W.(あと、5時間)





「多分、これ、縫うだけだと治らないと思うんだ。
肉が、爆ぜちゃってるからね」


苦笑と共に損傷した頭部や肩を示せば、姉は辛そうに眉を寄せて、どうするの?と呟いた。

目覚めた場所に戻ってきた。
陣に埃と書籍と荷物の山。

山をかき分け、首を傾げるリーリンにまぁ座っていて、とレイフォンは微笑んだ。

くるりと彼女の死角となる山を漁り、笑みを浮かべて固まった頬を解した。
無表情で、目的のものを探す。

姉はおそらく自分が無理をしていることなどお見通しなのだろう、なにも言わずに腰を下ろした。


「……は、流石、優秀なカガクシャサマ」


目的のものを見つけ、レイフォンは藍色の目を細める。



忌々しい記憶をつくってくれた過去の遺物を前に、レイフォンは心の中で毒々しい拍手を贈ったのだった。









とあるゾンビ少女の災難
 W(あと、5時間)









「リーリン、直ったよー」

殊更、明るい声で自分の前に現れた妹に、リーリンは目を見開いた。


「わっ、凄い!治ってる」

「でしょー」


くるり、と回ってみせるレイフォンに、先程の戦闘で受けた傷はない。
それ以前の、もっと昔に受けた傷さえも、真っ白な肌に吸収されたかのように、消えていた。

にこっと笑って、回転を止めたレイフォンは修練服の裾をちょこんと摘んで一礼した。
傷ついた修練服ではなく、同じデザインの違う服であることはすぐにわかる。
色褪せ、ボロボロになっているのは変わらないが、穴やほつれがなくなっているのだ。


「ま、多分 全回復!
ごめんね、心配かけて」

へな、と昔と同じ笑みで眉を下げる妹にリーリンは疑問よりも先に安堵の念がこみ上げた。
そして我慢できずに自分とそれほど変わらない背丈の妹を抱きしめた。

一度だけ、ぎゅう と包み込んで、そっと離す。


「本当よ。…心配、させないでよね」


「善処します」


神妙な顔で言うレイフォンに、生意気言うなー、と軽く拳骨を加えて、リーリンは笑った。


しかし、やがて、きゅっと眉を寄せた。


妹はこのカラダのことをよく知っている。

その経緯に泣きたくなり、そして恨めしい。


そのせいで、妹は一度、コワレタからだ。



***



リーリン・マーフェスがリーリン・ユートノールとなり、レイフォン・アルセイフがレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフとなったのは、ほぼ同時期だった。
同じ孤児院で姉妹のように育った2人は、10の歳になる時、一度 引き離された。
リーリンが、当時の王の隠し子であることが判明し、引き取られたからだ。

そしてレイフォンに天剣が与えられ、再会を果たし、ーしかし、5年後の名付きレベルの汚染獣の襲来によって、再び引き離された。

汚染獣に取り憑かれた娘らに対し、時の各大臣(残念ながらリーリンの実親には決定的な権力に欠けていた)はリーリンには保護を、レイフォンには天剣剥奪の上、研究所行きを決定した。
天剣授受者という権威がなくなれば、レイフォンを守る盾はなく、まぁ殺されないだけ ましだよ。心配しないで。と…そうリーリンに微笑んだ少女を次に目にしたのは、コワレテからだった。


解剖しても、刻まれても、死なない。
意識は元ヴォルフシュテインのもの。
自然回復力は人間以下。
研究途中、痛覚に異常。接触による痛みは感じないようだ。


対汚染獣兵器にしてみては どうか。

ーー等々。

耳を覆いたくなるようなことを人伝に聞いた。


そして、誰かが、こう囁いた、らしい。


次はリーリン・ユートノールを調べようか、と。


その言葉に、きっと耐えて耐えて…限界まで張り詰めていた糸が、キレた。

そうして引き起こされた大量虐殺の末、リーリンたちは封印された、らしい。

封印時に気を失っていたリーリンはなにがあったのかよくわからない。
レイフォンに訊けるはずもなく、今に至っている。



「…………調子は、どう?」

長い長い悔恨の回想を終え、リーリンはレイフォンに尋ねた。

それに身体の調子を確認していたレイフォンは笑う。無邪気な、昔の笑みだ。


「うん。大丈夫。丸ごと身体全部 変えたからね。へーきだよ」


あぁ、なる程。やり方はわからないが、予備の身体に移ったらしい。


「そっか。なら…いいわ。
ーさて、そろそろ行く?」


「うん。…………リーリン」

「ん?」

「ー…ありがとう」


それに込められた沢山の意味をくみ取って、


「いえいえ、こちらこそ」


リーリンは微笑したのだった。



***



「ええー、その子たちがどこに行ったかも確認してないわけー?」


「うっせぇ、クソ陛下。見えなかったんだよ」

「それはあんたが目 瞑ってたからでしょ、潔癖症」

「黙れ」


ふわぁ と欠伸をしながら、女王は口元を隠した。
前には雑務を押し付けたカナリス以外の天剣が集合し、逃げた元天剣と運命の子について聞き込み中なのだが、成果というのはあまりない。

だが、天剣最強の報告と他の天剣の意見を耳にいれ、女王は首を傾げた。


「ねぇ、その元天剣の子、あんたたちを殺す気はないみたいだったのよね」

「うん。…まぁ、殺す気はないけど死んじゃってもいい、みたいな感じだったけどね」

カウンティアが苦笑しながら言う。
感情の窺えない藍色から感じとれるものは少なかった。
ただ彼女の背後たる少女を護ることに徹底し、他は二の次だと感じた。
リヴァースの考えを極端にした感じ、だろうか。


「うーん……じゃぁ本当に、元天剣の子の意識があるってことかしら…でも、それだと その子たちの目的はなに?
50年前は、兎に角 殺しまわったんでしょ?」

「……あぁ」


眉を寄せる女王にティグリスが渋顔で頷き、目を細める。
そして、答えた。


「……ヴォルフシュテインを、…天剣を取り戻そうとしているのではないか?」

「なんで?」

本当に不思議そうに女王が問う。
もう自由なのだし、逃げればいいじゃない、とその麗しい顔にありありと書かれている。
それにティグリスは溜め息。
あとを引き継ぐように、念意端子が輝いた。


『おそらく今、自我を保っていることがあの方々にとって予想外のことなのではないでしょうか?
なにか自我を保つ時間制限のようなものがあって、それを過ぎても汚染獣に呑まれぬように、天剣を欲しているのでは?』

「…儂もそう思う」


念意端子の仮説に女王や天剣は成る程、と頷く。


「選択肢としては天剣と共に彼女らを封印、天剣を与えず 彼女らを動けないようにする、または完全に殺す…でしょうな」

頬を裂かれたカルヴァーンが痛そうに眉を寄せて、呟き、それに反論する形でカウンティアが口を開いた。


「あの子たちの中にいる汚染獣だけ殺すってのは可能かしら」

「…無理、だろうな。
可能だとしても、200年以上前の人間だ。汚染獣ごと死ぬだろう」


希望的な提案をリンテンスにばっさりと切り捨てられ、む、と唸る。


「それで…どう、するんですか?ー陛下」

険悪な空気を発しだした恋人に青くなりながら、リヴァースが問う。


「そう、ね……」

考えが纏まりきらぬ様子で女王は口を開く。

が、


『お話中、申し訳ございませんが、


…………レイフォン様が、天剣を見つけましたよ』


念意端子の報告に女王はつい呆けた顔をした。


「……デルボネ……言うの、遅くなぁい?」


『あらあら、すみませんね。どうも陛下は思案中なご様子でしたから』


ほっほっほ… と、和やかに笑う念意端子に天剣と女王はいや、それは最優先事項だろうが とツッコミをいれたのだった。


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