じよね」

「……そうだ」

「じゃぁ動けないようには出来るんじゃない?
四肢 切り落として、磔とかミンチとか」

「確証はない」

「そうねー」


なかなかにグロいことを平然と言いながら、女王が息を吐いた。

それに、と付け足す。


「天剣が逃げられ…まぁ単身で挑めば勝てたかもだけど…ま、天剣から逃げれた化け物だものね。
そう簡単にいかないわ。

……とりあえず、私も出るか」



自分が撒いた種でもあるし、と大変 面倒くさそうに頭を掻き、立ち上がった。




「じゃ、カナリス、あとの雑用はよろしく!」


書類の山を補佐に押し付けて、最強の女王陛下は悠然と執務室を出て行った。




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